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22・紅苑の憂慮








視察が来るので見張り番の三人は夕食を

済ませた後各部屋を掃除をしていた。

紅苑《ぐえん》にももちろん夕食を食べさせたが、

イセは部屋に入らせないようにした。


「お、来たみたいだぞ」


一階にある駐車場につけているカメラに

白い車が映り込んできた。

イズモが鉄でできた階段を降りて駐車場から

倉庫に入るドアの鍵を開けた。


車から降りてきたのは黒縁の眼鏡をかけた

短髪の男。

寺東《てらとう》ではないことはもちろんわかっていたが、

若い男がやって来たことにイズモは驚いた。


「本堂《ほんどう》から頼まれました。市川《いちかわ》と申します」


「んー?なんか見たことあるなあ」


イズモが白生《しろう》をじろじろと見る。紅苑に 

似ていると言われるのだろう。白生は少し

微笑んでみせた。


「あ。そうだ。お兄さん確か…

紅苑を連れてくる時にいたよな」


「はい」


「それでか。どうぞ。二階なんだよ」


イズモについて白生も鉄の階段を上る。

一階はただの倉庫のような造りだが、

二階に上がると普通のマンションのように

なっていた。


ダイニングに通された白生は目の前に座って

いるイセとカスガにも頭をペコっと下げた。


「市川です。よろしくお願いします」


「あー。あんたこの前の」


「はい」


「見たことあると思った」


カスガはイズモと同じことを言ったが、

紅苑を迎えに来る時にいなかったイセは首を

傾げて白生を見ている。

白生は顔をわかりにくくするために眼鏡を

ぎゅっと上げた。


メモを取るわけでもないのに下を向いて

いては変だ。

堂々としている方がいいだろう。

白生は顔を上げてカスガとイセを見た。

コーヒーを淹れて来たイズモも着席したので

白生は見張り番の三人に話を聞くことにした。


「川路紅苑《かわじぐえん》の様子はどうですか?」


「ほとんどしゃべんないよ。ずっと寝てる」


「反応とかは?」


「返事はしないけど俺たちの声は聞こえてる」


つまり成功している。自分の意思を

持つこともなくなった紅苑は人形のように

なったのだ。


カスガとイズモは毎日の紅苑の様子などを

話していたが、イセはひとことも話さない。

元々寡黙な男なのかもしれないが、それは

白生にはわからないので特に気に留める

こともしなかった。


「川路紅苑に会わせてもらいます」 


「はいよ。こっちの部屋だよ、って、あら」


イズモが席を立ったので白生も立つと、

イズモが白生の頭をじっと見ていた。


「なんかついてますか?」


「その通り。髪になんかついてるよ。

取ってもいい?」


イズモが眉間にシワを寄せている。まるで

なにか汚いものでもついているみたいだった。


「お願いします」


「ちょっとごめんよ。うわ。なんだこれ。

ネッチョリしてる」


ブチ、と何本か白生の毛を抜いたイズモが、

あわててキッチンのシンクに手を洗いに行った。


「カスガ。そこのウエットティッシュで

市川さんの髪、拭いてやって」


「おう」


今度はカスガがウエットティッシュで白生の

髪を拭いた。


「キレイになったよ」 


「ありがとうございます。何がついてたん

ですか?」


「わかんないけどネチョネチョしてたよ」


イズモと一緒に、白生はダイニングを出る。

テーブルの上に置かれたモニターの中には

ベッドで眠っている紅苑が映っていた。


イズモがテンキーで鍵を解除して白生を

中に入れる。その後に入って再び鍵を

閉めてから紅苑を起こした。


「お客さんだよ。あ、市川さん、こいつの

名前は呼ばないでね。今は本物つけてない

けど一応」


「わかりました」


紅苑の躾《しつけ》についても本堂から聞いていた

白生が頷くとイズモはベッドの上に紅苑を

座らせた。


「出る時も解除しなきゃならないんで、

あそこにカメラあるからあれに向かって

手を振って合図してね」


それだけ言ってイズモは部屋を出て行った。

白生はベッドサイドに座り、目を伏せて

いる紅苑の手を掴んだ。



「なにやってんだあいつ」


モニターに顔を近づけていたイセがうなる

ような声を出した。

白生が紅苑の体に傷がないかチェックして

いるのが気に食わない様子だ。


「イセ。お前、いい加減にしろよ」


「なにがだよ」


「紅苑のことだよ。あれは商品だ」


「わかってるよ」


会話しながらもイセはモニターから目を

離さない。ため息をついているカスガを

イズモが部屋の外に連れて行った。


「マズイな」


「イセだろ?あいつの目、正気じゃないよ」


寺東《てらとう》のことを実際に見ているイズモと

カスガは、あの時の寺東の目と今のイセの 

目が同じに見えたのだ。

寺東が取り乱していたのを見て見ぬふりを

していた二人だったが実際にはかなりの衝撃

だった。


もしここでイセが寺東のような暴挙に

出たら全体責任だろう。

商品である紅苑を無事に渡せなかった時、

見張り番の三人はどうなるのか。


過去に一度、薬の効きが悪くて逃げられた

ことがあった。

しかしそれは商品自体の招いたことだった

のでおとがめはなかった。

見張り番の三人は言われた通りの分量の

注射をしていたし、何も落ち度はなかった

からだ。


しかしイセが紅苑を連れて逃げたりしたら。

それこそ何をされるかわからない。

イセと紅苑が逃げた後に残るのはイズモと

カスガなのだ。


「厳しいかもだけど…次は、ないな」


「そうだな」


二人はそれだけ言って目を合わせて頷いた。


次、イセが紅苑になにかしたらその時は

仕方がない。

イセを始末してでも紅苑を無事に渡す。

それが自分たちの仕事。金をもらう代わりに

寺東と約束した仕事だ。


イズモとカスガはそう決めたがイセは大切な

仲間なので、以前のように戻ってくれる

ことを願った。



「襲われた」


服を脱がせて体をチェックしている白生《しろう》に、

紅苑《ぐえん》は口を動かさずに呟いた。


「あのイセとかいう色の黒いデカいヤツか?」


「そう。なんでわかったの?」


後ろを向かせて背中をチェックする。

傷があろうとなかろうと、ありませんでした、

と報告するので白生は適当だった。


「お前に執着してる感じだったからな」


「マジか。困ったなあ」


「てかこっちこそ聞き逃してたんだな。

悪かった。本堂《ほんどう》に呼ばれたりしてバタバタ

してた」


上の服を着せて、今度はスエットのズボンを

脱がせる。

紅苑はされるがままだ。白生もテキパキと

チェックしていた。


「なあ。あいつ…寺東《てらとう》みたいになんないよね」


「…」


紅苑は詠一《えいいち》の時も永久《えいく》の時も命は助けようと

したのだ。詠一を警察に行かせることにより、

警察に守ってもらおうとしたのだ。


永久の時もそうだ。小型爆弾を所有したと

いう別件で空港警察に逮捕されれば身の

安全は守られる。


寺東はBOL社のトップだと思っていたから、

放っておいても冷静にことを運んでくれる

だろうと考えていたのが甘かった。

あそこまで真剣に惚れてくれているとは、

紅苑も気づかなかったのだ。


「どうだろ。わかんないな」


「もう人が死ぬのはイヤなんだけど」


「紅苑のせいじゃない。気にするな。

イセがこのまま止まらなかったら…

イズモとカスガがなんとかするだろうけど」


白生の言うことは理解できた。

人の気持ちはどうにもできないから

仕方ない。

紅苑は、なるべくイセのことを嫌いな

フリをしようと決めた。

とはいえ、感情を表に出せないから難しい

のだが。


最後に白生は紅苑の顔をチェックした。

鏡に映ったように同じ顔だが、髪が伸びて

いる紅苑と短髪の白生はあまり似ていない

気がした。


「あと一週間だな」


一瞬だけ目を合わせた紅苑が呟いた。


「それまでにこっちも上の人間を探るよ。

俺の代わりに榊《さかき》が行くのは確定みたいだし」


「でも白生もついてくるんだろ?」


「うん。その前にカタがつきそうだけどな。

今日の夜、久しぶりにパパが出張ってくるぞ」


紅苑と白生の父である川路源平《かわじげんぺい》が今夜

白生と会う。

父は父なりになにか情報を掴んでいるようだ。


「そうなんだ。聞いとくわ」


白生は紅苑にまた服を着せてベッドに

寝かせた。


モニターを見ながらイセがギリギリ、と

音が鳴るほど歯を噛んでいた。


「今の状態で大丈夫のようです」


「そっか。良かった」


「引き続きよろしくお願いします」


迎えに行ったイズモとともにダイニングに

入って来た白生は、三人に挨拶をして車に

乗って帰って行った。









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