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第十四話 使う銭

第十四話です。


今回は、平吉が初めて「銭を使うべき時」と向き合う話です。


村を出てから一文も使わずに歩いてきた平吉。

けれど、足の痛み、すり減る草履、減っていく食べ物を前に、銭を守るだけでは先へ進めないことを知ります。


銭は減るもの。

けれど、使い方によっては道になるもの。


平吉が、銭を惜しむことと、銭を生かすことの違いに触れる回です。

朝、平吉は足の痛みで目を覚ました。


納屋の軒下は、夜露を避けるには十分だったが、体を休めるには足りなかった。


板は硬く、風は冷たく、眠りは浅い。

それでも、屋根があるだけでありがたかった。


平吉は、まず懐を押さえた。


布包みはある。


父から預かった三十二文。

魚を売って残した六文。


合わせて三十八文。


まだ、一文も使っていない。


それは少し誇らしくもあり、少し不安でもあった。


銭を使わずに、ここまで来た。


薪を運び、水を汲み、軒下を借りた。

薬包みを見つけ、嘉平の名を借りた。

円照寺で掃除をし、粟の干し飯をもらった。

端切れをもらい、足の豆に当てた。


銭は減っていない。


けれど、足は痛い。

体は重い。

母の握り飯はもうない。

干し飯も残り少ない。


銭が減らないことと、自分が減らないことは違う。


平吉はそれを、少しずつ感じ始めていた。


納屋の持ち主に水を汲み、薪を運ぶと、男はぶっきらぼうに言った。


「行くのか」


「はい」


「足、引きずってるぞ」


平吉はぎくりとした。


「少しだけです」


「少しで済むうちに何とかしろ」


男はそれだけ言うと、戸を閉めた。


平吉は自分の足元を見た。


昨日、老婆にもらった端切れを当てた豆は、まだ潰れてはいない。


だが、歩けば痛む。


草履の底も、昨日より薄く見えた。


太助の草履の緒はある。

しかし、緒だけで底は直らない。


草履売りの男の言葉が浮かぶ。


切れてから買うと高くつくぞ。


平吉は、足元を見た。


江戸へ行くには、まだ歩かなければならない。


銭を惜しんで足を壊せば、銭どころではなくなる。


だが、草履は高い。


安いもので八文。

丈夫なものは十二文。


八文。


魚売りで残した六文より多い。


父の三十二文に手をつけなければ買えない。


平吉は布包みを押さえた。


これは家から預かった銭だ。


軽く使うな。


父の声がした。


だが、軽く使わないとは、使わないという意味なのか。


必要な時にも使わないことなのか。


平吉には、まだわからなかった。



道は朝から混んでいた。


江戸へ近づくにつれ、人の流れは太くなっていく。


荷車。

馬。

旅人。

商人。

僧。

侍。

町へ向かう者。

町から出てくる者。


平吉は道の端を歩いた。


足が痛む。


最初は我慢できた。


だが、昼前になると、右足の親指の付け根が熱を持ち始めた。


一歩ごとに、じん、と痛む。


歩くたびに、体の重心が少しずれる。


すると左足にも余計な力が入る。


肩の荷が重くなる。


平吉は道端で足を止めた。


草履を脱ぐ。


端切れを外すと、皮が赤く膨れていた。


まだ破れてはいない。


だが、このまま歩けば潰れる。


潰れたらどうなる。


痛む。

歩きが遅くなる。

夕暮れ前に宿を探せない。

軒下も借りられない。

翌日さらに痛む。


小さな豆が、道のすべてを変える。


平吉は息を吐いた。


草履の底を見る。


薄い。


まだ穴はない。


だが、石を踏めば足に響く。


買うべきか。


まだ我慢するべきか。


平吉は迷った。


迷っている間にも、人は通り過ぎていく。


誰も平吉の足など気にしない。


道の上では、自分の痛みは自分のものだ。


誰かが見つけて止めてくれるわけではない。


平吉は草履を履き直し、また歩いた。


少し先に宿場が見えていた。


そこで草履を見よう。


買うかどうかは、その時決める。



宿場に入ると、声が一気に増えた。


「茶だよ」


「団子、焼きたて」


「草履、草履。旅の足に」


「薬、膏薬」


「手ぬぐい、安いよ」


平吉の耳に、草履の声だけが大きく聞こえた。


旅の足に。


まるで自分に向けられた言葉だった。


平吉は草履売りの前に立った。


昨日の男ではない。


別の草履売りだった。


店先には、いくつもの草履が吊るされている。


安そうなもの。

しっかり編まれたもの。

子ども用。

大人用。


男は平吉の足元を見た。


「歩いてきたな」


「はい」


「足を見せな」


平吉は少し警戒した。


「なぜですか」


「草履を売るからだ。足を見ずに草履は売れねえ」


その言葉に、平吉は少し驚いた。


品を見るな。使う人を見ろ。


草履売りは、足を見る。


平吉は草履を脱ぎ、足を見せた。


男は豆のところを見て、眉を寄せた。


「潰れる手前だな」


「まだ歩けます」


「歩ける。だが、今日の終わりには潰れる」


男は平吉の草履を手に取った。


底を見る。


「底も薄い。緒はまだいけるが、足が先に負ける」


平吉は黙った。


男は草履を二つ出した。


「安いのは八文。今日明日ならこれで足りる。こっちは十二文。少し長く持つ」


八文。

十二文。


平吉は二つを見た。


八文なら、父の銭から二文使えば買える。

十二文なら、父の銭から六文使うことになる。


魚売りの六文だけでは足りない。


父の銭に手をつける。


それが嫌だった。


男は言った。


「銭が惜しいか」


平吉は正直に頷いた。


「はい」


「なら、安いのにしろ」


「でも、長く持つのは」


「江戸まであと少しだ。道中だけなら八文でいい」


平吉は顔を上げた。


「高い方を勧めないんですか」


男は笑った。


「勧めても、お前は買わねえ顔をしてる」


平吉は黙った。


「それに、今のお前に十二文の草履は重い」


「重い?」


「銭の話だ」


男は草履を軽く振った。


「物には値がある。だが、買う奴の懐にも重さがある。同じ十二文でも、持ってる奴によって軽かったり重かったりする」


平吉は、父の三十二文を思った。


十二文は重い。


かなり重い。


男は続けた。


「今のお前に必要なのは、江戸まで足を潰さずに行く草履だ。店を持つわけじゃない」


平吉は八文の草履を見た。


「八文で、江戸まで持ちますか」


「歩き方次第だ」


太助の声がした。


切れるような歩き方をするな。


平吉は深く頷いた。


「これをください」


八文の草履。


言った瞬間、胸が痛んだ。


銭が減る。


初めて、道に出てから銭を使う。


平吉は周りを見た。


人前で数えない。


だが、払うには出さなければならない。


平吉は少し店の脇へ寄り、布包みをできるだけ隠すようにして開いた。


まず、魚売りの六文を取り出す。


これは自分で動かした銭だ。


残り二文。


父から預かった三十二文から、二文を出す。


手が止まった。


父の声。


この銭は、米になったかもしれない銭だ。


平吉は唇を噛んだ。


草履がなければ進めない。


進めなければ、江戸へ行けない。

江戸へ行けなければ、父の銭を持っている意味もない。


これは、軽く使う銭ではない。


歩くための銭だ。


平吉は二文を取り出した。


合わせて八文。


草履売りに渡す。


銭が手から離れる瞬間、胸の中が少し空いた。


男は銭を数え、頷いた。


「確かに」


そして草履を渡した。


平吉は新しい草履を履いた。


足の裏の感触が違う。


さっきまで石が直接足に食い込むようだったのが、少し柔らかくなった。


痛みは残る。

だが、歩ける。


男は古い草履を見た。


「それは捨てるか」


平吉は首を振った。


「持っていきます」


「何に使う」


「わかりません。でも、緒や藁は何かに使えるかもしれません」


男は少し笑った。


「商人向きかもな」


平吉は驚いた。


「俺がですか」


「捨てる前に使い道を考える奴は、少しは向いてる」


平吉は古い草履を荷に結んだ。


男は続けた。


「ただし、捨て時を間違えると荷が重くなる」


その言葉に、平吉ははっとした。


使えるかもしれない。


そう思って何でも持てば、荷が増える。


銭も、品も、言葉も、持ちすぎれば重くなる。


平吉は古い草履をもう一度見た。


「江戸まで持って、使わなければ捨てます」


男は頷いた。


「それでいい」


平吉は頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼はいい。足を潰すな」


平吉は歩き出した。


八文、減った。


三十八文から八文。


残り三十文。


魚売りの六文は消えた。

父の銭も二文使った。


平吉は口の中で繰り返した。


草履、八文。

残り、三十文。


忘れない。


これは、今日の帳面に必ず残す。



新しい草履で歩くと、道が少し変わった。


痛みはまだある。


だが、前より足を置きやすい。


歩幅が戻る。


肩の荷も、少し軽くなった気がした。


平吉は思った。


銭を使ったのに、体は軽くなった。


不思議だった。


銭は減った。


しかし、進む力は増えた。


母の握り飯を食べた時と同じだ。


食べれば減る。

だが、歩ける。


銭も同じなのかもしれない。


抱えているだけでは進めない時がある。


使うことで、道になる。


平吉はその感覚を忘れないようにした。


だが同時に、怖さもあった。


使えば確かに楽になる。


なら、楽になるたびに使ってしまうかもしれない。


茶が飲みたい。

団子が食べたい。

宿に泊まりたい。

新しい手ぬぐいが欲しい。


道の上には、使う理由がいくらでもある。


必要な銭と、欲しいだけの銭を分けなければならない。


それを間違えれば、三十文はすぐ消える。


平吉は懐を押さえた。


残り三十文。


重さが変わった。


少し軽くなった。


その軽さが、少し怖かった。



昼過ぎ、平吉は茶屋の前で足を止めた。


湯気が立っている。


茶の匂い。

焼いた団子の匂い。

味噌の匂い。


腹が鳴る。


粟の干し飯はまだある。

だが、硬い。

水が欲しい。


茶は一文だろうか。

団子は二文か三文か。


さっき八文使ったばかりだ。


ここでさらに使うのはどうなのか。


しかし、休まず歩けば足に悪い。


茶を飲めば体が温まる。

座れば足も休まる。


これは必要か。

それとも欲しいだけか。


平吉は茶屋の前で迷った。


茶屋の女が声をかける。


「休むかい」


「水はありますか」


「水だけなら、裏の桶にあるよ」


「ありがとうございます」


平吉は水を飲んだ。


冷たい。


ただで飲める水があるなら、茶を買う必要はない。


そう思って立ち去ろうとした。


しかし、足が痛む。


腰も重い。


座りたい。


茶屋の縁台は、茶を買った者が座る場所だろう。


ただ水を飲んで座るのは、違う気がした。


平吉は女に聞いた。


「茶は、いくらですか」


「一文」


一文。


残り三十文のうち一文。


平吉は考えた。


茶を飲む。

縁台に座る。

足を休める。

体を温める。

この先の道を聞けるかもしれない。


これは、ただの贅沢だろうか。


それとも、歩くための銭だろうか。


平吉は一文を出した。


「茶を一つください」


言った瞬間、少し胸が痛んだ。


銭がまた減る。


茶屋の女は銭を受け取り、湯呑みを出した。


温かい茶だった。


平吉は縁台の端に座った。


足をそっと伸ばす。


痛みが少し和らぐ。


茶を飲む。


温かい。


腹の奥がほどける。


平吉は目を閉じそうになった。


一文。


これは高いのか、安いのか。


茶だけなら高いかもしれない。


だが、この一文で、平吉は座る場所と、足を休める時間と、温かさを得た。


茶屋の女が言った。


「江戸へ行くのかい」


「はい」


「なら、この先は道が二つあるよ。人の多い道と、少し静かな道」


平吉は顔を上げた。


「どちらがいいですか」


「初めてなら、人の多い道にしな」


「人が多い方が危なくないんですか」


「危ないこともある。でも、人が少ない道は、困った時に誰もいない」


平吉は頷いた。


「人の多い道は、茶屋もある。水もある。聞ける人もいる。ただ、銭は使いやすい」


「銭を使いやすい」


「店が多いからね」


女は笑った。


「江戸へ行く道は、足だけじゃなく懐も試すよ」


平吉は湯呑みを見た。


茶、一文。


その一文で、道の情報を得た。


もし水だけ飲んで立ち去っていたら、この話は聞けなかったかもしれない。


もちろん、聞けたかもしれない。


だが今、茶を買ったことで、縁台に座り、話す時間が生まれた。


銭は、品だけを買うのではない。


時間を買うこともある。

場所を買うこともある。

言葉を引き出すこともある。


平吉は、胸の中に書きつけた。


茶、一文。

足休め。

道を聞く。


銭は減った。


だが、何を得たのかも覚える。


それが大事だと思った。



茶屋を出る時、平吉は女に頭を下げた。


「ありがとうございました」


「気をつけて行きな」


「はい」


残り二十九文。


草履八文。

茶一文。


今日だけで九文使った。


魚売りの六文はなくなり、父の銭から三文使ったことになる。


平吉は少し胸が痛んだ。


だが、足は歩ける。

体は温まった。

道も聞けた。


これは無駄ではない。


そう思いたかった。


いや、そう思いたいだけではだめだ。


本当に無駄ではなかったかは、この後の歩き方で決まる。


買った草履でちゃんと歩く。

聞いた道を間違えずに進む。

茶屋で休んだ分、日暮れ前に次のあてをつける。


使った銭を、生かす。


銭は使って終わりではない。


使った後に、何をするかで意味が決まる。


平吉はそう思った。



人の多い道を選ぶと、確かに歩きやすかった。


道幅も少し広い。

茶屋もある。

荷車も多い。


ただ、人が多い分、気を遣う。


荷車を避ける。

馬を避ける。

急ぐ男に道を譲る。

子どもを連れた女の後ろでは歩幅を落とす。


人の流れを見ないと、すぐぶつかる。


江戸は、これよりもっと人が多いのだろう。


平吉は少し緊張した。


途中、道端で若い男がうずくまっていた。


片足を押さえている。


そばには草履が片方落ちていた。


緒が切れている。


平吉は足を止めた。


太助の草履の緒が懐にある。


使える。


だが、これは兄からもらったものだ。


自分のために持ってきた。


渡すべきか。

通り過ぎるべきか。


若い男は苦しそうに足を押さえている。


通り過ぎる人は見るだけで、急ぐ者はそのまま行く。


平吉は迷った。


自分も道中だ。

余裕があるわけではない。


草履の緒は、もし自分の緒が切れた時に必要だ。


でも、今は新しい草履を買った。


古い草履の緒も使えるかもしれない。


太助の緒を使わずに済む可能性は高い。


若い男は、立ち上がろうとして顔を歪めた。


平吉は近づいた。


「大丈夫ですか」


男は顔を上げた。


「草履の緒が切れた」


「直しますか」


「緒がない」


平吉は懐に手を入れた。


太助の草履の緒に触れる。


兄の声が浮かぶ。


切れたら使え。


これは自分にくれたものだ。


でも、目の前の男が今、切れている。


平吉は少し考えた。


そして荷に結んでいた古い草履を外した。


草履売りに、使わなければ江戸で捨てると言ったものだ。


そこからまだ使えそうな緒を抜いた。


「これなら、使えるかもしれません」


男は驚いた顔をした。


「いいのか」


「古い草履の緒です。新しいものではありませんが」


「助かる」


平吉は緒を渡した。


男はそれを使って草履を直そうとしたが、手元が不器用だった。


平吉は村で草履の緒を直したことがある。


太助の草履も、何度か見ていた。


「やります」


平吉は男の草履を受け取り、緒を通した。


少し時間がかかった。


だが、何とか歩ける形にはなった。


男は立ち上がり、試しに数歩歩いた。


「いける」


「よかったです」


男は懐から銭を出そうとした。


平吉はまた迷った。


今回のこれは、労だ。


草履の緒を渡し、直した。


礼を受け取ってもいいのではないか。


だが、いくらが相応なのか。


自分から言うのは違う。


男は一文を出した。


「これで」


一文。


平吉はそれを見た。


受け取るべきか。


薬包みの二文は断った。


今回はどうか。


見たことを言っただけではない。

古い草履の緒を渡し、手も動かした。


これは働きだ。


平吉は、少し頭を下げて受け取った。


「ありがとうございます」


手の中に、一文。


今日、茶で使った一文が戻ったように見えた。


だが、同じ一文ではない。


茶屋で出た一文。

草履直しで入った一文。


銭は同じ形をしているが、通ってきた道が違う。


男は礼を言って歩いていった。


平吉は手の中の一文を見た。


そして、すぐに懐へしまった。


残り三十文。


いや、帳面としては違う。


三十八文から、草履八文、茶一文。

残り二十九文。

草履直しで一文入る。

残り三十文。


ただ、同じ三十文でも、朝の三十八文とはまったく違う。


魚売りの六文は草履になった。

父の三文は、草履と茶になった。

草履直しで一文が戻った。


銭は、出て、形を変え、時には戻る。


平吉は胸が熱くなった。


これを帳面に書きたい。


ちゃんと書きたい。


何に使い、何を得て、何が戻ったのか。


印だけでは足りない。


文字が欲しい。

数字が欲しい。

帳面が欲しい。


平吉は、そう強く思った。



夕暮れ前、平吉は小さな寺の近くに着いた。


茶屋の女に聞いた道は、間違っていなかった。


人の多い道を選んだおかげで、迷わず進めた。


寺の門の前で、平吉は頭を下げた。


「ごめんください」


昨日より、少し声が出た。


自分の名で頼む。


「旅の途中の平吉と申します。江戸へ向かっています。軒下を一晩お借りできないでしょうか。掃除、水汲み、薪運び、何でもいたします」


門の奥から、年配の僧が出てきた。


平吉を見た。


「一人か」


「はい」


「江戸へ奉公か」


「そのつもりです」


「銭は」


平吉は一瞬、答えに詰まった。


持っています、と言えば狙われるかもしれない。

ありません、と言えば嘘になる。


「少しあります」


平吉は答えた。


「ですが、宿に泊まるほどは使えません」


僧は平吉をしばらく見た。


「正直だな」


平吉は頭を下げた。


「嘘をつくと、後で困るので」


僧は少し笑った。


「それはそうだ」


そして、門を開けた。


「軒下でよければ使いなさい。ただし、朝に井戸の水を汲むこと」


「はい」


平吉は深く頭を下げた。


また、軒下を得た。


今度も銭は使わない。


だが、今日は違う。


朝とは違う。


草履を買った。

茶を飲んだ。

草履を直して一文得た。

自分の名で、もう一度軒下を得た。


銭を使っても、道は続いた。


むしろ、銭を使ったから、足が持った。

茶を飲んだから、道を聞けた。

道を聞けたから、迷わなかった。


使う銭もある。


惜しむ銭もある。


受け取る銭もある。


断る銭もある。


それを見分けることが、たぶん商いなのだ。



その夜、平吉は寺の軒下で、今日の帳面をつけた。


弥七の紙片は、もうかなり黒く汚れている。


余白も少ない。


それでも、書いた。


まず、草履の絵。


その横に「八」と書こうとした。


八はまだ習っていない。


だから、丸を八つ描いた。


次に、茶の椀。


丸を一つ。


その次に、草履を直した印。


丸を一つ、戻るように矢印のような線を描いた。


字ではない。


でも、平吉にはわかる。


草履、八文出る。

茶、一文出る。

草履直し、一文入る。

残り、三十文。


平吉は、小さく声に出した。


「三十八文。草履八文。茶一文。草履直し一文。残り三十文」


何度も繰り返す。


忘れないために。


そして、紙片の端に、拙い字で書いた。


平吉。


自分の名。


その横に、小さく一本の線を引いた。


今日、自分が使った銭の線。


銭は、ただ減るものではない。


進むために使うものでもある。


だが、使った銭には理由がいる。


平吉は布包みを閉じた。


残り三十文。


少なくなった。


けれど、足は明日も歩ける。


それなら、今日の八文は死んでいない。


茶の一文も、道になった。


草履直しの一文は、自分の手で戻ってきた。


平吉は、足の痛みを感じながらも、少しだけ笑った。


銭にも、道がある。


第十四話 了

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第十四話では、平吉が初めて道中で銭を使いました。


草履に八文。

茶に一文。

そして、草履直しで一文が戻る。


結果として、三十八文あった銭は三十文になりました。

けれど、草履を買ったことで足は守られ、茶を飲んだことで道を聞く時間を得て、草履直しでは自分の手で一文を得ました。


銭は、ただ減るだけではない。

使った先で、道になることもある。


平吉は、また少しだけ「銭にも道がある」という言葉の意味を知りました。


次回は、平吉がいよいよ江戸の気配に触れ始める話になります。


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