18・本牧埠頭での別れ
「寺東さんよりももっと上の人がいるんで
しょうか」
「それはいる。でもこの仕事を始めたのが
その人かどうかはわからない」
「誰なんですか、その人、」
榊から聞き出せることは全て聞き出したいが
怪しまれては終わりだ。
白生は食いつき気味になりそうな心を必死で
押さえていた。
「誰なのか…私は知らないんだ。
もし知っているとしても鳥居さんぐらいだろ」
「寺東さんが始めたことなら鳥居さんだって
あの時、終わらせるチャンスだったのに。
まだ上がいるから鳥居さんは寺東さんを…」
白生の言うことはもっともだった。
寺東自身が紅苑を売りたくないばかりに
終わらせようとしたのだ。
あの時、あそこにいる全員で紅苑を助けて
いたらBOL社の仕事は終わらせることが
できたはず。
しかし鳥居は寺東を殺した。
それは寺東よりも上がいるという証明だ。
逆らうと殺されるからだ、
「ということは俺、BOL社から逃して
もらえたとしても、追われますよね。
殺されることに怯えて身を潜めて生きていく
なんて…怖いです。
それに、俺を逃した榊さんがどんなめにあわ
されるのかを考えると逃げるのは嫌です」
「市川くん、でも」
「俺にとって榊さんは、榊さんにとっての
寺東さんです。
バングル社に入ってから榊さんには本当に
よくしてもらいました。
あなたのためならなんでもする、と思った
ほどです」
榊はぎゅっと目を閉じて下を向いた。
寺東とのことを思い出す。そして白生の
気持ちが素直にうれしかった。
そしてそんな君だからこそどうにかして
BOL社から逃さなければならない、と
言って微笑んだ。
「市川くん。君は逃げなければならない」
「榊さん、一緒に逃げましょう。BOL社を
潰せないなら二人で逃げましょう」
「無理だよ」
「後ろに誰かいるかわかりませんけど、
今見えてるのは鳥居さんと本堂さんの
二人だけです。
2対2です。なんとかなりますよ」
白生の目には涙が浮かんでいた。
下を向いている榊の目にも熱い涙が
滲んでいた。
どうしたら二人揃って逃げられるのかは
わからない。良い案も浮かばない。
しかし榊は白生を、白生は榊を逃したいと
強く思っていたのだ。
「ありがとう市川くん。その気持ちだけで、」
「そんなのはいいです。榊さん、絶対に
二人で逃げましょう。
きっと良い方法があるはずです」
榊は、声が大きくなってきた白生の肩に手を
伸ばしてぽんぽんとした。
うんうん、と何度も頷くと、白生は安心して
肩の力を抜いた。
「わかった。二人で逃げる方法を考えよう。
それまで絶対に勝手な行動はしないように
約束してくれ」
「わかりました」
紅苑を海外に売りに行くまであと二週間。
榊と白生はまた一週間後にここで会う
ことにした。
榊が帰って行った部屋で白生は冷たくなった
コーヒーを飲み干し、さっきまで榊が座って
いた席をじっと見つめた。
BOL社を作った人間がいるのは確定した。
そしてそれは寺東ではない。
あと二週間で調べることができるだろうか。
榊にはああ言ったが逃げることなど不可能だ。
それに白生が逃げてしまってはBOL社を
内側から潰すことができない。
とりあえず紅苑の様子を聞いてみよう。
白生は耳の奥に小型のイヤホンを挿し込んだ。
どうやら本牧埠頭に到着したようだった。
止まった車の前の座席から外へ出た二人の
男は後部座席のドアを開け、まず寺東を
引きずり出した。
「身元のわかるもんは取っとかないと」
「身元がバレちゃまずいもんな」
「探す人なんていないんだけどさ…」
コソコソと話しているからなのだろうか。
紅苑には見張り番の二人の元気がないように
感じた。
探す人などいない。寺東も天涯孤独だった。
体中の力を抜いてだらりとしていた紅苑は、
自分の上から去っていく寺東に心で合掌した。
「てか、なんで…寺東さんが…クソッ」
「おい。俺たちは言われたことをやるだけだ」
「…」
「カスガ」
寺東の腕を持っていた見張り番のイズモが、
同じく見張り番のカスガを振り返る。
泣きそうな顔をしているカスガ。
イズモも同じ表情をしていた。
そして見張り番の二人はどちらからともなく
寺東に手を合わせた。
ズルズル、とコンクリートの上を引きずる音が
紅苑の耳からだんだんと遠くなって聞こえなく
なっていく。
見張り番の二人がいなくなったので、紅苑は
さっきまで寺東がいた自分の胸の上で両手を
合わせた。
頭だけ起こして窓の外を見てみると、
予想通り倉庫が立ち並ぶ埠頭の近くだった。
ここからは見えないが近くに海があるの
だろう。
寺東はその海に放り込まれたようだ。
男たちがいつ戻ってくるのかがわからない
ので紅苑はまた力を抜いて頭をシートの上に
乗せた。
目を閉じると寺東の顔が浮かぶ。
紅苑は、今自分が何をしているのか混乱
しそうになるのを抑えて仕事を全うすること
だけを考えた。
数分してイズモとカスガが戻って来た。
紅苑が眠っていることをすっかり信じている
二人は後部座席には目もくれずに車に乗った。
紅苑が監禁される倉庫はここからまだ少し
離れているのだろう。車はまた5分ほど
走って停車した。
「俺が担ぐから開けてくれ」
「おう」
見張り番は二人ともガタイがいい。
担ぐ、と言った イズモは後部座席のドアを
開けて紅苑を外へ出し、簡単に肩に担いだ。
外の空気を感じない。
倉庫の中に車ごと入ってきたようだ。
だらりとした紅苑を担いだイズモはカンカンと
いう音を立てながら階段を上った。
「よっ」
ベッドのような感触なところに寝かされた
紅苑は呼吸とともに匂いを嗅いでみた。
特に不衛生な匂いはしない。
掃除は行き届いているみたいだ。
微動だにしない紅苑の服をイズモとカスガが
脱がせる。全裸にした紅苑の近くで、二人は
脱いだ服をチェックした。
「なんも持ってねえな」
「財布だけだ。携帯はあるか?」
「ない。でもさ持ってないことないよな。
もしかしてどっかで落っことしたのかな」
二人はぶつぶつ言いながら紅苑の服を隅から
隅までチェックしたが何も出てこなかった。
カスガが紅苑の服や財布を持って部屋を出る。
捨てるか、どこかにしまっておくのだろう。
残ったイズモが眠ったままの紅苑にスエットの
上下を着せた。
ガチャ、とドアが開く音。紅苑はカスガが
戻って来たのかと思ったが違う男だった。




