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9・動き出した白生





「ダメ!ダメに決まってんだろ!」


父の大きな声に紅苑ぐえんの耳がキーン、と痛んだ。


携帯を放り投げそうになったが、許可を

得なくてはならない。

紅苑は気を取り直してグッと携帯を耳に当てた。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず、って

言うじゃん」


「言うよ?言うけどダメ。危ない。危険」


白生しろうと協力するからさ」


「ダメなものはダメ」


頑固な父をどう説得するか。紅苑は頭を抱えた。


永久えいくと紅苑の繋がりは当たり前だが気付かれて

いない。

次もまた永久の後釜になったものに接触しよう

と考えていたが、それではあまりにも進展が

遅い。

もしかしたら収穫がないかもしれないのだ。


そこで紅苑は白生と相談してバングル社の面接に行こうとしていたのだ。


「うまく雇用されたとしてもプロジェクトに

参加できるかどうかもわかんないだろ」


「できるように持っていくから」


「紅苑ちゃんさ、わかってる?こっち側の

人間だってバレた時点で殺されるんだよ?」


「バレないって」


もう潜り込むしかないと判断した。

天涯孤独で仕事ができたらプロジェクトに入れてもらえるだろう。


入ったらもうこっちのものなのだ。

こんな手っ取り早いことはない。


「バレたらどうすんの」


「バレなかったらどうすんの」


「ダメダメ。これだけは許せない」


「パパ。これはパパの人生の集大成だよ?

それに俺も白生も協力したいんだよ。

パパが命をかけてやってるんだから」


父が黙り込んだ。あとひと息。紅苑は気合を

入れた。


「集大成とか。大げさすぎて言葉失ったわ」


「なんだ。感動してんのかと思ってた。

大丈夫。絶対にバレないようにする。

無事に帰ってくる」


「でもさ」


「もう、誰かが命を落とすのはイヤなんだよ」


これは紅苑の本音だった。

詠一えいいちも永久も警察にさえ放り込めばなんとか

なると思っていたがうまくはいかなかった。


バングル社は思ったより手強い。

だからこそ早く真相を暴かないとならないのだ。


「わかったよ。条件がある」


「ありがとうパパ」


「電話じゃなく、いつでもどこでも俺と連絡を

取れるようにしてくれ」


「わかった。白生に相談しとく。

あいつああいうの得意だから」


一応許可はしてくれたが、いつもデカい声の父がおとなしい。息子を心配するのは当たり前だが、真相を暴くために息子を使っていることに

罪悪感があるのだろう。


紅苑と白生に協力してほしい、と父は

言わなかった。

態度のおかしな父に気づいた二人が問い詰めて

やっとこの事件のことを口にしたのだ。


「パパ。悪者はやっつけよう」


「紅苑ちゃん…」


まだ不安そうにしている父。逆に申し訳ないとは思ったがもう紅苑は止まれなかった。


「なあ。バングル社の面接はいいけど…

お前店どうすんの?銀座のクラブ」


そばで寝っ転がって携帯を見ていた白生が

ひょい、と起き上がった。


「あ。忘れてた」


「じゃあ俺がバングル社受けるわ。だから紅苑は、」


「ダメダメ。白生を危険なめにあわせられない」


「パパかよ」


紅苑と白生は親でも見分けがつかないほど似ている双子だが紅苑が兄だ。


父には大丈夫、と言ったものの、可愛い弟にそんなことをやらせるわけにはいかない。

紅苑は首をぶんぶん、と横に振った。


「二面作戦で行こうぜ。クラブアスタロトにいたら皐月みたいに紅苑にも声がかかるかもしんないだろ」


「俺は男なんですが」


「そんなの、女が必要だとは限らないよ?

もしかしたら皐月さつきは永久が怪しまれずに日本を

出るためにいただけかもしれない。

それなら男でも女でもどっちでもいいじゃん」


白生の言ったことが本当であっても、ただの

カモフラージュの皐月にプロジェクトの内容を

知られるわけにはいかない。


だから皐月の精神を崩壊してただの人形に

したのか。

そしてもし、皐月が正気に戻った時に何かを

漏らされることを恐れて自殺させたのか。


紅苑がクラブアスタロトから、白生がバングル社から。

両方から攻めた方が情報を得られる可能性は

確かに上がる。


「でも」


「さっさとやって、とっとと終わらせよう。

な?紅苑」


「もう。わかったよ」


白生が頑固なのは父親譲りだ。


ぶつぶつ言いながら眉根を寄せている紅苑を見て、白生は頑固だな、と笑っていた。




髪が短くなった白生がバングル社の倒れてきそうなほど大きなビルを見上げる。


スーツにカバン。そして黒縁の眼鏡。

見るからに真面目で仕事ができそうないでたちだ。


面接の時間の15分前。一階の受付で白生は自分の名前を言った。


「14時から面接していただきます、

市川いちかわと申します」


「市川様ですね。少々お待ちください」


受付の女性がカウンターの中にある電話の受話器を取り上げた。白生は一歩下がって吹き抜けの高い天井を眺めた。


川路かわじ姓を名乗ると紅苑と接触があった時にマズい。

顔も同じ、名字も同じなどグルだと言っている

ようなものだ。


市川は母方の姓だった。偽名なのでなんでも

良かったのだが咄嗟の時に忘れては話にならないので、白生は母親の姓を名乗ることにした。


「市川様。お待たせいたしました。

このフロアの突き当たりのエレベーターで

三階に上がっていただけますか?」


「わかりました」


受付の女性がカウンターから出てきて白生を

エレベーターまで案内する。

たくさんの人が行き交う一階フロアは大通り

みたいだった。


「エレベーターを降りていただきまして、

右側に会議室がございますのでそちらに」


「わかりました。ありがとうございます」


エレベーターが閉まるまで受付の女性は深く頭を下げて白生を見送っていた。

行き届いた社員教育。一流企業とはそうなの

だろうか。


エレベーターは白生一人を乗せてそのまま三階に到着した。出て右、と教えてもらっていたが、目の前に男が立っていた。


「市川さんですか?」


「はい」


「お待ちしておりました。

私、人事部のさかきと申します」


「榊さん。市川です。

本日はよろしくお願いいたします」


榊について三階通路を歩いて行く。

決して新しい建物ではないのだがキレイに掃除

されているので清潔感がある。


榊は【会議室】と印字されたプレートがはめられているドアをコンコンコン、と3回ノックした。


「どうぞ」


「失礼します。

面接の市川さんをお連れしました」


ドアを開けて入って行く榊について白生も会議室に入ると、長机の向こうに座っていた男が

立ち上がって軽く頭を下げた。


「本日はよろしくお願いします。私、常務の寺東てらとう

と申します。どうぞそちらにお座りください」


「市川です。失礼いたします」


深く頭を下げてから白生が寺東の正面に座る。

一緒に来た榊は寺東の横に座った。


バングル社をなぜ希望したのか、入社したらどんな仕事をしたいか、など面接でよく聞かれる

ありきたりな質問が続く。


白生が一つずつ丁寧に答えていくと、寺東も榊も満足気に頷いていた。


「前職は…これはご実家ですかね?」


履歴書には市川コーポレーション勤務、と書いてあった。


「はい。祖父の代からの会社だったんですが、

経営不振で倒産いたしました」


「そうだったんですか。それでこちらに」


「倒産したのは喜べないんですが、僕としましてはバングル社さんで働きたいという希望を持っておりましたので」


白生が明るくそう言うと寺東と榊は顔を見合わせて笑った。


「なるほど。大変でしたね。

それで、ご家族は今どうされているんですか?」


きた。ここで天涯孤独だということがわかれば

プロジェクト参加の対象となる。


さっきまで明るかった白生の顔からスッと笑みが消えた。


「倒産が引き金になったのかどうかは僕にはわかりませんが…父は自ら命を絶ちました。

母は5年前に病気で他界してます」


「…そうだったんですか。お辛いことをお聞きして申し訳ないです」


「いえ、もう大丈夫です。兄弟もいませんし、

これからは自分のことだけ考えればいいので」


ここで兄弟もいないことをアピール。


普通の会社なら家族がいた方が採用されやすいのだろうか。その辺りは普通の会社に勤めたことのない白生にはわからなかった。


「それはお淋しいですね。ご親戚は?」


「いません。父も母も一人っ子でしたから」


「そうですか。わかりました」


質問は以上だった。おって連絡をすると言われて、白生は会議室を後にする。

一緒に会議室を出てきた榊が一階フロアまで

白生を送った。


「本日はありがとうございました」


白生が頭を下げると榊はうんうん、と頷いた。


「お辛い環境にいるのに、市川さんは明るいね。それは大切なことだと思います」


「下を向いていても仕方がないので」


「いえいえ。ご立派です」


ただ、身寄りがないだけではダメなのだ。

使えるやつでないとプロジェクトには参加できない。


詠一はギャンブル狂だったが仕事はできたのだろう。金にだらしがないというだけで。


永久はメンタルこそ弱かったが真面目。

もちろん仕事もそつなくこなしていたのだろう。


クラブアスタロトにやってくる四人の重鎮+若手。この五人がプロジェクトの核になる。


その他に狙撃手と、影から皐月を自殺に

追い込んだ者、そしてもし監禁が行われていたとしてそこの見張りもいるだろう。


プロジェクトのメンバーはクラブアスタロトに

来るものたちを除いて、最低でもあと二、三人はいるはずだ。


永久の後釜はまだ決まっていない。


とりあえず白生は一日でも早くプロジェクトに

参加しなければならない。


真昼の太陽に白生の眼鏡がキラリと光る。


どこまで見られているかわからないので、背筋を真っ直ぐに伸ばして白生は駅に向かって歩いた。





それから一週間後、白生は無事にバングル社に

就職した。


そしてこの日、一ヶ月ぶりにバングル社がクラブアスタロトにやって来た。


今、クラブアスタロトにはバングル社に差し出すキャストがいないのか。

それとも必要ではないのかどちらかはわからないが、この日VIPルームについたキャストは新人ではなかった。


瀬戸せとと紅苑がグラスや酒、そしてフルーツなどをテーブルにセッティングする。

キャストが手際良く酒を作り、バングル社の四人と乾杯していた。


「一人少ないな」


次に出すシャンパンを用意しながら瀬戸が呟く。

前回まで一緒に来ていた永久がいないのを不思議に思っていた。


「この四人はいつも固定なんですか?」


「うん。この人たちはいつもおんなじだよ」


「あの若い人、風邪でもひいたんですかね」


紅苑が軽くそう言うと、瀬戸が、はは、と

短く笑う。

詠一から永久に代わった時も瀬戸は不思議に

思ったのだろうか。


紅苑よりももっと前からVIPを担当している

瀬戸には思うところがあるようだ。


「ボーイさん」


バングル社の一人が手をぶんぶん、と振っている。

紅苑が慌ててそばに行き、膝をついた。


「チーズを持ってきてもらえますか?」


「かしこまりました。お待ちいたします」


「頼むね」


はい、と紅苑がニコッと笑ってから立ち上がる。

注文をした男が隣にいた男を肘でつついた。


「あのボーイ、美人だな」


「男の子ですよ。あの子」


「男は需要ないか。でも、もったいないな」


今回ついたキャストはターゲットにならない。

そのため本能でターゲットを探してしまうようだ。


「その前にA.Kの後任を決めないと。我々がする

わけにはいかないんですから」


「その話なんですが人事部から連絡がありましてね。

ひと月ほど様子を見ていけそうならこちらに回してくれるそうですよ」


「後任候補が見つかったんですね。

それは安泰」


時期からして白生の可能性が高い。

次にここへ来た時には後任の呼び名も決まっているはずだ。


この男たちには詠一や永久、そして皐月が死のうがなんの感情もないのか。


目的さえ達成できれば失ったものは数えない。


紅苑が笑顔で皿にキレイに盛り付けてある

チーズをテーブルに置くと、さっき注文した男が紅苑を見て満足そうに頷いていた。







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