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11・明かされたプロジェクトの全貌





神奈かんなから得た手がかりはバングル社だけ。

それ以外なにもない。

しかも事件性があるのかどうかの裏も取れない。


警察として捜査するよりも個人で動いた方が

良いと川路かわじは判断した。

バングル社にも警察が動いてると知られない

方が良いのだ。




「お前たちまで巻き込んで…すまない」


「いいよ。でもさ、ここまで来たら絶対に

しとめよう」


一人でバングル社を調べていた川路は、社員でもないのに定期的に会社に出入りしているガラの悪そうな男が気になっていた。

しかもその男が出入りするのは決まって夜だ。


そこで川路は協力する、と言ってくれた紅苑ぐえん

その男の尾行を頼んだ。

紅苑の調べで夜のバングル社に出入りしていた男、大宮詠一おおみやえいいちが神奈の言っていた監禁事件に関係している可能性が浮上してきたのだ。


仕方のないことだったのかもしれないが助けようとした詠一えいいち永久えいくも残念な結果になってしまった。

絶対にしとめよう、と父である川路に誓った

紅苑はそのことを後悔していたのだ。


「わかった。絶対にしとめる。でもその前に

紅苑ぐえんちゃんと白生しろうくんの安全が第一だ。

だからそのイヤホンは必ず、」


「わかった。約束するよパパ」


今もまだ入院させている神奈も、詠一や永久

そして皐月さつきのようにいつ狙われるかわからない。


バングル社が言い逃れできない証拠を掴む。

あとは法で裁けば良い。


ここからは1ミリも気が抜けない。

そしてもう一歩も退がれない。


狭い書斎で同じ思いの三人は誰からともなく

固く手を握り合った。




エレベーターを出てすぐに白生しろうは蹴つまずいて

しまった。

隣にいたさかきが慌てて白生の腕を掴むと、大きく

息を吐いた白生は榊に頭を下げて微笑んだ。


「すみません。はあ。緊張します」


「大丈夫だよ。私がずっといるから」


「はい」


何人目だろう。榊は白生から視線を逸らす。

こうしてここへ連れてきた社員たち。その中でも白生は本当に気立ての良い優しい子だった。


一ヶ月間朝から晩までほとんど一緒にいた榊は、白生の良さを誰よりも知っている。

一生懸命で真面目。そして何よりも自分のことをとても慕ってくれていた。


最上階でエレベーターを降りた二人は通路の

突き当たりまで進む。他の階と違って突き当たりは部屋ではなく普通の壁になっていた。


市川いちかわくん。ここからは絶対に他言しないで

ほしいんだ」


「はあ」


「極秘プロジェクトなんだ。

一般の社員たちは知らない。

選ばれたものだけが参加できるんだ」


瞬きを繰り返していた白生がはい、と返事をして力強く頷いた。


「わかりました。榊さんがそうおっしゃるなら

誰にも言いません」


「…ありがとう」


壁の端に添えつけてある非常ボタン。

火災などがあった時に押すこのボタンの土台を榊はグッと掴んだ。


パコ、と小さな音がしてその土台が上に

跳ね上がる。

その奥から真っ黒な画面が出て来た。


「指紋認証なんだ。市川くんのも後で

登録するから」


「すごいですね。さすが最新だなあ」


目をキラキラさせている白生から榊はスッと

視線を外し、一度目を閉じてから自分の人差し指を黒い画面に当てた。


ピ、と微かな音が鳴り、榊が指を置いた

すぐ上にAllowと、緑の文字が現れた。

榊は非常ボタンをまた元に戻してから解錠された壁をスライドさせた。


とはいえ、人一人が通れるぐらいの間隔

しかない。

先に榊が中に入り、白生が続けて入る。

白生が入ったことを確認して、榊は壁を閉めた。


壁の向こうにはまた短い通路があった。

白生は榊について歩いていく。両側は壁。

突き当たりにドアがあるだけだった。


白生は他の階の構造を頭の中に思い描く。

この最上階以外は突き当たりには割と広めの

部屋がある。


しかしここにはそれがなく、その代わり短めの

通路と部屋。

他の階の広めの部屋がそれに変化していると

いうことか。


ドアにはまた指紋認証の黒い画面が付いていた。

厳重過ぎる。それだけこのプロジェクトは大きなものなのだろう。


「榊です。市川くんを連れて来ました」


先に部屋に入った榊が白生を自分の隣に来させて頭を下げる。白生も同じように頭を下げた。


白生の想像通り他の階の突き当たりの部屋

とは違って狭かった。

真ん中にある長机も小さい。


そして三人の上司がその狭い空間で微笑んでいた。


市川白生いちかわしろうです。よろしくお願いします」


「参加してくれてありがとう。

さ、座りなさい」


今から仕事の話をするのに長机の上には

パソコンもなければ資料のようなものもない。


白生はとりあえずポケットに入れていた手帳と

ペンを出して自分の前に置いた。


「市川くん。申し訳ないがメモは取らないでくれ」


「は、はい」


「すべて君の頭で覚えてほしい」


「わかりました」


白生は今出したばかりの手帳とペンをポケットに入れる。

隣に座った榊はじっと前を向いていた。


「私のことは覚えているかな?」


「はい。間違えていたらすみません。

僕を面接してくださった…」


「名前までは覚えてないか」


「すみません」


ははは、と白生の目の前に座っていた男が笑った。

記憶力が良過ぎるのもいけない。しかし記憶力が悪いのも使えない。


白生は普通にこの男のことを覚えていたが、

咄嗟の判断でこう答えた。

目の前の男はそれがお気に召したようだった。


「いやいや。良いんだよ。覚えていてくれた

だけでも。

私は市川くんの面接に入った寺東てらとうです」


「あ、寺東さん。あの時はありがとう

ございました」


白生が座ったまま頭を下げると、寺東は

満足そうにうんうん、と頷いて微笑んだ。


「ではさっそくプロジェクトの話をしよう。

プロジェクト、と名打ってはいるがバングル社

とは全くの無関係なんだよ。

私たち四人、今日から市川くんにも参加して

もらうから五人だね。

私たち五人はBOL社、BOLと書いて

ボルと読む。バングル社とは別の会社なんだ」


「…はい」


そんなわけがない。全く無関係ならなぜ社屋の

一部を改造してこんな部屋を作らせるのだ。


それに五人というのも嘘だ。

攫った人間を薬漬けにして見張る者たち、そして腕のいい狙撃手、皐月さつきの名前を呼んで自害させた連絡係、少なくともあと数人はいるはずなのだ。


白生は寺東の無理やり感に笑いそうになったが、よくわかりませんが、という顔で頷いていた。


「だからもちろんBOL社からも給料は発生する。しかしこちらは月給ではなく歩合制になるんだ。

簡単にいうと仕事をすれは給料が発生する。

仕事のない時は発生しない。

金額も仕事によって変わるからその時に提示

させてもらう」


「はい」


はい、としか返せない。こういう時はヘタに頭が切れるフリをするのは良くないのだ。 


なにがなんでもBOL社とやらで働かなければ

ならない。

白生は今まで、父や紅苑とやって来たことが

水の泡にならないように注意した。


「ここまでは大丈夫かな?バングル社でも

もちろん今まで通りに仕事をしてもらうことに

なるけど」


「大丈夫です」


白生の真剣な顔を見て、寺東は並びにいる二人と視線を合わせた。


息が詰まってしまいそうな狭い部屋。心なしか

空気も薄い気がした。


「では次は仕事のことを話そう。

BOL社は商品を用意して依頼主に届ける仕事を

しているんだ」


「配達…ですか?」


「そう。依頼主に無事に配達してもらう。

市川くんにはその配達員をやってもらいたい。

商品は我々で用意するから」


海外まで配達に行くのか。永久えいくはあの時捕まら

なければそのまま海外に行っていた。

詠一えいいちもこの配達員だったのだろう。


「世の中には人間を必要としている人がいる」


人間が人間を必要とするなど当たり前のことだ。

家族として恋人として、はたまた従業員募集

なども人を必要としていることになるだろう。


寺東の言ったことは広すぎたが、はたして絞ってくるのだろうか。


「人材といっても使用用途はいろいろある。

依頼主にそこまでは聞かないが、依頼主の求めるものを届けるのが私たちBOL社の仕事なんだよ」


寺東の並びに座っている二人はずっと穏やかな

笑みを浮かべている。

白生には置かれている人形のように見えた。


「商品は人間だ。私たちは条件にあった人間を

探し、依頼主に届ける」


真っ青になった白生がバッ!と椅子から立ち

上がった。


「商品って。派遣するとか、ですよ、ね…」


「いや。売る」


「それって、」


寺東は微笑んでいたが、その目の奥は冷たかった。

白生は言葉を飲み込んで唇を噛んだ。


寺東の言っていることは、例えば美しくて

若い女が欲しいという注文が来たら、

若く美しい女を探してきて売るということだ。


女は不本意なまま売られていくのだ。


白生はがくん、と首を垂れた。榊が腰に手を

当てると白生は力なくべちゃん、と椅子に座った。


「ということだから、市川くんに仕事してもらう段階まで来たらまた榊くんから連絡するので

よろしく頼んだよ」


「あの、僕、」


「ここまで聞いたら、断れないよ」


「…」


寺東と、その並びの男たちは穏やかだ。

メモを取るなと言われた意味がやっとわかった。


「…はい」 


「よし、今から市川くんの歓迎会だ。榊くん、

タクシーを呼んでおいてくれ」


「わかりました」


榊は携帯を取り出してタクシーの手配をする。


チラチラ、と白生の方を見たが、よほどショックだったからなのだろう。視線は合わなかった。



二台に分かれて銀座へ向かう。

白生しろうさかきと同じタクシーだったが、寺東てらとうも乗っていたので何も話さずにいた。


白生が付けているマイクが拾った情報を、

今から向かおうとしているクラブアスタロトに

いる紅苑ぐえんは掴んでくれているだろう。


白生は悲壮な表情を作りながら、さっき聞いた

ことを頭の中でまとめていた。


市川いちかわくん」


真ん中に座っている白生は、はい、と返事をして顔だけ寺東の方へ向けた。


「顔色が悪いようだが…」


「大丈夫です」


「そんなに深く考えなくても大丈夫だよ。

仕事はおいおい覚えていってくれたらいいからね」


いつのまにか暗くなった景色に、青ざめた白生の顔が溶けていくようだ。

寺東はそんな白生を横目に見て目を細めていた。



クラブアスタロトのママの梨香子りかこが直々に

白生たちを出迎えた。

黒縁の大きな眼鏡をかけて髪を短くしては

いるが、紅苑とは同じ顔。なるべく気づかれないようにしなくてはならない。


顔は俯き気味にして白生は案内された部屋に

榊たちと一緒に入った。


中では紅苑と瀬戸せとがいて忙しそうに動いていた。

バングル社の名前で予約し、いつも来るメンバーなので瀬戸と紅苑は頭を下げて出迎えた。


「ドンペリのロゼを開けてくれ」


「かしこまりました」


瀬戸と紅苑が奥の部屋に行く。酒やグラスを

用意するのだ。

まだキャストの女性は入って来ていない。

寺東は隣に座った白生に顔を近づけた。


「肝心なことを忘れてた。ここはもちろんだが

他人がいる。仕事の話も出ることがあるが

私たちの名前は決して呼ばないように」


「…わかりました」


「あとは好きなものを頼んでたくさん飲んで。

市川くんの歓迎会だからね」


寺東は、緊張して固くなっている白生の肩を

叩いて優しく笑う。

入り口のドアが開いて梨香子がキャストを二人

連れて来た。


「本日はよろしくお願いいたします」


頭を下げてからキャストの二人は間に座る。

紅苑がトレーにグラスを乗せて、その後ろから

瀬戸がシャンパンを持って歩いて来た。


「乾杯」


メンバーの一人がそれだけ言った。

みんながグラスを合わせると楽器みたいな美しい音が鳴った。


キャストの女性は古株の二人なので今夜は動く

感じはない。

紅苑はスムーズに仕事をこなして、瀬戸と二人で一旦奥の部屋に入った。


携帯を触っている瀬戸の隣で、紅苑はグラスを磨きながら部屋の声を聞いた。


まだ当たり障りのない話しかしていない四人。

白生はグラスを口に運びながらキョロキョロと

四人の顔を見ていた。





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