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15・訪れた決行日





白生しろうからの情報と、この五回の

逢瀬で、BOL社を立ち上げたのはバングル社の中の誰かであることがわかってきた。


行為が終わった後眠ってしまった紅苑ぐえんに安心

して寺東てらとうは電話で普通に話をしていた。


電話で今回の仕事の内容を聞いてきたのは

どうやら寺東よりも上に位置する人間らしい。

決行日を確認している相手に寺東は普通に

クラブアスタロトの予約日を答えていた。


紅苑がバッグの持ち手に仕込んでおいた

ボイスレコーダーにもその会話の内容が

しっかりと録音されている。


分厚いカーテンの向こうではもう夜が

終わっていた。


紅苑の胸に顔を乗せている寺東は幸せそうな、

それでいて悲しそうな表情。

紅苑は何も言わずにそんな寺東の髪をゆっくりと撫でていた。


「また、会おう。紅苑」


愛おしいとまで想ってしまった紅苑を商品

として売る。

本当は売りたくはないが、大金を用意している

依頼主は今か今かと待ち焦がれている。


この穏やかな時間をどうにかして守れないもの

だろうか。

愛しい人と過ごすこの幸せな時間を。


紅苑の美しい体に触れて、寺東は必死にその

方法を模索していた。






朝、紅苑ぐえんが家に帰ると白生しろうが来ていた。

まだ朝の6時。薄暗い部屋で白生は背を向けて

爪を切っていた。


「おかえり」


「ただいま。白生くんは早起きだな」


「7時にはここ出ないと。普通に仕事だから」


プチン、プチン、と良い音が鳴る。

紅苑はバッグを床に置いて白生の前に座った。


「ヤバいことになったかも。いや、まあ…

大丈夫か」


「俺に言ってんの?それともひとりごと?」


白生が切った爪を片付けながら笑う。

眼鏡を外しているので向かい合った二人は

鏡のようだった。


寺東てらとうに惚れられたよ」


「ほお」


「なんかイヤな予感がするんだよな。

ちゃんと俺のこと売ってくれるかな?」


「売らなきゃ大損害だ。普通に売るだろ」


と、言ったものの、紅苑になにか不備がある

とか言えば売ることはできない。


しかしもう白生が海外へ連れて行く日も

大体決まっているはず。

他に代わりもいないし今更どうにもできない。


「だよね。良かった」


「そんなに惚れられたんか?」 


「寺東がさ、そんな心を持ち合わせてるなんて

思わなかったからビックリしたけど」


白生もそれは同じ考えだった。

あの寺東から愛だの恋だの感じることができない。

紅苑の言う通り心なんてないロボットみたいな

人間に見えるのだ。


「俺たちのことは気づかれてないよな?」


「それは大丈夫。なんかウソ発見機みたいな

ことしてたけど、あんなもん俺には通用しないから」


疑われていたのは確かだ。しかし確信には繋がらなかっただろう。


「てかやっぱり寺東より上がいるみたいだよ。

電話の相手はBOL社の三人の誰でもない」


さかきが言ってたことはホントってことか」


バングル社常務である寺東がBOL社のトップと

いうわけではなさそうだ。


榊も寺東も誰かに動かされていて、白生のように無理やり連れて来られた可能性が高い。


「自分のために生きたことないんだって。

寺東さんは天涯孤独なんだから自分のために

生きないとダメだよ」


「紅苑…」


榊も寺東もある意味犠牲者なのかもしれない。


一瞬、泣きそうな顔をした紅苑が、スーッと

大きく息を吸った。


「いよいよ今夜だな。白生、頼んだぞ」


「おう。俺は飲み会に参加するだけだ。

紅苑こそ頼んだ」


バングル社の名前で予約したBOL社が今夜

クラブアスタロトに行く。

数時間の飲みの後、アフターと称してママの

梨香子りかこの知り合いの店に流れる。


その時に紅苑はついていくことになるのだ。


そこで何が起こるのか。

紅苑も白生ももちろんまだ知らない。


「パパ忙しいのかな。最近あのバカデカボイスのうるさい電話がかかってこない」


「一応報告はしてるけどな。あの人もいうて警察だからなんか事件があったら忙しいんじゃないの?」


「パパは現場に出ないだろ」


そろそろ7時になる。白生はキャップを被って

立ち上がった。


さっきまで薄暗かった部屋はもう朝の日差しで

いっぱいだ。足を伸ばして座っている紅苑が

眩しい窓の外に目を細めていた。


「じゃあ、今夜」


「おう」


紅苑が伸ばした手に白生が自分の手を合わせる。


バタン、と白生が出て行った音がを聞いて、

紅苑はあくびをひとつしてからベッドに

潜り込んだ。






クラブアスタロトのVIPルームでBOL社の

メンバーはいつも通り高い酒を入れて

楽しそうに飲んでいた。


二回目ということもあり、白生しろうは以前よりも

少しリラックスしている風を装っていた。


「後継の146はなかなか優秀なようだ」


「初仕事も見事にやり遂げてくれるでしょう」


146。イチかわシロう。白生のことだ。

紅苑ぐえんは、白生が正式に詠一えいいち永久えいくの後継者に

決定したことを確信した。



クラブアスタロトに向かう二時間前。

バングル社での仕事を終えたBOL社の面々は

例の最上階の隠し部屋に集まっていた。


ここで白生は初めて今回の仕事の流れの説明を

受けたが、もちろんメモは取れないので全て

記憶しなければならない。


スーツの中に縫い付けたボイスレコーダー

があるので後で確認はできるが、白生は必死で

覚えようという姿勢を見せていた。


「本日、商品を本牧埠頭の倉庫に運びます。

商品の状態により前後する可能性もありますが

約二週間後に依頼主の元に届ける予定です」


白生の前に座っていたBOL社のメンバーの

鳥居とりいが全員の顔を見渡しながらそう告げた。


「わかりました」


「商品を依頼主に配達するのは市川いちかわくん。

商品の状態を見てまた連絡するので

よろしく頼む」


「はい」


ここまで来たら腹を括るしかない。


どんな抵抗をしても無駄だとさかきに言われてから

白生は毅然とした態度を取っていた。


「では今回の商品の紹介を…寺東てらとうさん?」


さっきから一点を見つめてじっとしていた

寺東がハッと鳥居を見た。


隣に座っている白生を横目で見ていた榊も、

みんなと同じように寺東に視線を向けた。


「寺東さん。商品の紹介をお願いします」


「商品は…クラブアスタロトの従業員、

川路紅苑かわじぐえんなんだが…みんな、少しいいかな」


寺東に視線を向けていた四人が頷く。

こほん、と咳を一つして寺東は椅子に座り

直した。


「この川路かわじくんなんだが、

どうも体が弱いようなんだ」


「それが何か?」


鳥居が即座に答える。体が弱かったら

依頼主のところに行っても仕事が全う

できないかもしれない、と寺東が言いたい

のはわかる。


しかしBOL社は商品を売るのが仕事だ。

いくら売った時に健康体だからといって

長持ちするとは限らない。

ケースバイケースなのだ。


「いや、もしすぐにダメになることがあったら

依頼主に申し訳ないだろ」


「それはわかりますが…どんな商品でも

同じことです。向こうに着いた途端にダメに

なる場合も無きにしもあらず。

依頼主にもそのことは説明済みですよね」


紅苑に惚れてしまった寺東は、どうにかして

紅苑を商品にさせない理由を絞り出したの

だが、鳥居にそう突っぱねられて一言も

出なかった。


「では予定通りに川路紅苑を商品として、」


「待ってくれ。代わりを探してくる。

やっぱりあんな不良品を売るのはさすがに

良心が痛む」


「時間がありませんよ?今から他を探す

なんて不可能です。躾するのに早くても

10日間は要します」


鳥居が言いたいのはそこだった。




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