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20・榊の案は






しかし紅苑ぐえんは商品。手を出したことがバレたら

殺される。


金のためにやっている仕事で命を落としたら

なんのために金を儲けようとしているのか

わからない。


イセはなるべく紅苑から目を逸らして着替え

させる。

髪を乾かして、まだふにゃりとしている体を

抱えて部屋に戻った。


「飲み物はそこの冷蔵庫に入ってるから。

のどが乾いたら飲んでいいぞ」


ベッドにぐんにゃりと座った紅苑はこくん、と

頷く。


なかなか薬の効きがいい。明日からでも躾を

しなければならないな、とイセは考えていた。


精神が破壊される前に教え込まないと覚えない

のだ。


「ゆっくり寝ろ。また明日な」


イセがそう言うと下を向いていた紅苑が顔を

上げた。


「ありがとう」 


「は?」


攫われて来たことはわかっているはずなのに。

もう狂ってしまったのか。

ドアの前にいたイセはあわてて紅苑の前に行き、肩に手を置いた。


「ありがとう?なにが?」


「風呂に入れてくれたから」


「…」


「ありがとう。おやすみ」


するりとイセの手を抜けて、紅苑はベッドに

横になった。

ぼかん、と口を開けているイセを放置して

布団を被り目を閉じた。


数分後、イセが出て行った音が聞こえた。

目を開けてみると部屋はフットライトの灯り

だけになっていた。


紅苑は顔を動かさずに目をキョロキョロ

させて部屋の中を見る。

カメラは天井の角に一台だけ。カメラがあると

いうことは盗聴器はないだろう。

普通に話すぐらいならカメラが音声も拾う

からだ。


そしてドアにはテンキーがある。

出る時と入る時は同じ数字だった。

【37912846】テンキーを交差するように打つ

から覚えやすい。


白生しろう


カメラに拾われないぐらいの紅苑の小さな声を

髪に付いているマイクが拾った。


「おつかれ」


「良かった。聞こえてるな。

髪洗われたからマイク壊れたかと思った」


「すごい音してたけどな。ジャバジャバーって」


白生は、さかきにBOL社から逃げろと言われた

こと、そして逃げるなら二人で逃げようと

言ったことを紅苑に伝えた。


「まあ、二人とも逃げられるような良い方法

なんてないけどな。

てか俺は逃げたらなんにもつかめない」


「そうだよね。売られるまであと二週間だから。なんとか榊を止めといて」


「わかった。紅苑、お前そこの三人を惚れ

させるなよ?寺東てらとうの二の舞だぞ」


ここまで来たらうまくことを運ばせないと

ならない。

見張り番の三人がまた紅苑に狂わされたら

うまく運ばないのだ。


「わかってるよ。なるべく大人しくしてる。

薬打たれてるから元気だったら逆に変じゃん」


「確かに」


あまり長話をしてもいけないので、紅苑と

白生はまた、と言い合って通話を終わらせた。


白生が常に動きを掴んでくれているので

紅苑から発信できなくても大丈夫なのが心強い。


ここでの紅苑の仕事は見張り番の三人の動向を

しっかりと掴むこと。

明日からも忙しくなりそうだった。






倉庫の一階には普通に荷物が置いてある。

これから船に積まれそうな感じの荷物をわざと

置いているので一見普通の倉庫に見える。


鉄でできた階段を上がると分厚く頑丈な

ドアがある。そこから中に入ると見張り番の

三人の居住スペースと今、紅苑ぐえんがいる監禁部屋、そしてダイニングキッチンがある。


見張り番の三人は寝る時以外はだいたい

ダイニングキッチンにいる。

ただし、カメラがあるとはいえ一時間に一回は

必ず紅苑の様子を見に行かなければならないのだが。


紅苑の部屋から戻ったイセはダイニングテーブルに座って、その上に置いてあるモニターを見た。


紅苑は静かに眠っている。薬が効いているから

なのか、それとも諦めたからなのか。

ありがとう、と言われたのはイセがこの仕事を

してから初めてだった。


「だいたいのヤツがさ、抵抗して暴れるのに

紅苑はおとなしいよな」


イセと紅苑のやり取りをモニターで見ていた

カスガがそう言って頬杖をついた。


「元々の性格とかもあんだろうけど…

教えるの、早い方がいいかもな。

もし薬が効きすぎる体質とかなら廃人になる

スピードが速いかもしれないし」


イセがそう言うと、キッチンにいたイズモが

小さな箱を持ってやって来た。


「これ」


箱を開けると中からイヤーカフが出て来た。


「イヤーカフか。いいんじゃね?」


「だろ?ああいうキレイな感じの男がつけて

そうじゃん」


と、話し合っているガタイのいい三人には似合いそうもないなめらかなデザイン。

しかし紅苑ならつけていてもしっくりくる。


毒を仕込んであるので三人とも見るだけで

触らない。

イズモは箱をまたしまって、今度はポケットから同じようなイヤーカフを取り出した。


「これ、練習用」


紅苑、と、名前を呼べばこれを口に入れて噛む

ように躾ける。噛めば中から液体の毒薬が出て

きて絶命する。


これはもしもの時のためだ。

もし、新しい付添人の白生しろうがこの前の永久えいく

ようにポカをした場合、正気に戻った紅苑が

こちらのことを話さないようにするためだ。


見張り番の三人はここから商品を送り出したら

後のことは知らされない。

二週間ここで監禁し、送り出したものたちが

何人いたのさえ覚えていなかった。



次の日、見張り番の三人は朝食を紅苑の

部屋に運ぶ。

もぐもぐと食べている紅苑。

ほとんど話さないのは薬が効いているのか、

元々おとなしいならなのかどちらかわからない。


食べ終わった紅苑にイセが注射をする。

暴れることもなく紅苑はじっとしていた。


「これ、キレイだろ」


イズモが箱からイヤーカフを取り出して紅苑に

見せる。

色のなかった紅苑の目が少し光った。


「キレイ」


「お前にやる」


イズモが紅苑の耳にイヤーカフを付けて

鏡を見せた。


「似合うよ」


「うんうん」


イセとカスガも、鏡の中の自分を不思議そうに

見ている紅苑に頷いた。紅苑はうれしそうに

笑ってイズモに頭を下げた。


「ありがとう」


昨夜、イセにありがとう、と言っていたところをモニター越しに見ていたが、実際に言われて

イズモは照れたように頬を掻いた。


「紅苑」


イセが名前を呼ぶと、紅苑は視線をゆっくりと

イセに向ける。

イセが紅苑の手を掴み、耳についているイヤー

カフに持っていった。


「紅苑」


もう一度名前を呼ぶ。紅苑の指を操って

イヤーカフを外し、口の中に入れた。


「噛め」


紅苑は言われた通りに上下の奥歯で

イヤーカフを噛む。

金属の気持ち悪い感触に顔を歪めた。


「上手だな」


イセが紅苑の口を開けさせてイヤーカフを

取り出してまた耳につける。


そしてまた名前を呼んだが、紅苑は耳に手を

やることなくぼんやりしていた。


それから何回か名前を呼ぶたびに紅苑の指を

操って同じことを繰り返した。

紅苑は名前を呼ばれると反射的に、耳に自分の

指を持っていくようになった。


紅苑がうとうと、とし始めたので三人は部屋を

出てダイニングに行き、モニターで紅苑を

観察した。

紅苑はよほどイヤーカフが気に入っているのか、指で触りながらベッドで眠っていた。


「なんかおとなしすぎて気持ち悪いよな」


「てかさ、俺たちの言ってることをあんまり

理解してないところをみると、やっぱり薬が

効きやすい体質なんじゃね?」


「だな。薬のせいでおとなしいってのが

正解みたいだな」


暴れたところで紅苑のように細い男など、

見張り番の三人にかかれば簡単に抑えられる。

しかしここまでおとなしいと拍子抜けするのだ。


「昼メシの時にまた躾けるか」


「覚えは悪そうだからな」


三人も朝食を取る。

モニターの中で紅苑は気持ち良さそうに眠っていた。





紅苑ぐえんが監禁されてから一週間が経った。

この日、白生しろうさかきをマンションで待っていた。


商品が監禁されている間、BOL社のメンバーは

何もすることがないので会議もない。

最上階の隠し部屋に行くこともないので、白生はバングル社の仕事を黙々とこなしていた。


この一週間、白生は紅苑の様子を探っていたが

見張り番の三人はBOL社のしていることなど何も知らないのだろう。

自分たちのやるべきことを淡々とやっている

だけで何も重要なことを話さなかった。


榊と二人で逃げる方法。はっきりいってそんな

ものはない。

仮にあったとしても榊には言わない。


殺された寺東てらとうがトップだと思っていたが、

寺東が死んでからもBOL社の仕事が終わらないということは寺東の上にまだいるのは確定だ。


そいつを引きずり出すには…

実際に紅苑を売りに行くまでの経路を辿るしか

ないのだ。

寺東亡き今、鳥居とりい本堂ほんどうだけでは無理がある

ので、そいつは必ず出張ってくるはずだ。


白生が腕を組んで考えているとインターホンが

鳴った。



「何か、いい方法は浮かんだ?」


開口一番、榊は白生にそう尋ねた。

白生が首を横に振ると、榊は口元で微笑んで

頷いた。


「俺が、川路紅苑かわじぐえんを運ぶフリをして警察に行けばいいんじゃないですか?」


「証拠は何一つないんだよ?市川いちかわくんが警察で

挙げる名前の人物たちはみんなしらばっくれる

だけだ」


榊の言うことはもっともだ。ということは

榊にも良い方法は浮かばなかったのだ。


それにしてもうまい流れだ。白生はあらためて

感動のようなものを感じていた。


依頼主から依頼を受け、人身売買しているという証拠はどこにもない。

クラブアスタロトのママ梨香子りかこにもキャストや

スタッフを差し出したという証拠はないのだ。


白生たちが集めている証拠が全てだ。

あとは現行犯逮捕に持っていくしかない。


「市川くん。あと一週間で君は川路紅苑かわじぐえん

連れて海外へ行かなければならない。

それまでにどうにかして逃がしたかったが、

それも難しいみたいだ」


「そうですね」


「そうだ。私が君の代わりに行こう。それなら

鳥居さんも本堂さんも納得するんじゃないか?」


ダメです!と、白生はつい大きな声を出して

しまった。

榊は、白生が興奮していると勘違いして白生の

肩に手を置いて落ち着くようにとさすった。


「それなら君は逃げなくてもいい。

BOL社のメンバーとしていればいい。

今回だけ仕事はしよう。寺東さんがもういないんだからもしかしたら今回で終わるかもしれない」


仕事がなければBOL社は自然消滅だ。

今までの商品たちには悪いが、今回の仕事さえ

全うすれば状況は変わるのではないか。


「鳥居さんと本堂さんになんて言うんですか?

僕と代わる理由を。なんて」


「そうだな…」


白生には付き添い人は無理そうだ、とか言うと、今後も使えないと判断されて何もかも知っている白生は最悪の場合始末されるだろう。


榊にもそんなことはわかっているはず。


なんと答えるのか。白生は静かに榊の答えを

待った。


「ケガ…ケガをしたから今回は無理だ、と

いうのはどうだろう?」


「ケガですか」


「人を一人連れて行くんだ。万全の状態で

ないと逃げられたりする可能性がある。

それにケガならいつかは治るから治ったら

また仕事をしてもらうという風に言えば

いいんじゃないか?

まあ、仕事は今回で終わりだけど君の命を守る

ためだ」


榊は本当に今回で終わりだと信じているようだ。

寺東の上にまだいるのに、

榊自身が会ったことがないからなのだろうか。


白生は榊の考えがあまりにも甘いのが気に

なった。


「榊さん。無事に戻って来てくれますか?」


「もちろん。これで終わりなんだ。

何がなんでも帰ってくるよ」


「でもやっぱり、」


白生がいくら拒否しても榊は首を縦に振らない。

白生をBOL社に入れてしまった責任を感じて

いるのか。


榊は、白生がケガをしたということにして

紅苑を連れて行く仕事は自分がする、と

鳥居たちに報告するから、と言って帰って行った。






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