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ハッピーエンドの世界線  作者: さくら優


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1.そっくりな二人

恋人が突然、自分は未来からタイムスリップしてきたんだと言ったら、なんて返すのが正解なのだろうか。


高校の数学教師をしている小野柊二は、腕の中にいる少し歳の離れた恋人の井上蒼汰から、ふいにそんなことを言われ、ぼんやりとその言葉を反芻する。


タイムスリップ、タイムスリップ⋯


「ふーん⋯、ん? はあ!?」


情事後の疲れで微睡みの中にいた頭が覚醒する。


慌てて顔を覗き込む柊二に、蒼汰はくすくすと笑った。


「なに言ってんだ。お前」

「あ、やっぱ信じてない?」

「信じられるわけないだろ。そんな非現実的なこと」


ドサッと再びベッドに倒れ込んで溜息を吐く。細い身体を背中から抱き直すと、指先が胸の突起に触れた。軽く撫でると蒼汰はピクッ、と肩を揺らしたものの、特に嫌がる素振りはなかったので、そのまま指先で弄ぶ。


「未来って、じゃあ明日何が起きるかとかわかんのか?」

「⋯明日って何日だっけ?」

「おい」


呆れたように目を眇める。


蒼汰は気持ちよさそうに溜息を吐いた。それを合図にするかのように正面から覆い被さる体勢をとると、妖しい笑みを向けられた。


「何が起きるかわかっちゃったら、面白くないじゃん?」

「⋯そうかよ」


それでは何をもって信じればいいのか。


そんなことを思わないでもないが、すでに会話をする気をなくしていた柊二は、妖しく微笑む唇に自分のそれを重ねた。



   ✦✦✦


蒼汰とは、少し前に気分転換で入ったバーで出会った。バイトをしていた蒼汰が、客として行っていた柊二に声をかけ、1ヶ月もしないうちに今のような関係になった。


昨夜、何をもって信じればと思ったが、1つ、それならそれでしっくりくる理由がある。


「先生〜、いる〜?」


教科準備室で昼食をとっていると、ガラガラと扉を開けて入って来る生徒の姿がある。


3年の井上だ。下の名前は蒼汰。


そう、まさかの恋人と同姓同名。


「なんか用か?」


口に入れたサンドイッチを飲み込んでそう言うと、井上は勝手知ったる態度で、自分の前の椅子に腰を下ろした。


「次数学だから。俺教科担当だし」


うちの学校では、各教科にそれぞれ、各クラスから生徒が1人か2人担当としてつく。主な仕事は提出用のノートを集めてもらったり、教材を運ぶのを手伝ってもらったり、要は雑用係だ。古いやり方のようにも思えるが、まあ田舎の公立校なんてそんなもんだろうとも思う。


井上は1年の時から、ずっと数学の教科担当をしている。


「いつも言ってるだろ。準備が必要な時は呼びに行くって。まだ昼休み始まって5分しか経ってないぞ」

「大丈夫。早弁したから」


井上はニコッと笑みを浮かべた。その笑顔は、蒼汰とそっくりだ。


そう、彼らは名前が同じだけではなく、顔も似ているのだ。兄弟か親戚なのではと思えるくらい。しかし井上は一人っ子だし、第一兄弟で同じ名前を付けるわけがない。親戚でもまず付けないだろう。となると他人の空似なのだろうが。


――俺、未来からタイムスリップして来たんだ。


未来の井上がタイムスリップして来たんだと言われれば、なるほどだから似ているのかと、納得も出来るというものだ。


井上は眼鏡を指で押し上げると、持ってきたノートと問題集を広げる。


「それに、ここの方が質問あったらすぐに先生に聞けるし」

「数学はいいから別の教科をやりなさい」

「それが数学教師の言うことなの?」


そんなやり取りをしつつも、勉強を始めた受験生の邪魔をするなど言語道断なので、柊二は黙って食事の続きをすることにした。


質問があったら、と言うが、井上が柊二に質問してくることはまずない。彼は数学の成績だけはすごくいいのだ。理由は数学が好きだから、ではなく、


――俺、先生のことが好き。


1年の夏、ここで井上からそう言われた。


――おう。ありがとな。

――それだけ?

――ほかに何がある?

――ちぇ。


以来、井上は毎年教科担当になり、ことあるごとにこうして数学準備室に入り浸っている。


何かあったらまずいとは思うものの、自分さえしっかりしていれば問題ないだろうとも思っている。生徒に手を出すつもりはない。ましてや今は恋人もいる。


目の前の、この少年とそっくりなのが気にはなるが。


「先生、そのサンドイッチまずいの?」

「え? いや、なんで?」

「眉間にすっごい皺寄ってる」

「ほっとけ」

「まずいの? 一口ちょうだい」

「なんでだよ。やらないよ」


なぜ不味いと思うものを欲しがるのか。


椅子から立ち上がって身体を乗り出してくるのを、しっしと手で払いながら、残りのサンドイッチを口に入れた。


こんな他愛もないやり取りを楽しいと思っている自分がいる。


きっと、他の生徒だったらもっと上手く遠ざけていたはずだ。


まずいな。


柊二は指摘された眉間の皺を、さらに深く刻んだ。


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