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ハッピーエンドの世界線  作者: さくら優


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3/12

3.異変

勉強合宿は連休前の平日、今年は5月2日だが、その日の通常授業が終わった後から4日の夕方まで行われる。


蒼汰に言われたことが気にはなったものの、特にトラブルはなく、合宿は最終日を迎えた。


午前中にテストをし、午後はその解説をする。井上の数学のテストは95点だった。やっぱり数学は良いんだよなと思いながら、3日間のカリキュラムを終え、教科準備室で片付けをしていると、ガラガラと扉が開いた。


「先生、いる〜?」


いつものように井上が入って来る。来た、と身構えてしまうのを勘付かれないよう、柊二は片付けに集中した。


「なんだ? 何か用か?」

「用がないと来ちゃいけないの?」


こういう言い方も蒼汰そっくりだ。蒼汰に話したら同一人物なんだから当たり前だと言われるんだろうが。


「用がないなら帰りなさい。合宿で疲れてるだろ」

「先生にこれ見せようと思って」


井上は鞄の中から数枚のプリントを取り出した。見るとそれは、今日やったテスト用紙のようだ。


「見て見て」


自慢気に広げられたそれは、どの教科も80点以上だった。


「へえ。すごいな。頑張ったじゃないか」

「でしょ〜?」


数学だけじゃなかったんだなと、安心しつつもほんの僅かにモヤモヤした感覚を覚える。


「ね、合宿頑張ったから、なんかご褒美ちょうだい」

「っ⋯」


これが蒼汰が言っていたことか、と柊二は視線を逸らす。確かに、自分の性格上こんなことを言われたら、ご褒美って何が欲しいんだよ、とか言いそうだ。若干面倒くさそうな表情を装って。


しかし、事前に蒼汰から言われていたおかげで、柊二は対策を考えていた。こんな、いつ誰が入ってくるかもわからない場所で、生徒を抱き締めるなんてこと出来るわけがない。


「しょうがないな」


柊二はふっと笑みを浮かべると、井上の頭をよしよしと撫でた。


「⋯なにこれ」

「ご褒美」

「もう! 子ども扱いして!」

「子どもだろ。よしよし。よく頑張りました」


井上は、むーっと唇を尖らせつつも、満更でもない顔でされるがままになっている。


最後にサラサラの髪を整えるように軽く梳いてから手を離すと、井上は照れたように笑った。


「じゃあ俺帰るね」

「おう。気をつけて帰れよ」

「はーい」


足早に部屋を出て行く井上を見送って、柊二は手の平に残った感触を確かめるように、ぎゅっとその手を握り締めた。



   ✦✦✦


久しぶりに会った蒼汰は、いつもと変わらない笑顔で出迎えてくれた。


「これ、お土産」

「なに?」

「引出物。お菓子とかじゃないか?」


知人の結婚式だった柊二は、玄関先で紙袋を蒼汰に渡した。


スーツをハンガーにかけ、ソファに腰を下ろすと自然と大きな溜息が漏れる。


「ほんとだ。お菓子と、こっちはカタログだね」


蒼汰も隣に座ると、菓子の箱を開けた。


「今食べる? コーヒー淹れようか」

「ああ、けどその前に」


柊二は、手の平で蒼汰の頰を撫でると、その唇にキスをした。


「ん⋯」


ついばむように何度か軽く吸い付いた後、首筋に顔を埋めると、ふっと吐息混じりの笑い声が耳許を掠める。


「柊二さん、疲れてる?」

「そんなことないけど⋯。でも、癒される」


しばらくそうしていると、ふと、蒼汰が袖口のカフスをじっと見つめているのに気が付いた。


「これ、気に入ってるよ」


このカフスボタンは、蒼汰が誕生日プレゼントでくれたものだ。しかし、


「綺麗。柊二さんこういうの好きなの?」

「⋯⋯え?」


まるで無関係のようなことを言う蒼汰に、柊二は何を言ってるんだと眉を顰めた。


「これはお前がプレゼントしてくれたものだろ」

「ええ? なに言ってるの?」


それはこっちの台詞だ。


「蒼汰が誕生日プレゼントでくれたんじゃないか」

「柊二さんの誕生日って、付き合い始めてすぐの頃でしょ。それでそんな高いものあげるわけないじゃん。誰かと間違えてるんじゃない?」

「⋯⋯」


そんなわけない。ほんの1ヶ月ほど前のことだ。間違えるわけがなかった。けれど、蒼汰も嘘をついている様子はないし、何よりこんな無意味な嘘をつく理由がない。


何か妙なことが起きている気がして、背中に嫌な汗が伝う。すると、蒼汰があっと小さく声を上げた。


「柊二さん、もしかして合宿でなんかした?」

「え? 合宿って、この前の勉強合宿のことか?」

「そう。俺が言った通りにしなかったんでしょ」

「それは⋯」


確かに、ハグしてくれたと言っていた蒼汰の記憶とは一致しないことをした。しかし、それとこれとどんな関係があるというのか。


「ダメだよ。小さなことで未来が変わっちゃうんだから」

「そう、なのか⋯」


そんな。では、この先も言われた通りにしなければ、蒼汰と付き合うことが出来ない未来になってしまう可能性もあるのだろうか。そんなのはごめんだ。


「わかった。気を付ける」


柊二が神妙に頷くと、蒼汰もほっとした様子で笑みを浮かべた。


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