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呪われ姫と浄化の悪魔  作者: 華
第三章 呪われ姫は社交界へ
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晩餐

「……?」

 アトラス・メテルヤードは訝しんでいた。

 愛する妻が病み上がりだというのに帰してくれないキールを恨みに恨んで仕事を終え、やっとこさ家に帰ったのはいいものの、肝心の妻の様子がどこかおかしい。

 いや、また病気になったとかではないように見えるし、むしろとても元気そうなのだが……。

「アトラス様、お帰りなさいませ!」

 ……ちょっと、元気すぎのような気がするのだ。

 少し青い顔をしていた朝とは打って変わって花の咲くような笑顔で出迎えたルミナスを見て、これはなにかおかしいなと首をひねった。


 そんな態度は晩餐の時にも出ていたようで、席に着いた時には、ルミナスが小首をかしげていた。

「? どうかしましたか、アトラス様?」

「いや……」

 きょとん、とした顔でこちらを見つめ返してくるルミナスを見返し、アトラスはクエスチョンマークを頭に浮かべながら質問する。

「ルミナス……今日、何かあったのか?」

「え……!?」

 すると、なぜか途端にぎくりと身をこわばらせるルミナス。

 ますます訝しむ。


「いや、今日俺が出かけた時よりも、なんだか元気になっ……」

「旦那様、お食事でございます」

 そんなアトラスの言葉を遮るように、使用人が若干不気味ともいえる笑顔を浮かべて料理を置いた。

 ガチャン、というあまり心地の良いものではない音が響く。

 一瞬フリーズしながらも使用人の顔をちらりと見ると、笑顔の中にひっそりと、「聞くんじゃねえ」という威圧的な態度が見て取れた。

(な、何事だ?)

 何が何やらさっぱりで、後ろにいるキールに助けを求めるように視線を送ったものの、こちらはご丁寧に限界まで視線を逸らしてくれている。


(な、なんなんだ、一体)

 怒りよりも先に困惑が浮かんできて、アトラスはルミナスのほうへと顔を向ける。

「ど、どうかなさいましたか?」

 こちらもこちらで挙動不審だが、使用人からの威圧がすごすぎてまともに質問は出来そうになかった。

(……最悪、寝る時にでも聞けばいいか)

 寝室でならさすがに部屋に入ってくることはないだろう。……気を利かせてくれているようだ。

(まあ、いまだに何もしないで寝ているのだが)

 正直、こんな長い期間手を出さないでいられる自分の精神はすごいと思う。 


 さて、それはともかく。

「……今日は、ちゃんと休んでいたか?」

「は、はい。一日中家に居ました」

 やはりどこかぎこちない返答だが、その微笑みに嘘はないようだ。隠していることはあっても、浮気とか、そういうことではないだろう。

 大体、つい最近まで閉じ込められていたルミナスに男との接点などはないだろうなと高を括った。


 そのあとも当り障りのない質問を続けながら料理を食べ、デザートが運ばれてきたときに、アトラスはあることを思い出した。

「ああ、そうだ、ルミナス」

「はい、なんでしょう?」

「夜会の招待状が来ている」

 端的に要件を述べると、ルミナスは瞳を瞬かせた。どうやら驚いているらしい。

「え……夜会、ですか? 私、自信ないんですが……あんまり出たことないですし」

 ルミナスにとって夜会はもはや恐怖の巣窟である。シャンデリアやワイングラスは凶器だ。

 一瞬で固まってしまったルミナスに、アトラスは精いっぱいの微笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。霊体は近づけないようにしてあるから」

「あ……そのことならサミュラから聞きました。どうもありがとうございます」

 安心したように力を抜いたルミナスは、止まっていた手を動かしてデザートを口に入れた。

 微笑んでいるルミナスに心を和ませながら、アトラスは会話を再開する。


「と、いうことだから、ルミナスも一緒に来てくれるか? 俺はあまりいい印象をほかの貴族たちに持たれていない。できればそこをルミナスにフォローしてもらいたいんだ」

 すると、ルミナスの顔が不安げに曇った。

「私、上手に振る舞えるでしょうか……自慢にはならないのですが、私は夜会というもののが苦手なので……ダンスなどもあまり学んだことないですし」

「ダンスはルイーズとサミュラが教えてくれるし、マナーなどはフィーデリアが得意だ。今から学べば十分間に合うと思うのだが……どうしてもだめだろうか?」

 眦を下げて問うアトラスに、ルミナスはうっと言葉を詰まらせた。


「……あの、本当に、私でも大丈夫でしょうか?」

 おずおずと言ったルミナスに、アトラスは少し安堵して頷く。もうひと押しだ。

「ああ、もちろんだ。ルミナスの噂はすでに広まっているからな。……キールが勝手に流してしまったものだからどうしようかと思っていたが、それが幸いして、ルミナスの評判はいいんだ」

「だから広めておいた方がいいと言ったでしょう? こういう時のためでもあったのですから!」

 自信満々ににっこりと笑うキールを、アトラスはぎろりと睨み付けた。


「嘘をつくな。お前はただルミナスのことを噂している奴らを見て、自慢したくなっただけだろうが」

「……噂、ですか?」

 小首を傾げているルミナスに、硬い表情のままで頷く。

「ルミナスはまだ社交界に姿を見せていないからな。どういう令嬢なのか、不思議がって噂をしている連中がいるんだ」

 仕事そっちのけでな……と怒気を孕んだ声を聞いて、ルミナスの頬が引きつる。


「そんな……私に噂をする価値なんてないと思うのですが……」

「いや、そんなことはない」

 遮るように言葉を重ねて、きょとんとしているルミナスにまっすぐとした視線を向ける。

「俺が何も言わないようにしているからな。どんな人でも全く情報が手に入らなければ知りたくなるものだろうし……何より俺の妻なのだから、誰もが気にするのは当然だろうな。まったく、俺をなんだと思っているのか……」

 途中で瞳をぎらつかせ、アトラスは深く息を吐き出した。

 それに少々怯えながらも、ルミナスは質問する。


「あの、アトラス様の奥さんだと、周りが正体を知りたがるんですか?」

「俺はどちらかというと恐れられているほうだからな。……どうやら伴侶になった娘の身を案じているらしい」

 それを聞いて、ルミナスはぽかんと口を開けた。

「えっと……? 私、アトラス様には感謝しているほうなんですが……? あ、そっか、そんなこと分からないんですもんね……」

「にしても俺が悪鬼みたいに語られているのは一体全体どういうことなんだろうな……?」

 二人して首を傾げていると、キールが呆れたように声をかける。


「決まってるじゃないですか。それはアトラス様の人見知りのせいですよ。奥様のおかげで少し直ってきてるんですから、この調子で頑張ってくだされば、ちゃんと部下のみなさんも認識を改めてくれると思いますけどね………………多分」

「おい」

「だって今までのアトラス様の態度といえば、優しいという言葉とは全く無縁のまさに悪魔だったじゃないですか。だから『浄化の悪魔』なんて異名が独り歩きしてしまうんですよ。考慮の余地なく、自業自得です」


 キールの淡々とした指摘に痛いところをぐさぐさっと刺され、アトラスの顔が歪んだ。

「キールさん……それは少し言い過ぎでは……」

「いえ、奥様! 少しアトラス様には現実を見ていただかなければなりません! ただでさえ不気味、不器用、不愛想と三拍子そろったアトラス様なのですから、もう少し柔らかい態度をとっていただかないと部下のみなさんとの信頼関係が壊れてしまいます! 仕事よりも人間関係に問題があるなんて浄霊屋として下の下の下ですッ!!」

 食事中だというのに(キールは食べていないとはいえ)熱弁を振るうキールに、二人とも呆気にとられてその光景を見つめる。


「はあ……まあ、俺が最終的に悪者にされているのはどうにかしたいが、とりあえず努力はする。責任の一端は俺にあるというのは分かったし、だからその傷口をぐりぐりえぐる攻撃はやめろ」

「え? こんなの序の口ですよ?」

「それ以上言うなよ!? もう十分わかったって言ってるだろ!? おい、その手に持ってるメモらしきものは何だ!」

「え? すべて書き留めてありますのでこの際暴露しまくってやろうかと。どれからがいいです?」

「書き留めてあるって何をだ!? ……いや待て言うな! 絶対言うな!」


 首を絞め殺さんばかりにキールに飛び掛かっていくアトラスを見て、ルミナスは苦笑いした。

(私の評判がどうのこうのっていうより、この二人の関係性が心配よね)

 キール、いつかアトラスに殺されてしまうんじゃないだろうか……。

 そんな物騒なことを考えながら、ルミナスはデザートの最後の一口を口に運んだ。


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