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ハッピーエンドの世界線  作者: さくら優


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9/12

9.最後のミッション

年が明けると、毎年1、2月はあっという間だ。気が付いたら、もう卒業式が目前に迫っていた。


『最後のミッションね』


教科準備室で仕事をしながらも、柊二は蒼汰に言われたその言葉を事あるごとに思い出し、なかなか集中出来ずにいた。


「先生、いる〜?」


来た。


数ヶ月のブランクをものともせず、ガラガラとドアを開けて井上が入って来る。


『明日、井上蒼汰が卒業式の後に大事な話があるって言って、約束を取り付けに来るから、そしたら⋯』


「なんだ? ここにはもう来るなって言っただろ」

「もう受験終わったし」


柊二は取り繕うように、手元のプリントに視線を向ける。内容は全く頭に入っては来ないのだが。


「明日、卒業式が終わったら中庭に来て。大事な話があるから」

「⋯今ここじゃダメなのか?」


柊二は、なんとか約束を回避出来ないものかと頭を捻る。いや、そんなことをしたら過去が変わってしまうから良くないとわかってはいるのだが。


「ダメ。明日話すから、中庭に来て」

「⋯⋯」


『返事はイエス。必ず行くって約束して。それで⋯』


「わかった。行くから待ってろ」


『それで、中庭には行かないで。夜までずっと待たせておいて』


どうして蒼汰はあんなことを言ったのだろう。そんな傷つけるようなことはしたくない。最初から行かないと言ってはダメなのか。


井上は、柊二の返事を聞くと、嬉しそうに笑って帰っていった。


胸がキリキリと痛んで、柊二は拳を握り締めた。


今までのミッションは、井上が喜ぶような内容だった。それなのに、今回は完全に逆。


それともう一つ、これから起こることを言ってはいけないという、タイムスリップのルールに反している。


ただ約束を取り付けに来るという、事件でもなんでもない出来事だから問題はないということなのだろうか。


柊二は妙に胸がざわついて、蒼汰に電話をかけたが出なかった。送ったメッセージも、ずっと既読がつかない。


蒼汰からはあらかじめ、今日明日は忙しいから連絡がつきにくいと言われている。


結局、その日彼から連絡が来ることはなかった。



   ✦✦✦


いつもは気にならない時計の音が、今日は妙にうるさく感じる。


卒業式が終わってから、2時間ほどが経過していた。


何度か中庭の方に足が向きかけて、その度に溜息を吐いて椅子に座り直した。


井上はまだ待っているのだろうか。


全く仕事にならない中、さらに2時間ほどを過ごしたところで、パラパラと雨が降ってくるのが窓から見えた。


さすがにいても経ってもいられなくなり、教科準備室を飛び出した。


少し離れたところから中庭の様子を窺うと、井上はまだそこで待っていた。


「――い⋯」


『だめ』


声をかけようとしたところで、頭の中に蒼汰の声が響いた気がして立ち止まる。


ここに蒼汰はいない。ただの幻聴。


わかっていても動けなかった。


「くそ⋯」


井上は時々スマホを確認しながら、だんだん暗くなっていく空を見つめている。


一応屋根のあるところにいるが、もう少し雨が強くなったら濡れてしまうだろう。


柊二はスマホを取り出して蒼汰に電話をかけた。しかし、昨日からずっと繋がらないままだ。


「なんで⋯」


窓の桟に手をかけその場にしゃがみ込む。


胸が痛い。自分はいったい何をやっているんだろう。


ちょうど昨日の今頃、嬉しそうに笑って帰っていった井上の笑顔が、何度も頭の中に蘇った。



   ✦✦✦


どれくらいの間そうしていたのか、ふと中庭を見ると、もう井上の姿はなかった。外はすっかり暗くなっている。さすがに帰ったのだろう。


柊二も戸締まりをして校舎を出た。


ひどい気分だ。もうこのまま、何もせずにさっさと寝てしまいたい。


とぼとぼと校庭を歩き、校門を出る。


するとそこに、帰ったと思っていた井上の姿があった。


「井上⋯⋯」


傘もささずにこちらを見つめる彼の姿に、柊二は何も言えずに呆然と立ち尽くす。


井上は震えていた。怒っているのだろう。当然だ、約束をすっぽかされたのだから。


「先生⋯」


どうやって謝ろうか、今更謝ったところでどうしようもないのだろうが、柊二が言葉を探していると、井上が突然ぶつかってきた。


「うぉっ!?」


体当たりのようなそれにバランスを崩し、持っていた傘を落としてしまう。


まさか殴られるのか!? そんな予想に身構えたが、井上は胸元に顔を埋めるようにして抱きついてきた。


「せ、んせ⋯っ」

「どうし⋯?」


井上は泣いていた。それは約束を破られた怒りでも悲しみでもなく、恐怖に震える涙だった。


「先生、たすけて⋯」

「――⋯」


必死にしがみついて助けを求める彼を、考えるより先に、柊二は強く抱き返した。


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