13・梨香子の思惑
今回の依頼主は男を注文してきていた。
愛人として囲うとかではなく、
単にセックスの相手をさせるだけの男が
ほしい、と。
もちろん見た目は美しい方が良い。そして
男を受けることに慣れている方が好ましい。
日本人は高値で売れる。
なぜか他国の人たちは日本人を欲しがるのだ。
今回の依頼を受けて商品を探している
段階で、寺東は真っ先にクラブアスタロトの
ボーイが浮かんでいた。
いつも商品を用意するママの梨香子から
ボーイの紅苑に身寄りがないことを
聞いていた。
紅苑を商品として売るには男を受けられるか
どうかを確認しなければならない。
もし、男の相手をしたことがないのなら
できるように躾けないと売れない。
寺東は隣に座ってきた梨香子に簡単に説明
して、今夜紅苑を連れ出したのだった。
風呂から出た二人は濡れた体のままベッドの
上で激しく交わっていた。
寺東が躾けるまでもなく、紅苑は全てを
受け入れる。
もう若くはない寺東が二度果てた後も、
紅苑を放せないほど夢中になっていた。
寺東が何度も出した紅苑の中は熱く
吸い付いてくる。
体だけではなく紅苑の表情にも惹き込まれる。
恥じらいの中に艶もあり、今まで抱いた
誰よりも良かった。
「また、会える?」
シャワーを浴びてから着替えている紅苑を
寺東は後ろから抱きしめた。
はい、と聞こえた小さな声。
そして振り向いた紅苑は恥ずかしそうに
唇を噛んで微笑んでいた。
紅苑を商品として出すのは正直惜しかった。
だからそれまでにまたこの美しい体を
喰みたい。
紅苑を見送った寺東は一人になったベッドで
仰向けに寝転び、天井を見つめた。
結局なんの解決策も出なかった白生は榊を
マンションの下まで見送りに行った。
部屋に戻り、電源を切っていた携帯を持って
ベッドに腰掛ける。
白生も紅苑同様、いきなりの電話などで
いらぬことを悟られないように細心の注意を
払っていた。
本当は解決策などいらない。
BOL社には今まで通りことを進めてもらわな
ければならないからだ。
白生はテーブルの下に貼り付けていた
ボイスレコーダーを回収して口元で微笑む。
コーヒーを淹れた時にボイスレコーダーを
準備して座る時にテーブルの裏に貼り付けて
おいた。
ここに榊の話が全て録音されている。
これがあれば無理やりBOL社の仕事を
させられている榊の罪は少しでも軽く
なるだろう。
携帯の電源を入れて紅苑に電話をする。
一人、クラブアスタロトに残ったらしき
寺東のことが気になっていたのだ。
「電源切ってんのか。ということは…」
時間的にはまだ紅苑は仕事中だ。
仕事中は電話に出られなくても電源は
入れてある。
電源を切っているということは…
紅苑は寺東と一緒にいるのだ。
紅苑のことだから心配はいらない。
白生はベッドにごろり、と横になった。
依頼された条件に合う商品を探す。
その商品にはもちろん身寄りがないと
いうことが条件だ。
その商品に、数日から数週間かけて
見張りをつけて薬漬けにする。
その間に名前を呼んだら自害するように
仕込む。
神奈のネックレスから毒物は検出され
なかったがおそらくこのやり方で間違いない。
そして詠一や永久がやってきた通り、
その商品を無事に依頼主へ届けるのが白生の
役目なのだ。
少しずつ流れが見えてきた。なんでもいいから
証拠を掴んで逃さないようにしなければ。
もう一度紅苑に電話をかけたがまだ電源は
落ちたままのようだ。
白生はボイスレコーダーを再生して榊の声に
集中した。
数日後、クラブアスタロトにバングル社から
予約が入った。次の予約は二週間後。
その時は紅苑はアフターにつくように、と
ママの梨香子から言われるのだろう。
望んではいたものの本当に自分がターゲットに
なるとは。ツイている。
白生は榊の重要な証言の録音に成功したし、
着々とゴールに近づいている。
パソコンの画面に浮かぶ予約表のバングル社の
文字を見ながら紅苑は一人微笑んだ。
営業時間が終わりボーイたちで店内の
片付けをしていると、紅苑がママの梨香子に
呼び出された。
VIPルームへ繋がるオーナー室に入ると、
梨香子はパソコンで売り上げの計算をしていた。
「おつかれさま。バングル社の方から伝言よ」
梨香子はマウスから手を放し、着物の帯に
挟んでいたメモを取り出して紅苑に渡す。
受け取った紅苑はそれを開いた。
【この前と同じ部屋で待っている】
伝言を受けたのは梨香子なのでもちろん
内容も知っているのだろう。
しかし梨香子は素知らぬ顔をしている。
証拠がそろうと梨香子も逮捕されるだろう。
梨香子はどのぐらい関与しているのか。
紅苑は少し様子を伺ってみようと思った。
「ママ、あの、バングル社の方に…」
ホテルに誘われました、と言うまでもない。
メモを見ながら紅苑は恥ずかしそうに
下を向いた。
「太い客と繋がっていたら安泰よ」
「…でも、僕は」
「キャストじゃなくてもそれは変わらないわ。
気に入ってもらえたら、後ろ盾になって
くれるし重宝するものよ」
つまらない客と寝るぐらいなら上物にいけ、
と梨香子は言っているのだ。
繋げた自分に感謝してほしいぐらいだと
思っている梨香子の心が紅苑には伝わってきた。
「はい」
「減るもんじゃないしね」
「まあ…」
「紅苑が可愛いからよ」
パソコンから目を上げた梨香子が微笑む。
紅苑はその美しい顔に向かって頭を下げた。
梨香子は太い客にキャストやボーイを差し出す
ことをなんとも思っていない。
それが店に少しでも還元されるのなら当たり前
だとも思っているようだ。
皐月の時もそうだが、アフターに行ったまま
帰らずのキャストのことを急に辞めた、と
説明するということは梨香子は人身売買の
ことも知っている可能性が高い。
太い客の言うことは絶対だという考えの
梨香子はかわいそうなどという感情は持ち
合わせてはいない。
紅苑は片付けを済ませてタクシーに乗った。
つい数日前に訪れたホテルの名前を運転手に
告げてシートにもたれた。
ホテルの部屋のインターホンを鳴らすと中から
スッとドアが開く。
紅苑が入らずに立っていると中から寺東が
顔を覗かせた。
「入りなさい」
「はい」
従順な中に少しの抵抗も見せなければならない。
寺東に商品として価値があると思わせなければ。
中に入ったものの紅苑はドアの前で立ち尽く
していた。
もうベッドに座っている寺東は風呂上がり
なのだろう。ホテルに添えつけてある白い
寝巻きを着てワインを飲んでいた。
「シャワーに入って来なさい」
「あの、お客様」
「どうした?金か?」
紅苑が首を横に振ったが、体を差し出すのを
嫌がっているようには見えない。
寺東はサイドテーブルにワイングラスを置いて
まだドアの前にいる紅苑に近づいた。
「なんだ?」
「なぜ、俺なんですか?俺なんて普通の…」
「君は普通じゃないよ。ボーイとして働いては
いるが格段に美しい。そして控えめでしとやかだ。
私はそこが気に入ったんだ」
ぱっと紅苑の顔が赤く染まる。
そしてうれしそうに目を細めてありがとう
ございます、と小さな声で言った。
その瞬間寺東の胸は誰かに掴まれたように
ぎゅっと締まった。




