10.手紙
「どうした⋯?」
震える背中を撫でてやりながら、柊二は慎重に尋ねる。
この怯え方は尋常ではない。子どもならともかく、もう高校生の男子が人目も気にせず大人に泣いてすがるなんて。
「父さんと、母さんが⋯」
井上は、嗚咽交じりになんとかそれだけ言うと、ぎゅっと柊二のスーツの胸元を掴んだ。
井上の家はここからそう遠くない。柊二は彼の肩を抱くようにして、一緒に家に向かった。
到着しても中に入ろうとしない井上に、上着をかけてやってから玄関に入る。
すぐに、開けっ放しになっているリビングのドアが見えた。
井上の様子から、様々な悪い状況を想像していた。けれどそんな想像では追いつかないくらい、現実は最悪な状況だった。
「――っ⋯!」
煌々と明かりのついたリビングには、ナイフで刺されて血塗れになった、2人の男女が横たわっていた。
✦✦✦
井上の両親が殺された事件は、大きなニュースとなり、犯人もすぐに捕まった。無差別の強盗殺人だとのことだった。
通夜で、魂が抜けたように遺影を見上げる井上の姿を見ながら、最後のミッションの目的はこれだったのだと合点がいった。
卒業式のあの日、もし自分が、はじめから中庭には行かないと言っていれば、井上はあの時間にはもう家にいただろう。
約束を守って中庭に行ってもきっと同じだ。用事が済んだら家に帰っていた。柊二が待ってろと言ったから、彼は帰らずにずっと学校にいて、結果殺されずに済んだのだ。
「くっ、そ⋯」
他に方法はなかったのだろうか。
蒼汰はきっと、こうなることを知っていた。彼の両親も救う方法は、本当になかったのか⋯?
蒼汰とは、結局連絡がつかないままだ。なんとなく、元の世界に帰ったのではないかと思っている。全て終わったから帰ったのか、それとも、これから起こることを話してはいけないというルールを破ったから戻されたのか、その辺りはわからないが。
やりきれない思いを抱えて、柊二はそれから数日間、抜け殻のように過ごした。
✦✦✦
それからしばらく経って、柊二は蒼汰の住んでいたアパートを訪れた。
バイト先にも行ってみたが、彼はすでに辞めたと言われた。
「ったく、帰るなら一言くらい言ってけよな」
思ったよりも傷付いていない自分に驚く。それ以上に衝撃的な事件があったからだろうか。
合鍵で鍵を開けると、部屋の中は家具などもなく、ガランとしていた。
窓を開けて籠もった空気を追い出す。やっぱり何もないか、と軽く溜息を吐いたところで、ふとシンクの上に何か置いてあることに気が付いた。
「⋯手紙?」
コピー用紙を三つ折にしただけで、封もされていないが、柊二はすぐに自分に宛てられた手紙だと理解して、そっとそれを開いた。
―――⋯
『この手紙をあなたが読んでいるということは、俺はもう、この世界にはいないということだね。
なんて言ったら、不謹慎だって怒られるかな。
んーでも、事実だからしょうがないよね。
前に、タイムスリップの目的を聞かれたけど、俺の目的は、俺が死なない世界線にすることでした。
卒業式のあの日、すぐに家に帰っていたら、きっと俺も殺されていた。
約束、守ってくれてありがとう。
この1年、柊二さんと一緒にいられて、俺はとっても幸せでした。
柊二さんは俺がいなくなって泣いてるかもしれないけど、俺は未来の、本来いるべき世界に戻って、そこに俺の柊二さんがいるので全然寂しくありません。残念でしたw
柊二さんも、あなたの本来の恋人は俺じゃなくて、教え子の井上蒼汰だから。そっちを大事にしてください。
今はまだ子どもで色気もないかもだけど、すぐに成長するので大丈夫です。
4年後、楽しみに待ってて。
バイバイ。
蒼汰』




