9月2日 草原の国 国王からの依頼を断る
おそらく平成26年9月2日
剣暦××年8月2日
今日は、草原の国の王ギャリク・グラスフィールド陛下に呼び出されている。
一番上等な服を着て、迎えの馬車を待つ。
従者を2人連れていくのがこういう場合の作法らしいので、二人選ぶ。
と言っても、僕の選べるメンバーなんて限られているもので、一人は案内人契約を結んだユキくんで決まりとして、もう一人はメイド達の中から一人選ぶしかない。
さすがに、デミトリは彼の社会的立場(フレイムロード家当主の叔父にあたり、クーデター阻止のために当時の有力貴族をかたっぱしからひっ捕らえた悪名持ち)を考えてやめておく。イオちゃんは、まずい。人間の子供を城に連れていくのは、よくない。何しろ、姫様を人質にして脅迫状を送った主犯である。もちろん証拠なんて残していないだろうが、もしものことを考える。
そうすると、今タカマチ家で最も戦闘力の高いレンちゃんも残しておくべきだと思う。
僕が登城したのをいいことに、法務局が僕の家に踏み込むことも考えられる。
何しろ、本当は今日は、僕を有罪にしたくてたまらない司法卿アルミナ公の査問会に呼ばれていたのだから。
もしものときには、レンちゃんには、デミトリとイオちゃんを連れて逃げてもらわなければならない。
さて、では残る9人のメイドの中から、誰を選べばいいのか。
レンちゃんに「無意識に刃物をスカートの下に忍ばせる癖のない、暴力を遣わずに物事を解決するのが得意な子はいないか?」を確認すると、沈黙が返ってきた。
いいです、そういう訓練だけされてきたから、とか言うんでしょう。
そこで「剣祖共通語が一番得意な子」を頼む。
ピコちゃんが選ばれた。
肌の色が、他のダークエルフより少し薄くて、ショートボブの銀髪を揺らして歩く、最近のおやつの時間にお茶を淹れてくれている子だ。
エルフ語しか使えないが、僕の共通語も、少しくらいなら聞き取れる。
そう、僕が話しかけた「お茶ありがとう」と「おはよう」しか聞き取れないが。
……。それで、一番得意な子なのか……。
ま、いっか。「ありがとう」と「おはよう」がわかるなら、その言語の7割はわかったようなもんだ。
というわけで、ユキくんとピコちゃんによそいきの格好をしてもらって、ついてきてもらう。
ユキくんは、全身を包む黒いコートを、前まで締めている。……夏だけど暑くないのだろか。
ピコちゃんは、ホットパンツにチューブトップと、ダークエルフの正装で、腰にエルフ刀を差している。……いや、凶器だからそれ。
レンちゃんにお願いして「あれ外すようにお願いして」と言ったら、いつものほんわか雰囲気が消えて、拒否された。
曰く、契約者を守るために、武装する権利と義務が私達にはある。
とのこと。それは、彼女らにとってはレーゾンデートルに関わることらしい。
ああ、なら無理だな。
迎えの馬車が来たため、玄関に出ると、なんかすごく偉そうにふんぞり返った迎えの使者が2人、そこにいた。
どこかで見たことがあると思ったら、法務局の人だと思う。僕の身辺調査に来たことがあるから、おぼえている。あんまりいい印象を持たれてないようだ。
剣祖共通語で何か口上を述べていたが、残念、そんな早口で難しい言葉使われてもわからないのよね。
しかし、その口上も、僕の後ろについて出てきた身長2mくらいありそうな夏なのに黒づくめの犬頭人と腰に刃物を差した護衛のダークエルフを見た途端、ぴたりと止まった。
さらに、その後ろ、9人のメイド服を着たダークエルフと、その筋では有名人の老執事がお見送りとなれば、彼らも少し緊張した面持ちになったようだ。
うーん、威嚇する気はなかったのだけれど……。
まあ、いいや。とりあえず、勝手に馬車に乗る。
続いて、ユキくんとピコちゃんも乗る。
「ボク、馬車なんて初めてなのです」
と、見た目には表情が読めないユキくんが落ち着きなさそうな声色で言った。
「※※」
なんか若干興奮した様子で、ピコちゃんもエルフ語で何か言って、窓から顔をのぞかせている。多分、ユキくんと同じようなこと言ったのだろう。
そうして、僕らが乗った後、噂にしか聞いたことのないダークエルフが自分達を睨みつけているという状況からすぐ逃げたかったのだろう。役人2人が慌てて御者席に乗り、馬車は動いた。
まあ、なんと言うか、ユキくんとピコちゃんを同行させたのは、そういう経緯があったからだ。
多分、今日の出来事を知った皆から「なんであの二人を連れていった?!」と詰問されることになるだろうから、経緯だけ、記録しておく。
今日のまとめ
・国王陛下から、紅蓮十字救命団再結成を依頼されるが、断る。
・迷子になったユキくん。姫様の部屋にうっかり入り、取り押さえられて泣く。
・ピコちゃん何をトチ狂ったのか、法務卿アルミナ公の顔面にグーパンを入れる。
ユキくんは、姫様と友達になったらしく、なんか嬉しそうだった。
ピコちゃんは、何でそんなことしたのかについて、口をつぐむ。衛兵に逮捕される前に、勢いとどさくさに紛れて、ピコちゃんは連れて帰ることに成功。
帰りの馬車で、ユキくんに、姫様からの言伝を聞く。「ホビットパン、おいしいよ」とのこと。顔色も大分よくなっているとのこと。
帰宅するや否や、レンちゃんがピコちゃんに飛びかかる。
エルフ語で叫んでいたから、何を言っているのかわからなかったが、大体の状況から、何を言っているのかはわかった。護衛として付いて行って、僕をピンチに陥れたことを、怒っているのだろう。僕はそんな気にしていないのに。
レンちゃんが拳を振り上げてピコちゃんをぶん殴りそうだったので、思わず割って入ったら、レンちゃんの右拳は僕の顔面を見事に捉えた。
今もこうして日記を書いているが、痛くてジンジンして、泣きそう。
あ、今日記書いてて気付いたのだけれど、国王陛下はわざと僕に断らせるために、謁見の間であんな頼みごとをしたんじゃないだろうか。
陛下は『剣祖カンテラと同じ名を持つ者としてのそなたの力、で人々を束ねて欲しい』と言ったが、そんなことを言われては『僕は剣祖ではありません。ただの地球人です。そんな剣祖の名を利用するようなことをしては、紅蓮十字に命を注いだ人達に顔向けできなくなってしまいます』と言うしかなかった。
多分、あれは公式の場で「高町観照は剣祖<カンテラ>とは別人である」と発言させることに意味があったのだ。
僕と神様を混同して、またはわざと混同させて、僕を神とあがめようとする人、僕を殺そうとする人、状況を利用して混乱をもたらそうとする人、それらに釘を差すための場だったのだろう。
少なくとも、あれで法務局は僕が剣祖の名を騙って財産や爵位を得ようとしているという嫌疑はかけられなくなった。
それはありがたいが、国王の依頼を断ったという悪評も同時に得ているわけで。
うう、それにしても顔が痛い。
痛すぎてご飯も食べられないし、お風呂にも入る気がしない。
体だけでも、とメイド長が濡れたタオルを持ってきてくれた。気がきく。
エルフ達の様子を確かめると、なんかレン派とピコ派に分かれて、喧々囂々n大論争をしているらしい。
……ピコちゃんは、一体何を言われたんだろうか。