32・組織犯罪特別捜査課
BOL社メンバーたちの証言により、
だんだんと真実が明らかになっていく。
その真実は切ない。バングル社への感謝と
愛のために犯罪を犯した榊と寺東が悲しく
見えた。
BOL社が売った人間は10人だと榊が
明かした、
紅苑を除いても、逃げ出した神奈と
自殺した皐月を入れると今まで12人の
人間を攫ったことになる。
そして配達員としてBOL社に入れられた
のは大宮詠一、赤田永久、そして白生の
三人だ。
「海外に売りに行く日程は、最初は慣れ
ないので一週間はかかる、と見込んで
いました。
私たちバングル社の社員はそんなに仕事を
休めないので付き添う配達員は外部から
探しました」
大宮詠一を紹介したのはクラブアスタロトの
ママ、梨香子だった。
梨香子が高校を卒業するまでいた家の近所に
住んでいたのが詠一だった。
身寄りがなく定職にもついていなかった
詠一は近所でも嫌われていた。
梨香子が高校生の時に近所に引っ越して来た
詠一とは話をしたこともなかったが、
寺東に身寄りのない男を探していると聞いた
梨香子は真っ先に詠一を思い出した。
「地元に戻ってみると、まだ大宮さんは
一人で暮らしてたんです」
声を掛けると、詠一はキレイな服に身を
包んだ梨香子を舐め回すように見ていた。
しかし彼は女よりもギャンブルが好きだった
ので梨香子から金の匂いでも嗅いでいたの
だろう。
「お金に困っているなら私の手伝いをして
くれないかと誘うとすぐに着いてきました。
私の目の届くところに家を借りて、さっそく
寺東さんに会わせました」
BOL社の仕事に食いついて来た詠一は
ギャンブルに金を使う男で、かなりの借金を
抱えていた。
「大宮さんが交際相手から現金を盗んで
捕まったと知り、BOL社のことを吐かれ
ては困るので…
指示通りに私が殺しました」
「しかし梨香子さん、どこから撃ったん
ですか?」
留置所には通気口しかないが、人が通れる
大きさではない。
それ以外はコンクリートの壁と鉄格子だ。
中にはもちろん入れないから職員になり
すますのも無理だろう。
「大宮さんが留置されていた警察署には
縦10cm、横15cmの通気口があります。
その通気口には鉄格子がはまっていて、
鉄格子と鉄格子の間の幅は約5cm。
その通気口は建物の外から見えると
聞きました」
「まさかそこを狙って?」
「はい。向かいのビルから撃ちました」
鉄格子の5cm×10cmという狭い隙間から
中にいた詠一を梨香子は撃った。
しかも向かいのビルからだ。
考えられないぐらいの正確さがないと壁を
撃ちぬいてしまったり、鉄格子に当たって
しまうので気付かれる。
「なるほど。警察も誰が撃ったのか、
いまだにわからないはずだな」
不謹慎だが感心している川路に梨香子は軽く
頭を下げた。
指示とはいえ梨香子は詠一と永久、二人を
射殺している。自分の店を守るためとはいえ
梨香子の犯した罪はかなり重かった。
「赤田永久さんはどなたがBOL社に?」
「赤田くんはバングル社の社員でした。
市川くんと同じで、大宮さんが何人かの
付き添いをして、一泊ぐらいで戻れる段取り
ができていたので、
次の配達員は目が届くように、外部から
ではなくバングル社の社員にしよう、と
寺東さんと相談して。
赤田くんを私が選びました」
永久は白生と全く同じルートでバングル
社からBOL社に入れられた。
「市川くんの時もそうでしたが、私は
常に配達員候補と一緒に行動します。
信頼してもらわないとBOL社に入れられ
ないので」
「表で動いていたのは主に寺東さんという
ことですね。榊さんは配達員をのぞいた
一番下というポジションで動いていた、と
いうことで間違いないですか?」
榊が川路に頷く。ではなぜ命という人物を
寺東の上に作ったのか。
裏で榊は寺東と同等の動きをするだけで
良かったのではないか。
「つくづく寺東さんは損な役回りをされて
いたのだと思っていましたが…。
榊さん、あなたはなぜ命と名乗って
寺東さんの上にいることにしたんです?」
寺東にもしものことがあった時のため
だろうか。
いや、違う。二人でバングル社を救おうと
していたのだ。
寺東にもしものこと、など榊は考えない。
寺東のことを思い出しているのだろうか。
榊の視線は遠くへ置かれていた。
「誘ったのは私でしたが、寺東さんは
あくまでも上司だから、BOL社のトップに
なると言ってくれたんです」
これからしようとしていることは犯罪だ。
失敗は許されないが、もし警察に捕まる
ようなことがあった時…
トップであれば全ての責任を被ることが
できる。
上司だから、と言ったが、全ての罪を
被ろうとしている寺東の本心が榊には
わかっていた。
「寺東さんが全て被るつもりなのは
わかってました。
でも私も同じことを思っていたんです。
私が責任者になることに寺東さんは
なかなか首を縦に振ってくれません
でしたが誘ったのは私だから、と
無理やり私がトップになることに納得
してもらいました」
しかし榊は一番下の方に位置する方が
もちろん動きやすい。
寺東が指示を出せない時や、榊が独断で
動く時のために命の存在は必要だった。
だから命、という架空の人物がトップだと
鳥居たちにも説明していた。
「寺東さんより上だと聞いていたから、
命さんはバングル社の会長か誰かかと
思ってましたよ」
鳥居が思わずそう呟く。紅苑や白生も
その考えだった。
誰も榊が命としてトップにいるなど
思いもしなかっただろう。
「川路さん」
榊がスッと席を立つ。全てを話した榊を、
白生ももう押さえることはしなかった。
「これが全てです。私が寺東さんに
協力してもらって作った人身売買を
おこなうBOL社。
イズモさん、カスガさんに監禁を指示した
のも、梨香子さんに射殺しろと指示したのも
鳥居さん、本堂さんをBOL社に無理やり
入れたのも、人を人とも思わず…
売ったのも全て私です」
そう言った榊は川路、白生、紅苑に向かって
深々と頭を下げた。
ここに寺東がいたら榊と同じことをして
いたのだろう。
榊を黙らせてでも全ての罪を被っていた
だろう。
「鳥居さんと本堂さんは別として私は…
私はお金欲しさに犯罪を犯しました。
榊さんだけのせいじゃありません」
梨香子が今まで堪えていた涙を流した。
金を稼ぐことを夢見て、銀座にやってきた
女たち。梨香子はその女たちの人生を
奪ったのだ。
自責の念に駆られた梨香子はそのまま机に
突っ伏して号泣した。
「俺たちもだよ。夢を叶えるための金
欲しさに監禁した。寺東さんや榊さんの
せいじゃない」
イズモがそう言うと、カスガも大きく頷く。
紅苑に狂ったイセを殺めてしまったが、
あの時、夢を叶えようとした三人の絆は
固かった。
「梨香子さん、イズモさん、カスガさん。
あなたたちの気持ちはわかりました」
川路にももう掛ける言葉がが見つから
なかった。
なんという悲しい結末なのだろう。
犯罪を犯したのは許されることではないの
だが、榊、梨香子、イズモ、カスガ、
そして寺東は自分たちの夢を実現させる
ための方法を間違えただけだったのだ。
組織犯罪特別捜査課の部屋で白生と
紅苑はBOL社の裁判の書類を見ていた。
二人の父、川路源平がBOL社事件を解決
するために立ち上げた組織犯罪特別捜査課。
BOL社事件に関わった全員が逮捕され、
今、裁判が行われていた。
「殺人罪の梨香子と鳥居、イズモは
やっぱり刑が重くなるよね」
「まあ、そうだろな。でも指示した主犯の
榊も重いだろな」
白生と紅苑の関係を怪しんだから、榊は
白生に配達員を辞めさせた、と言っていた。
しかし榊自身が付き添い人をかって出る
とは白生たちには予想外だった。
「榊は、寺東さんが亡くなってから…
もう、終わりだって感じてたのかな。
だから俺の代わりに」
「それもあるかもしれないけど、本当に
白生を逃したかったのかもしれないよ」
紅苑にそう言われた白生は、榊との
やりとりを思い出す。
白生の代わりをする、と言った時の榊は
しきりに、これで最後だから、と言っていた。
あの時、榊はもうこうなることがわかって
いたのかもしれない。
寺東が殺されて一人になってしまった榊は
夢を叶える気力がなくなっていたのだ。
「寺東さん、あの世でどう思ってるかな」
この結末に安堵しているかもしれない。
そして、榊が死ななくて良かった、と。
「紅苑。合同取り調べの時にイズモたちに
言ってた…」
俺は寺東さんを愛してます。今も。
紅苑は寺東のために泣いたイズモとカスガに
そう言って微笑んだのだ。
「寺東さんのこと?」
「うん」
「ホントだよ。寺東さんが…俺のことを
あんなに想ってくれてたのは気づかなかった
けど」
撃たれても紅苑を守った。
紅苑を抱きしめたまま息絶えた寺東は、
守り切ることができた、と満足していた
だろう。
それだけが紅苑にとって救いだった。
寺東の中では紅苑はずっと寺東のものなのだ。
「寺東さんがお前のこと想っててくれて
たのがわかんなかったのに?」
「また会いたいって言われてうれしいって
思ったの初めてだったんだ。
また会いたいって思ったことも…
初めてだった」
寺東に抱かれることは正直予想して
いなかった。
男が受けられるかどうかを確認される
など考えてもみなかったのだ。
そして一回きりではなかったことも紅苑の
予想を超えて来た。
「そうか」
「でも淋しくないよ。そのうち会えるから。
こんな仕事してると案外早く会えるかも」
「やめろ」
書類を見ながら紅苑が微笑んでいる。
その顔が白生には幸せそうに見えた。
恋など知らなかった紅苑が初めて一緒に
いたいと想った人。
紅苑はきっとこれからの人生を寺東と
ともに歩んでいくのだろう。
二人で作業を続けていると入り口のドアが
開いた。
「おつかれ」
入って来た川路が、ドアから顔を出して前の
通路を確認してからドアを閉めた。
「あれ、パパ来たの?今日はヒマ?」
「ヒマじゃないよ。てかここではパパ言うな。
白生くんと紅苑ちゃんに良い報せを持って
来たんだよ」
そう言いながら川路はうれしそうに椅子に
座った。
「まず、神奈が退院した」
「良かった。元気なの?」
「ああ。もうすっかり。監禁してた犯人が
捕まったって聞いてからメンタル的に楽に
なったらしい」
神奈は薬が効きにくい体質だったのだろう。
逃げ出して来なかったから今頃どこかの国に
売られていたのだ。
「で、これからお前たちにしてもらう
仕事なんだが、売られた女性たちを日本に
連れ戻す」
「連れ戻すって…返金しないとマズイだろ。
向こうは犯罪だなんて思ってないんだから」
日本から働きに来てもらっている、という
ていで依頼主たちは金を払っているのだ。
自分のものにした日本人をどうしているのか
まではこちらにはわからない。
暗黙の了解でBOL社も知ることは許され
なかったようだ。
「榊はある程度貯めてからバングル社に
使おうとしていたのかな。梨香子たちに
支払った分を除いて、あとの金には手を
つけていなかったんだ」
金で雇ったような梨香子、イズモ、カスガの
三人、そして鳥居と本堂には支払っていたが、
榊と寺東は一円の金も取っていなかった。
全てバングル社に捧げようとしていたのだ。
「なんか…切ないよね」
「そうだな。犯罪だとはいえ、榊と寺東の
想いを考えるとやりきれないよ」
「そうでもなさそうだぞ」
川路が暗い顔をした二人の肩を叩く。
白生と紅苑は同じ顔で川路を見た。
「バングル社はBOL社に一切関与して
いないだろ?
榊、鳥居、本堂は今は退職しているから、
バングル社は謝罪だけですみそうだ」
「そうか。バングル社も被害者みたいな
もんなんだ」
「そうそう。しかも、もうしばらく
持ちそうな感じだ」
榊と寺東が身を挺して守ろうとした
バングル社。
彼らにとっては家のような存在だったの
だろう。
そのバングル社がもう少し経営を続けられ
そうな状況だ、と川路はうれしそうに笑った。
「良かった。榊さんに知らせてやらないと」
思わず、さん付けをした白生もうれしそうに
笑った。
「俺も今から本牧埠頭に行ってこようかな。
寺東さんにも教えてあげたい」
「二人とも喜ぶよな」
サッと立ち上がった白生と紅苑がお互いを
見てニコッと笑ってから部屋を出て行った。
「おい、白生くん、紅苑ちゃん。仕事…」
川路の声が聞こえなかったみたいに、バン!
と勢いよくドアが閉まった。
「仕方ない息子たちだな」
ふう、と笑いながらため息をついて、川路は
白生と紅苑がばら撒いていった書類を片付けた。
完




