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呪われ姫と浄化の悪魔  作者: 華
第三章 呪われ姫は社交界へ
47/48

改装

「あの、屋敷の改装をしてもいいでしょうか!?」

 勢いよくそう告げてきたルミナスに、アトラスはきょとんとして瞳を瞬かせた。

「改装? ここのか?」

「はい!」

 元気いっぱい頷くルミナス。どうやら出かけた日に色々と見て回ったおかげで少しばかり活発になってしまったらしい(出かけたことはサミュラからそれとなく聞き出していた)。


 今日はアトラスの仕事も休みの日で、二人は仲良く同じ部屋でお茶を飲んでいた。しかし突然ルミナスが目を輝かせてそう叫んだものだから、アトラスとしては拍子抜けもいいところである。

「何でいきなり改装なんてしたがるんだ?」

「ええっと、シェルラの手入れしてくれた庭がものすごく見事なんですけど、それに相反して屋敷の外観がすっごく怖いんです。この際だからパーッと変えてしまいたくて。いいでしょうか?」

 目をキラキラさせるルミナスに、アトラスは苦笑して答える。


「もちろんだ、ルミナスの好きにするといい。俺のセンスはお世辞にもいいとは言えないからな。そこはルミナスの手腕でなんとかしてくれ。ああ、何か準備してほしいものがあったら遠慮なく言ってくれ。俺に用意できるものだったら何でも用意するから」

「ありがとうございます! 頑張ります!」

 嬉々として部屋を飛び出すルミナス。本当に変わったと思うが、何か吹っ切れたのかもしれない。


「さて、どんなふうになるんだろうな」

 屋敷の外観を想像しながら、アトラスは紅茶を飲んでいた。



 ✡✡✡



「さてみんな、これから屋敷を美しく改装したいと思います!」

 手に雑巾を持ちながら使用人と同じお仕着せ(メイド服)を着て、ルミナスは右の拳を天に向かって突き上げていた。そこに公爵夫人の面影は微塵も見られない。どう見ても立派な使用人である。

「「「「「おー!」」」」」

 それに同調してルミナスと同じポーズをとっているのは、いくらか恐ろしさの消えた「ルミナス様ファンクラブ」の者達である。ルミナスの願いを叶えるため、急遽きゅうきょ招集されたのだ。


 その面々の一番前に陣取っているのはルミナス付き侍女三人組だ。サミュラは「ファンクラブのみんなが怖い」という理由で会員には入っていないが。


 アトラスから許可をもらって十五分後の風景だ。根回しはしていたから行動は早かった。

 ルミナスは汚れてもいいように使用人の服を借り、ルイーズに頼んでファンクラブの人たちを集めるように頼んでいた。

 この全てがアトラスから許可をもらう前に終わらせていたことである。根回しというより待ちきれなかっただけだ。


 お仕着せを着ることにファンクラブの者達も少し苦い顔をしたが、結局はルミナスが押し切った。

 今集まっているのは、屋敷の玄関を出たところにある花壇の前である。

 ルミナスは横にシェルラを従えて、自分の手に持ったバケツを示した。

「この中には色々な花の種やら球根やらが入ってるんだけど、とりあえずここにある食虫植物の代わりにこれを植えてほしいの。もう一つバケツがあるから、食虫植物はこれに入れてね。いいかしら?」

 ルミナスの問いかけに、使用人たちはみな同時に頷く。

「「「「「お任せください!」」」」」


 ぴったりそろった返事に、ルミナスは微笑んだ。

「じゃあお願いね。私はシェルラと一緒に屋敷のつたをとるわ」

 そう言って、ルミナスはシェルラと共に屋敷の一番目立つ壁まで移動する。


 移動したところで、シェルラが腰に手を当ててルミナスに向かい合った。

『……さて、私は空を飛べるけど、ルミナスは飛べないわよね? 高いところはどうするの?』

「ふふ、実はね、これを使うの」

 含み笑いをしたルミナスがスカートのポケットから取り出したのは、ガラスの小瓶だった。中には金色の液体が揺らめいている。

 シェルラが首を傾げる。


『なにこれ? あ、ジュース?』

「金色のジュースなんて怖いでしょ!? 何を入れたらそんな飲み物ができるの!? ……そうじゃなくて、これは体にかけるのよ。アトラス様がくれたの」

 相談したらすぐにくれたのだ。材料はとても貴重だと聞いたことのある「飛行水」である。あまりにもあっさりとくれたのでびっくりして落としそうになってしまった代物だ。


 そのことを思い出して頬を緩めているルミナスに、シェルラは呆れたように溜息をついた。

『ルミナス、旦那のこと思い出してニヤつくの止めてよ……夫婦っぷりが板についてきたのはいいと思うけど』

 そんなシェルラをよそに、ルミナスは小瓶を開けて体に液体を体にかけようとする。と、その時、

『で、最近子作りはしてるの?』

「!?」

 シェルラの手によって(口によって?)投下された爆弾により、ルミナスは危うく瓶を落とすところだった。すんでのところで蓋を持っていたほうの手でそれを阻止する。


「な、な、何言ってるの!?」

 目を白黒させながらシェルラのほうを見ると、先ほどとは打って変わってあくどい笑みを浮かべたシェルラがいた。

『ん? どうなのよ。もうすぐ結婚して半月経つじゃないの。世の中の新婚夫婦だったら毎晩よろしくやってる時期でしょうよ』

「な、ななななな……」

 あまりにもあけすけな言い方に、ルミナスは怯えたように後ずさる。

 しかしシェルラの暴走は止まらない。


『ねえ、あんたの旦那はどんな感じなわけ? ん?』

「ちょ、ちょっと、」

『どうなの? ねえちょっと』

「え、ええっと……えっと……」

『はっきりしなさいよ。さあさあさあ!』

「や、やってない! やってないわよ!」


 両手でバッテン印を作り、ルミナスはそれを胸の前にかざした。

 すると、シェルラは一瞬でぽかんとした。

『は……? やってない? 今まで、一度も?』

「え、ええ。やってない。そんなこと、アトラス様はしないもの」

『そんなことって……あのね、子孫を残すための大事な行為なのよ? あんたの旦那の精神力がどれくらいなのかは知らないけど、妙齢の女性と結婚してる男が、半月もおあずけって、そりゃないでしょうよ』

 半眼になったシェルラに、ルミナスはうう……と唸りながらうなだれる。


「だって、まだ怖いんだもの」

『だからってねえ、ちょっとは許容してやんないと』

「そ、そうだけど……うう……」

(私、まだ十五歳なんだけどなあ……)


 そんなことを考えながら、ルミナスは「飛行水」を体に振りかけた。 

 瞬く間に体が浮かび上がる。

 初めての体験だったものの、そこまでの高揚感はなかった。


『まあ、あんたの年齢を考えると、それも分からなくはないけどね』

 あからさまに元気を失ったルミナスに気付いたのか、シェルラはそんな感じでフォローしてくれた。二人で壁に絡みついた蔦をとりながら、会話を続ける。

「アトラス様が嫌なわけじゃないの。むしろ好き……なんだけど、それとこれとはやっぱり別でしょ? 私、そういうことに免疫なさすぎだし、どういう反応をすれば正解なのかが分からない」

『正解も不正解もないでしょうよ。あんたの旦那に全部任せてりゃそのうち終わってるわよ』

「そんな雑な……」

 あまりにも大雑把なアドバイスに、ルミナスはため息をついた。しかし、この妖精はこういう方面の出来事になぜここまで強いのだろうか。あまり恋愛経験があるようにも思えないのだが……。


『ルミナス、なんか失礼なこと考えてない?』

「え!? う、ううん! そんなことない、絶対ない!」

『なんか怪しいわね……』

 首をひねるシェルラにびくびくしながら、ルミナスは一心不乱につたを取りまくる。

 シェルラもしばらく手を止めて訝しんでいたが、そのうち一緒につたを取り始めた。


『しっかし、あんたも物好きよね~。あんたの旦那って、何処がいいのかいまだに分からないわ』

 突然話題を変えられたことに少し驚きながら、ルミナスはそれにこたえる。

「アトラス様はいいところばっかりよ? 優しいところが一番好きだけど、仕事している姿もかっこいいと思うわ」

『……ルミナス。それ、あたしじゃなくて本人に言いなさい』

 呆れたように言いながら、シェルラはため息をついたのだった。


 数十分後、そこ一帯の蔦はすべて取り終えられ、少女二人はまた別の場所へと移動していた。

「この飛行水、効果が三時間しか持たないらしいから急がないと」

 そんなことを呟きながら移動する。下をちらりと見てみると、結構な高さだった。

 ぞっとして微笑みが凍り付いたルミナスに、シェルラは『しょうがないわね』と笑う。

『この取った蔦、利用してあげるわ』

「え?」


 言うが早いか、シェルラは右手を蔦の入ったバケツの中に向ける。

 すると、瞬く間にその蔦が動いてこちらまで伸びてきた。触手のようにうねうねとうねるその動きに、ルミナスはちょっと身を引くようにして体をのけぞらせる。

「わ……」

(どうしてかしら。助けてくれようとしているのは十分わかっているのに、何か、生理的な嫌悪感が……)

 ぞわぞわと背中を這うような恐ろしさのある動きだった。シェルラもため息をついている。


『やっぱりこの動きが問題よね……乙女としては、これを操っているのが自分だというのはどうにも……』

 どうやらシェルラもシェルラで悩んでいるらしい。

 慌ててフォローする。

「ま、まあでも、役に立つんでしょ?」

『それはもちろん、安心していいけど……これ、肝試しに来てる連中が見でもしたら』

「「「うわああぁあああぁあああああああぁぁぁっ!」」」

『噂になること間違いなし……ってもう手遅れね』

 呪いだ、早く行け、おい押すな、などの声を響かせつつ、何人かの足音は消えていった。どうやら本当に肝試しに来ている連中がいるらしい。


「あ、ははは……」

 苦笑いをしつつも作業を再開いた。

 切り取られた蔦たちは全部が触手のようにその枝をしならせて、別の蔦をからめとっていく。すごく効率的だ。

「あれ? これ、最初からこうすればよかったんじゃ……?」

『……………これ、結構疲れるのよ? 精神が削られていくのよ?』

 覗き込むようにしてシェルラにじっと見つめられ、ルミナスはハッシとその口を手で押さえた。


「ご、ごめんなさい。ありがとう」

『分かればよろしい』

 鷹揚に頷くシェルラを見て笑いながら、ルミナスは蔦をとっていくのだった。



 飛行水のタイムリミットである三時間を超えるころには、ルミナスの足はしっかりと地面を歩いていた。

「ふ~、やっと終わったわね~」

 肩をコキコキと鳴らすルミナスに、シェルラが頷く。

『結構疲れたわ。人を寄せ付けないためとはいえ、よくあんなにも蔦をからませることが出来たわね。完敗よ、まったくもう』

「何の勝負なの? それ」

 首を傾げつつファンクラブ御一行のところへと戻ると、そこにある花壇はもうすっかり綺麗に植え替えられていた。


「あ、ルミナス様、全部植えましたよ~!」

 はしゃぎながらこちらに駆けてきた少女、サミュラを見て、ルミナスはなめらかな動きでポケットからハンカチを取り出す。

「サミュラ、顔に泥がついてるわよ」

「ほえ?」

 首をこてんと傾ける少女の顔を見て、苦笑しながらルミナスは鼻や頬を拭いてやる。


「わあ、ありがとうございますルミナス様!」

 嬉しさで飛び跳ねるサミュラに、シェルラがおずおずと声をかける。

『ちょっと、サミュラさん? 後ろからものすごい殺気が漂ってるんだけど?』

「え?」

 くるりと振り向いたサミュラの後ろには、目をいつもの何倍もぎらつかせた使用人たちが立っていた。


「あ、あれ、みんなー?」

「「「「「許さん……」」」」」 

「え」

「「「「「許さーん!!」」」」」

「え、ちょ、ええええ!?」


 獲物を奪い取られた肉食動物のような素早さで、使用人たちは見る間にサミュラに飛び掛かっていった。

 荒波に飲まれたようにしわくちゃにされているサミュラを見て、ルミナスは苦く笑う。

「あらら、悪いことしちゃったかしら」

『いいんじゃない? たまには。これでちょっとは懲りて言葉使いとか改めるかもしれないわよ』

(自然体が一番好きなんだけど……)

 思うものの、やはり口には出せない。これ以上サミュラを贔屓にしていると思われると彼女に被害が出るだろう。


「みんなー、そろそろやめてあげてねー?」

 なるべく穏やかに言うと、使用人たちはしぶしぶながらも手を離した。本当にしわくちゃだが、怪我はしていない。腐っても仲間なのだし、当たり前と言えば当たり前だが。

「うう……みんな酷いよう……」

 目をぐるぐると回しながら呟くサミュラの頭をポンポンと撫でてから、ルミナスは使用人たちに向き直る。


「ありがとう、みんな。大変だったでしょう? 少し休む?」

 幽霊とはいえここではほとんど人間のようなものなので、しっかり疲れも感じているはずだ。

 しかし何故か、全員が同様にきょとんとした顔でこちらを向いた。

「大丈夫ですよ?」

「人数多すぎてすぐ終わりましたし」

「肩慣らしにもなってません、もっと働かせてください」

 心底真面目に言われて、ルミナスは瞳を瞬かせた。


「そ、そう? じゃあ、もうちょっと手伝ってもらおうかしら……」

「「「「「もちろんです!!」」」」」

 相変わらず従順に頷く使用人たちに苦笑しながら、結局作業は夕方まで続いたのだった。



 ✡✡✡



「で、それで夕方まで外にいたと?」

 その日の夕食時に、アトラスは唖然としながらもルミナスに尋ねていた。対してルミナスは元気に頷く。

「はい、楽しかったです!」

「あのな……」

 アトラスは頭を抱えた。気づいたら屋敷の外観はピッカピカで、アトラスは仰天したのだ。よくあそこまで屋敷の雰囲気を変えられたものだと感心をすっ飛ばして茫然としてしまったほどに。


 しかし、それとこれとは全くの別問題である。

「もう何日かで夜会だぞ!? 体を壊したらどうする!」

 半ば、というか完全に激昂しているようなアトラスの声色にびくっとして、ルミナスは恐る恐るといった風に声をかけてきた。

「あ、あの、アトラス様、怒ってます?」

「当たり前だ! 君はもう少し自分の体を大事にしろ!」

 つい怒鳴ってしまってハッとしたころには、ルミナスは瞳をいっぱいに見開いていた。

 まずい、と反射的に思う。

 真面目な彼女がやりこんでしまうのは予想が出来なかったことではないし、何しろここまでしたのはアトラスの屋敷のためでもある。それなのに、ルミナスを心配してのこととはいえ怒鳴ってしまった。


 案の定、ルミナスは食器をテーブルに置いて俯いてしまう。

「ご、ごめんなさい。そんなに心配をかけていたなんて思っていなくて……次からは気を付けますので、あの、どうか許してはいただけないでしょうか」

 後方から使用人たちの痛すぎるほどに冷たい視線を浴びながら、アトラスは後悔した。


「あー、そんなつもりではないんだが……悪かった。少し強く言いすぎたな。別にお前を怒っているとかじゃなくて……ただ、心配なんだ。ただでさえ病み上がりで、もうすぐ夜会も迫っている。ルミナスにはもう少し自分の体を大事にしてほしいんだ」

 その言葉に、ルミナスはゆっくりと顔を上げる。

「ほ、本当に、怒ってませんか……?」

 完全に怯えられているらしいという事実に頭を抱えたが、身から出た錆なので仕方がない。

「本当だ。怒鳴ったりしてすまなかった」

 少し頭を下げると、ルミナスの慌てたような声が前から聞こえる。

「い、いえ、アトラス様が気になさることではありません! 私、もうちょっと自分を大事にしてみますし!」


 意気込んで言ったルミナスに一瞬虚を突かれながらも、アトラスは笑った。どうやら普段通りの彼女に戻ってくれたらしい。

「ああ、頑張れ」

「は、はい!」

 気を取り直したように料理を頬張る少女を見て、アトラスは甘く目を細めた。



 夜会まで、あと七日といった日の出来事である。




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