8.クリスマス
文化祭であんな態度をとったら、蒼汰との関係がまた何か変わってしまうのではと危惧したが、特に何も変化は起こらなかった。
ということは、あれで良かったということなのだろうか。
蒼汰には、文化祭でちゃんと井上のクラスを見に行くよう言われただけで、それ以外のことは何も言われていない。だからあれは、完全に柊二の独断だ。
蒼汰と井上が本当に同一人物なのだと突きつけられて、ただの一生徒だと思えなくなりそうだったから。
だから、距離を置くことにした。
せめて卒業までは、周囲に悟られるわけにはいかない。
元々、数学の教科担当なんて、せいぜい宿題のノートを集めて持ってくる程度の仕事しかない。それだって、やりようはいくらでもある。井上に仕事を頼まなくても何も問題はなかった。
毎日のように来ていた彼が来なくなって、昼休みが少し寂しくはなったが、どちらにしても後数ヶ月で卒業で、それが少し早まっただけだ。
仕事を終えて帰りの電車に乗ると、ケーキの箱を持っている会社帰りと思われる男性を見かけた。そうか、今日はクリスマスだったかと思い至る。
蒼汰には、昨日今日とバイトで会えないと言われていた。だから無意識に、クリスマスの存在を脳から追い出そうとしていたのかもしれない。
だが、何もクリスマスにこだわる必要なんてないのだ。こっちももう冬休みだし、蒼汰のバイトが落ち着いたら、一緒に食事でもしようと思いながら電車を降りると、
「あれ? 先生?」
久しぶりに聞いたような声に、つい立ち止まって振り返った。
「井上⋯」
呆然と呟いてから、聞こえなかったふりをすれば良かったと思ったがもう遅かった。
「先生、今帰り?」
「ああ⋯」
「俺も予備校終わったとこなんだ〜」
あの日、泣きそうな顔をしていた彼を見て以来、授業中もずっと、お互い無表情で視線を合わせないようにしていたので、こんな風に笑顔を向けられるのは久しぶりだった。
「先生、今ちょっと時間ある?」
「え?」
冷たい空気で上気した顔が見上げてくる。彼はなぜか、今日も眼鏡をしていない。
「⋯まあ、少しなら」
「こっち、一緒に来て」
今日のことは、蒼汰から何も言われていない。いくらでも断ることは出来たのに、ついて行ったのは完全に柊二の意思だった。
5分ほど歩いて着いた先は、駅の近くの広場だった。どうやらクリスマスツリーやイルミネーションがあるらしく、そこそこ人が集まっている。
「へえ。こんなのがあったんだな」
「綺麗でしょ」
いつも通る駅だが、出口が反対側だったから気が付かなかった。
1時間おきに音楽と同時にイルミネーションショーがあるらしく、ちょうどそれが始まる。
2人で、何も言わずにそれを見つめた。
井上は、どうして拒絶されたのか、その理由がわかっているのだろうか。自分だったら、受験生なんだからなんて理由では、到底納得出来ない。それでも彼はあの時、それ以上何も聞いては来なかった。
ふいに、互いの手の甲が一瞬触れる。手袋をはめていない指先が冷たい。
柊二は、さりげなく周囲を見回した。
もう夜で、周りはカップルがほとんどで、ツリーと自分たちしか見えていない。見知った顔も近くにはない。
静かに息を吐き出して、一瞬触れた手にもう一度触れ、そのまま指先を絡めてそっと握った。
彼がどんな顔をしているのか、それを見る勇気まではなかった。ただ、振りほどかれないのが答えなのだとそう信じて、音楽が鳴り終わるまでのほんの数分、黙って手を繋いでいた。




