2.お願い
同姓同名の生徒がいる、と蒼汰に言ったら、彼はどんな反応をするだろうか。
大方予想がつくが、それでも予想だから外れることもあるだろうと、むしろそれを期待しながら話をすると、
「あ、それ、高校生の時の俺」
「やっぱそうなるか⋯」
予想通りの答えに天を仰ぐ。
「っていうか、今まで気が付かなかったの? そっくりでしょ。当たり前だけど」
「似てるとは思ってたよ。けどほら、眼鏡かけてるし」
「あー、先生の前で眼鏡外したことなかったか」
「先生って呼ぶな」
柊二の家のキッチンでコーヒーを淹れていた蒼汰は、くすくす笑いながら柊二の隣に座ってマグカップを渡してきた。
「はい」
「サンキュ。待て待て。フツーに納得しかけてたけど、100歩譲って蒼汰がタイムスリップして来たんだとして、何が目的なんだ?」
「目的がないとタイムスリップしちゃいけないの?」
いけなくはないんだろうが。
蒼汰はミルクをたっぷり入れたコーヒーを、ふうふうと冷ましながらちびちび飲んでいる。なんとなくはぐらかされているような気がした。
「じゃあ質問を変える。どうやってタイムスリップしたんだ? 戻れるのか?」
「⋯⋯わかんない。なんか気付いたらこっちにいたし、どうしたら戻れるのかも⋯。けど、別に戻れなくてもいいかな。困ってないし、柊二さんもいるし」
「いや困るだろ」
どういう仕組みなのか、家もあり、バイトも出来ているようだが、本来はこの世界にはいないはずの人間だということだ。住民票とかどうなっているんだ。病気になったりしたら?保険証とか持ってるんだろうか。
なんて、ついつい妙な方向の心配をしてしまうのも、現実逃避の一種なのかもしれない。
柊二が眉間に皺を寄せていると、蒼汰が寄りかかってきた。サラサラした髪が頰を掠める。
「柊二さんは、俺が元の世界に戻っちゃってもいいの?」
「⋯⋯」
声は少し挑発するような感じだが、覗き込んでくる瞳には僅かに不安が宿っている。
柊二は、蒼汰の肩を掴んでそのままソファに押し倒した。
「まだだめだ」
「まだ? そのうち良くなるってこと?」
そんなのはわからない。ただ、タイムスリップが本当なら、ずっとこのままでいいとも思えない。
柊二は、答える代わりに蒼汰の唇を自分のそれで塞いだ。少し乱暴なそれに、蒼汰は微かに呻くような声を漏らした。
✦✦✦
「ゴールデンウィークってさ⋯」
蒼汰がそう呟くのに、柊二は閉じていた目をうっすらと開ける。
目前に迫っている大型連休。しかし自分は仕事で、蒼汰と過ごすことは出来ない。
事前に話していなかったことを責められるのではと焦る柊二に、蒼汰は予想外の話を始めた。
「柊二さん、合宿でしょ? 勉強合宿」
「⋯よく知ってるな」
話した覚えはないのだが。
「だって俺も参加したし」
肩をすくめて苦笑される。そう言われれば、参加者の中に井上の名前があったなと思う。いや、まだタイムスリップ云々を完全に信じたわけではないが。
うちの学校では、毎年GWに勉強合宿がある。参加者のほとんどは3年。合宿と言うからには当然泊まりだ。
合宿がどうかしたのだろうかと思っていると、蒼汰は、昔を懐かしむかのように目を細めた。
「俺、高校の時から、ずっと柊二さんが好きだった」
「⋯なんだよ、急に」
柊二は苦い顔をする。否応なしに、井上に好きだと言われた時のことを思い出す。
「けど、全然相手にしてくれなくて」
「そりゃ、生徒に手は出せないからな」
「でも、合宿の時に、ハグしてくれたんだよ」
「っ⋯」
小さく息を呑む。いやそんな、自分が生徒にそんなことをするはずがない。
「冗談だろ」
「ほんとだって。最終日に、合宿頑張ったからなんかご褒美ちょうだいって言ったら、何がいいか聞かれて」
それでハグしてほしいと言ったらしてくれた、らしい。
「⋯⋯」
にわかには信じがたい。そんなところを誰かに見られでもしたら大問題だ。
しかし、蒼汰はさらに追い討ちをかけてくる。
「だから、過去の俺⋯、高3の井上蒼汰からお願いされたら、ちゃんと聞いてね」
「いやそれは⋯」
「絶対だよ?」
上目遣いでお願いされる。柊二は渋々といった雰囲気でうなりながら、曖昧に頷いた。




