31・思い出の中の寺東
傾けていた体を真っ直ぐにして、榊は
川路を見た。
川路が白生に頷くと、白生はまた自分の
席に戻り元通り川路たち三人はBOL社の
メンバーと向き合うカタチになった。
「バングル社が潰れかけています」
榊がそう言うと、バングル社で働いて
いる鳥居と本堂が驚いた顔をした。
「冗談だろ?
そんなこと聞いたこともないが」
「寺東さんだけが、と言いますか、
上層部だけで共有している情報です」
入社してからずっと寺東と働いていた榊は、
寺東が常務になってからも親しくしていた。
仕事のことは全て寺東に聞く。
身寄りのない榊にとって寺東は兄のような
存在だった。
「私はバングル社に感謝しかなかった。
たいした大学も出ていない天涯孤独の
自分を拾ってもらったようなものです。
そのバングル社が経営不振と聞き、
なんとかしたいと考えました」
寺東も榊と同じ境遇だった。
学歴や出身など関係なく仕事の成績や
人となりだけで判断してくれたバングル社の
おかげで寺東は常務にまでなれた。
「とはいえ何をしていいのかもわからず、
かといってこのままバングル社が潰れるのを
見ているのが耐えられませんでした」
バングル社がなんとか立て直してくれる
まで、必要なのは金だった。
バングル社が今新しく開発しようとしている
プロジェクト。
それが当たればきっと持ち直すことができる。
そのプロジェクトに必要な資金を寺東と
榊は用意しようと考えた。
「その時に取引先のシンガポールの社長から、
日本人がとても人気だという話を聞きました」
その社長はまだ若く、独身だった。
日本人の美しさは海外では評判だ、と。
そして自分も日本人の妻を迎えたいものだ、
と言っていた。
寺東の昔からの知り合いで、銀座に店を
出していた梨香子のところへその社長を
接待で連れて行くと、美しいキャストを
前にした社長はこちらが驚くほど上機嫌
だった。
「試しに海外の富裕層向けにサイトを
作ると、美しい日本人が欲しいという
メッセージが山のように来ました」
中には億単位でどうだ、というものも
あった。
榊は寺東にそのサイトの返信を見せて、
これで金を作れないか?と相談した。
「なるほど。そこで、クラブアスタロトの
ママである梨香子さんに頼んだんですね」
「はい。梨香子さんも銀座で店を継続
していくのに金がいるらしく協力して
くれることになりました」
榊の証言に梨香子が唇を噛んで頷いた。
「寺東さんから、一人売れた場合の金額を
提示されて…恐ろしい話ですが、二つ返事で
受けました。
私にもどうしてもお金が必要だったんです」
しかしもちろんこれは犯罪だ。
だから足がつかないように行方不明になって
も誰も探さない、身寄りのないものを用意
することにした。
「ホステスという職業柄、お金に困っている
子が面接に来ることがほとんどです。
親兄弟がいなくて一人で生きて来た子も多い。
だからそういう子ばかりを採用しました」
そして寺東たちBOL社が来たら顔合わせを
する。商品としていけそうならそのまま
監禁する、といった手筈だ。
榊が梨香子と目を合わせて頷く。
そして続きを話し始めた。
「私も寺東さんももちろんバングル社での
仕事もあります。特に寺東さんは動きにくい
ので、同じく身寄りのない鳥居さんと
本堂さんを…BOL社を手伝ってもらうために
無理やり入れました」
初めて聞かされた本当の目的に鳥居は
動揺していた。
その隣に座った本堂も同じだった。
「確かに私たちは寺東さんに無理やり
入れられたけど、人身売買をしている
理由は知りませんでした」
本堂がそう言って、はあ、と大きなため息を
ついた。
目的や理由など考えるのも恐ろしかったのだ。
「本当の理由を言わなかったのは、もしもの
時に鳥居さんと本堂さんを逃すためです。
だから事務的なことや連絡係みたいことだけを
お二人にはしてもらっていました」
そして梨香子と同じく鳥居と本堂にも報酬を
渡していた。
核心には触れさせず、手伝ってもらっただけ
だったのだ。
「でも!寺東さんが…裏切り者には死を、
って…」
「そうです。寺東さんがそう言っていたのは、
あなたたちに人身売買のことを他に漏らさない
ようにしていただくためです。
だから鳥居さんと本堂さんがもし他に漏らし
たりしたら、殺してました」
絶対に成功させなければならなかった。
もし裏切りが発覚して始末したとしても
後腐れのないように天涯孤独の鳥居と本堂を
選んだのだ。
「それぐらい必死でした。最上階の隠し部屋も
私と寺東さんで作ったんです。
業者を頼んだりしたらバレる。
幸い、最上階は寺東さんが管理していました。
外で会議したら危険です。あそこなら誰にも
聞かれることもない」
川路たちの推理は外れた。人身売買については
バングル社は全くの無関係だったのだ。
全ては榊と寺東がしていたこと。金のために。
バングル社を倒産させないために。
「クラブアスタロトから連れて帰った商品は
倉庫に監禁していました。最初は川崎の
工場地帯にある倉庫でしたが、神奈さんに
逃げられたため燃やして証拠を隠滅しました」
「見張り番の三人も移動させたということ
ですね。イズモさんたちは、バングル社
勤務ではないですよね?」
「はい。イズモさんとカスガさん、そして
亡くなったイセさんの三人は私と同じ施設の
出身です」
榊は自分が世話になった施設に少ない
ながらも寄付をしていた。
たまに里帰りの感覚で施設を訪れていたの
だが、この日小さい頃からいた先生が立派に
働いている榊を見てため息をついた。
「京介くんみたいに立派に働いてる子も
いるのにね」
「先生どうしたの?」
この施設を数年前に出た三人、イセ、イズモ、
カスガがなかなか定職に就けず、街でケンカを
したりして心配だ、と先生が憂いていた。
クラブアスタロトから連れ出した商品を
監禁して…と計画を立てていた榊は、
先生からの話を聞き、その三人が見張り番に
適していると思った。
そして榊は、仕事を世話してみる、と言って
先生から三人の連絡先を聞いた。
「寺東さんが、情が入るといけないから、
と私の代わりにイズモさんたち三人に話を
してくれました」
イズモとカスガが榊に向かって頷く。
そして川路の方を向いて話始めた。
「寺東さんは…最初、俺たちが断ることが
できるように話してくれたんだ」
夜、寺東は最上階に作った隠し部屋に三人を
呼び出した。
寺東はことの全てを話す前にイセ、イズモ、
カスガの三人の気持ちを聞いた。
「金になる仕事なんだが、危険を伴う。
やってくれる意志があるのなら仕事内容を
説明します」
逆に言うと危険を伴うが金になる。
金に困っていた三人は相談することもなく、
やる、と返事をした。
「それって犯罪絡みか?」
「はっきり言ってそうだ。だから仕事内容を
聞いたらもう抜けてもらうことはできない。
それでもいいか?」
そんな確認をしなくてもさっさと仕事内容を
話して逃げられないようにすればいいのに、
とイズモたちが思うほど寺東は気を遣って
くれた。
イズモたちはチンピラみたいなものだ。
しかし寺東は真摯に向き合ってくれたのだ。
心は決まっていたが、寺東にそう言われた
三人は顔を見合わせて頷き合う。
おとなしく待っている寺東にイセが携帯の
画面を見せた。
「これ見て。こんな感じの」
「ん?これは、居酒屋?」
「俺たち三人で店したいな、って話してんだ。
こんな感じのいい雰囲気の居酒屋」
イセが見せた画像を見た寺東が微笑む。
なんだか恥ずかしくなった三人も同じ
ように笑った。
「へえ。君たち明るくて元気だから居酒屋
とか向いてるよ」
「マジ?こいつ、イズモってんだけど料理が
得意でさ。
こいつのメシめっちゃうまいんだよ」
「俺、料理するの好きなんだ。施設にいた時
からよく手伝ってて。あんたにも、えっと、」
「申し遅れました。寺東と言います。
君たちの居酒屋がオープンしたら一番に行くよ」
照れたように笑う三人に寺東は目を細めて
微笑んだ。
夢を叶える。榊とバングル社を立て直すと
いう夢をもっている寺東には、イズモたち
三人の思いが手に取るようだった。
「この仕事には必ず終わりが来る。
もしかしたら思ったよりも早いかもしれない。
それまでにしっかり金を稼いで、
夢を叶えてほしい」
街でケンカをしたりするほど気が短い
イセたちは普通に働いても続かないだろう。
それに東京で店を出すとなるとかなりの
金額がいる。
金を貸してくれるところもないだろう。
そして援助してくれるものも、天涯孤独の
自分達にはいない。
方法は間違えているかもしれないが、寺東は
イセとイズモとカスガを素直に応援したい
気持ちでいっぱいになっていた。
「寺東さんを…海に放り投げたのは俺と
カスガです」
「私が指示したからだ」
鳥居がイズモに向かって頷いた。
寺東を射殺したあと紅苑とともに本牧埠頭に
運んで捨てておけ、と鳥居がイズモとカスガに
指示を出したのだ。
「寺東さんは監禁している倉庫によく顔を
出してくれたんだ。
金の受け渡しも寺東さんが…
だから、放り投げた時は、辛かった」
夢を叶えてほしい。そう言ってくれた寺東は
紅苑との幸せな暮らしを夢見ていたのだろう。
初めて愛した人と、何もかも捨てて二人で。
「紅苑はおとなしかったから世話しやす
かったけど、寺東さんのこともあったから…
寺東さんが紅苑のこの大事にしてたから、
今までの誰よりも大事に世話した」
紅苑がイズモとカスガに座ったまま
頭を下げる。
寺東が大切にしていたから、イズモたちも
大事にしてくれたというのがうれしかった。
「それなのに…イセが」
グッ、と唇を噛んで下を向いたイズモの肩を
隣に座っていたカスガが抱いた。
「紅苑を守りきれなかったことが…
寺東さんに申し訳なくて。
イセは迎えにいってなかったから、寺東さんが
死んだのも海に放り込んだのも見てない。
だから紅苑にあんなことを…」
そう言うと、カスガは苦しそうな顔をして
目を閉じた。
商品として、というのももちろんある。
しかし寺東が自分の命を投げ出して紅苑を
守ったのを実際に見ていたイズモとカスガ、
そして話を聞いただけのイセとは温度差が
生じてしまっていた。
紅苑をけがしたことは黙っていればバレない。
しかしイズモとカスガはイセが寺東を
裏切ったように感じて憤ったのだ。
「紅苑に襲いかかったイセを殺したのは
俺です。
小さい頃からずっとカスガと三人で遊んでた。
仲良くて、居酒屋を出すことを夢見て。
でも寺東さんがいなかったら俺たち、
とっくの昔に野垂れ死んでた」
イセが一度目で心を入れ替えてくれたら
許していただろう。
しかし二度目までも。イズモもカスガも
どうしても許せなかった。
「ありがとう」
紅苑が再びイズモとカスガに頭を下げる。
やっと顔を上げた二人に微笑んだ。
「イズモさん、カスガさん。俺は寺東さんを
愛してます。今も」
「本当か…?紅苑」
「うん。だから俺のこと大切にしてくれて
ありがとう」
理由はどうあれ、人を殺めてしまった
イズモとカスガにお礼を言うのは違うの
かもしれない。
しかし紅苑は、二人の気持ちが心から
うれしかったのだ。
カスガの目から涙が溢れた。それを見た
イズモも鼻をすすりながら泣いた。
紅苑と寺東を連れて本牧埠頭まで走った
あの夜。
後ろを振り向かなかったのは最期に二人
きりにしてやりたかったのと、泣き顔を
寺東に見られたくなかったから。
父親の記憶などないイズモとカスガは
寺東のことを気付かぬうちに父みたいだと
思っていたのかもしれない。
「まだ断言はできないけど、その夢を
叶えてほしい。
イズモさんとカスガさんならできる」
「紅苑…」
「オープンしたら寺東さんと一緒に
一番に行くからね」
涙を流しながらイズモが頷く。カスガは机に
突っ伏して肩を震わせて泣いていた。




