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26・情は禁物





次の日。紅苑ぐえんの夕食と風呂を済ませたイズモ

とカスガは部屋から出て片付けを済ませる。

そしてまた紅苑の部屋に戻った。


横になっていた紅苑をベッドに座らせて、

イズモとカスガはその前の床に座った。


「今からここを出る」


紅苑の荷物は何もない。

着ていた服も燃やしてしまった。


ここからはBOL社が用意した服に着替え

させて連れ出すだけなのだ。


カスガは持っていた小さな箱を開ける。

その中には今、紅苑がつけているものと

全く同じイヤーカフが入っていた。


「ちょっとこれと交換するからな」


カスガは紅苑が今着けているイヤーカフを

外して毒入りの物と交換した。


何かトラブルがあれば誰かが紅苑の名前を

呼ぶ。そして紅苑は躾けられた通りに

イヤーカフを口に入れて思いきり噛む。


その光景を思い浮かべるとイズモとカスガの

胸は少なからず痛んだ。


今まで監禁して来た商品たちは全員が全員

当たり前だが暴れて大変だった。


薬が効いてくるまでが地獄。

傷つけないようにしなくてはならないので、

乱暴に押さえつけるわけにもいかない。


早く二週間が過ぎ去ってくれ、と願わず

にはいられないほどの商品もいた。

言うことを聞かない商品にはどんどん薬を

増やせと指示が来るのだがそれにも限界が

ある。


薬が効いていて体が思うように動かない

のにいうことを聞かない商品もいた。

なだめたり優しくしたりしてなんとか

やり過ごして送り出してきたのだ。


しかし紅苑は最初からおとなしかった。


まだ紅苑が話せる時にはありがとう、と

言われたこともあった。

おとなしくしてくれるのでイズモとカスガは、

イセのこと以外は今までになく平穏な日々を

送れたのだ。


それがあるからなのだろうか。


どこに売られるかも知らないが、売られた

先でこのおとなしい紅苑に幸せに暮らして

ほしいとさえ思うのだ。


「夜はまだ冷えるから上着を着よう」


イズモが紅苑に上着を着せる。

紅苑は素直にいうことを聞いてイズモと

カスガとともに二週間過ごした部屋を出た。


紅苑のここでの最後の使命は、二人ともを

空港近くのホテルへ連れて行くこと。


もし、一人が残るようなら色仕掛けでも

なんでもして二人でいないとイセのように

なる、と思い込ませなければ。


まだイセのことで胸を痛めていた紅苑だった

が、そんな泣き言を言っている暇はなかった。


イズモとカスガに抱えられるようにして

階段を降りながら、紅苑はそう考えていた。


「後ろに乗れ。寝転んでてもいいぞ」


後部座席のドアを開けて中に紅苑を入れる。

紅苑は寝ころばずにシートにもたれて

色のない目で真っ直ぐに前を見つめていた。


「よし。行くか」


「ちゃんとみことさんに二人で

行くって連絡したんだろうな?」


カスガが運転席に座ったイズモにそう言って

から助手席に座った。


みこと。初めて聞く名前だった。

紅苑の耳の奥のイヤホンから白生しろうの、うーん、

という声が聞こえて来ていた。


「命って上の人間のこと、だな」


紅苑は話せないので白生の声を聞いている

だけだが白生には紅苑が心で頷いているのが

見えた。


イズモとカスガは鳥居とりいたちにではなく、

直接一番上のみことに二人で送りに行くことを

伝えていたのだ。


「おう。その方が安全性も高いから

良いってさ」


「良かった」


何もしなくてもイズモとカスガは一緒に来る

ようだ。紅苑は表情を変えずに胸を撫で

下ろした。


二週間ぶりに出た外。潮の香りを含んだ

夜風と真っ白な月が紅苑を見送っている。


灯りの少ない倉庫だらけの道を抜け、車は

高速道路に乗った。





本堂ほんどうが詳しいことはさかきから説明がある、と

言っていたのに、前日になっても榊から

白生しろうになんの連絡もなかった。


しかしそれもそのはず。榊は白生に動くな、

と言っていたのだから白生のやることは

ない。

どこかで仕事が進んでいくことも白生は

知らなくてもいいのだ。


白生は紅苑ぐえんの様子を聞きながら、榊に

メールを送った。


【明日ですね。どうかご無事で】


そのひとことだけ送ると、すぐに榊から

返信が来た。


【大丈夫だよ。心配いらない。君はいつも

通りにしてるんだよ】


よろしくお願いします、と榊に返信すると、

父である川路かわじの声がイヤホンから聞こえて

きた。


「白生くんおつかれ」


「はいおつかれさま。鳥居とりいと本堂に

メールした?」


「したよ。怖いぐらい普通に釣れたわ」


鳥居と本堂の二人には寺東てらとうの代わりに

飛行機が飛び立つまで見届けてほしいと

いう内容のメールをした。


いつもみことから来るアドレスと違うので

不審に思った鳥居と本堂はお互い連絡を

取り合ったが、二人で考えてもいたずら

メールの内容ではない。


みことはアドレスを複数持っている。

これは本人だという答えに辿り着つくしか

なかった。


以前にも命は別のアドレスからメールを

送ってきたことがあった。

しかしその内容を見ると本人だとわかり、

その時も実際に本人からのメールだったのだ。


もし、本人でない場合なら逆に誰だ。 


こんな突っ込んだことを外部に知られて

いるとは考えにくいが、そうだとしたら

一大事。


どちらにしても鳥居と本堂は明日空港へ

行くしかないのだ。


「簡単に信じたんだな」


「本物のアドレスに確認してないみたい

だからさ、逆にパパビックリしたけどね」


「内容が内容だから。疑う余地はないんだろ」


わかりました、と二人からほぼ同時に川路の

元へ返信があった。


飛行機が飛び立つまで、と送ったので鳥居と

本堂も明日は空港にやってくる。


「信じたが信じてないかは別として、

どっちにしろ空港には来るから」


「聞いてたと思うけどイズモとカスガも

ホテルまでは来る」


川路は、クラブアスタロトのママの梨香子りかこ

来させようと考えていたが、BOL社全員が

逮捕となると梨香子に金を振り込んだ証拠

などが出てくるだろう。

その証拠がないと梨香子を逮捕するのは

厳しい。


金のことに関しては絶対に誰かが口を割る。


明日中に情報が回ることはないが、

川路は梨香子が逃げないように一応

クラブアスタロトを張らせることにした。


「明日は全員集合だな」


そしてトップのみこととやらを引きずり

出す。

全員を捕まえれば必ずみことへの糸口が見つかる

はずだ。


紅苑は川路と白生の話を聞きながら後部座席に

ごろん、と寝転んで、流れて行く高速の灯りを

見上げていた。








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