9月3日 草原の国 犬人探偵ユキ
おそらく平成26年9月3日
剣暦××年8月3日
とりあえず、一晩寝て頭をすっきりさせれば、妙案も浮かぶかと思ったが、それよりも余計に顔の腫れがひどくなってることに一番の衝撃。
丸い顔がさらに丸く。
朝一番に会ったユキくんなんかは、「丸いのです」なんて正直な感想をくれた。
みんな、昨日の出来事に遠慮して平静を装っているように見えるが、僕の腫れた顔を見るたびに、口元が綻んでいた。
これはいけるかと思い、レンちゃんとピコちゃんにも「まあるい顔がさらに丸く」なんてふざけたら、余計に心が沈んだようだった。
……反省。調子に乗りすぎた。
とりあえず、デミトリと、ユキくんと、レンちゃんを集めて、今後の対応について、話し合う。
その結果、なんか事態は思わぬ方向にたどり着いてしまった。
※※
まずは、アルミナ公に詫びを入れねばならない。
僕が坊主頭にして、謝りに行くのはどうかと提案するが、まず会ってくれないだろうという結論に。あと、レンちゃんが「それなら私が坊主になります」とか言い出し、本当にしかねないので、この案はなかったことにする。
デミトリの提案で、まずは使者を立て、お詫びの手紙と品を送り相手に謝罪する許可をもらってから、何か園遊会の招待状をもらって、会いに行くのがいいだろう、ということになる。
とにかく、格下(そもそも、僕は草原の国の貴族の序列には組み込まれていないのだが)の人間の従者にぶん殴られるとか、面子丸潰しなことをしているので、気を遣いまくらなければならない。
そこら辺はデミトリ中心に動いてもらうことに。
早速、代筆家、件の赤大鬼、墨豊シュバイネハクセさんを呼んで手紙を書いてもらう。
家に来てもらい、事情を説明すると、墨豊さんは背中のリュックから筆と墨と硯を取り出し、紙にさらさらと文字を書く。そして見せる。
『謝罪文を書くのはよいのですが、一体何があって暴力を振われたのですか?』
あー、やっぱりそこに触れずには手紙は書けないか。
レンちゃんに頼んで、ピコちゃんを呼んできてもらう。
なんだか、泣き腫らした顔である。ただよかった、顔を叩かれた跡はない。
レンちゃんが、ピコちゃんに何か言った。
ピコちゃんは、悲しげな顔をしていたけれど、最後に頷いた。
「ピコも承諾したので、言います。まずは、カンテラ様、私達の問題のせいでお顔に傷をつけましたこと、誠に申し訳ありません。この落とし前は、必ずつけさせていただきますので」
いや、いいから。
結局、ピコちゃんは何があって、法務卿を殴ったわけ?
まだ、言いあぐねていたけれど、レンちゃんは意を決してついに口にした。
「その、尋常でない眼つきで、尻を舐めまわすように見つめられ続けた、と……」
……Oh
「その場を離れても、ずっと付きまとってきて、行き止まりに追い詰められると、その、触られそうになったと……」
……。
「思わず、拳を出したら、顔面にブチ込んでしまったとか」
……。ふーむ。
思わず、デミトリに訊いてしまった。
「これ、何て言って謝ったらいいのだろうか」
デミトリは、まあ予想通り
「何を、謝る必要があるのでしょうか。されて当然の仕打ちをくれてやっただけのことでございましょう?」
ああ、そういうキャラだよね、あなた。でもさ、実際に暴力をふるってしまった以上、謝罪は必要だと思うのよ。……いや、それではピコちゃんの心が晴れないのか?
レンちゃんが続けるには、そのことで、昨日の夜も二つに分かれて論争になったらしい。
痴漢野郎の腕の一本もブチ折ってやればよかった派と
主人の今後のために尻の一つも撫でさせてやればよかった派で
いやいや、違うじゃん。論点が、違うじゃん。
しかし、彼女達には大真面目な話なのだろう。
まいったなあ、どうすればいいんだ?
困ってしまってワンワンワワン状態でいると。
す、と挙手する人物がいた。
「今の話で、気になることがあるのです」
ユキくんだった。ううん、14才の男の子を同席させるよな話じゃなくなってきたなあ。
「そもそも、アルミナ公が本当に痴漢なのですか?」
……ん?
「今の話では、法務卿アルミナ公は、ただピコさんを見て、逃げたのを追いかけて、触ろうとしたというだけなのです」
いや、その文面だけで。
「このようなことを言うのは、大変失礼なのですが、眼つきとか、触ろうとした、というのはピコさんの主観なのです」
……。
「それに昨日調べたところ、アルミナ公は法務卿就任前は、警察機構のに身を置いて、特にダークエルフを利用した犯罪の取り締まりに力を入れていたのです。前線にも立たれていた武闘派だから、逃げたダークエルフを見て反射的に追いかけることも、十分に考えられるのです」
よく調べたね。
「もちろん、現場を見ていないボクが、想像で反対意見言っているだけなのです。どちらが正しいのか、証拠は何もないのです。ただ、事実だけで考えるべきだと思うのです」
「ここでの事実とは、何なんだい?」
「ピコさんは、アルミナ公に恐怖を感じて、暴力をふるってしまったこと。それと、アルミナ公は軽傷を負ったこと。仲間の言葉を疑うようなこと口にして、ボクは最低な奴なのです。それでも、とてもデリケートな問題だから、ちゃんと考えるべきだと、思うのです」
うーむ。ユキくん、一番若いのに一番正論かましたね。
「しかし、心の問題というのは、そう整合性だけでは片づけられないのも、事実だよ」
「はい、ボクも、そう思い、何故整合性にかけた行動をアルミナ公が取ったのか、さらに調査を続けたところ、このようなものを入手したのです」
ユキくんは一枚の小さな肖像画を取り出した。
絵には、アルミナ公と……ピコちゃん?
「アルミナ公の家に飾られている絵画の複製なのです。これは、10年程前に描かれたアルミナ公と、亡くなられた一人娘のリジー嬢の肖像画とのことなのです」
?!?!
「じゃ、じゃあ何? 亡くなられた娘さんと生き写しのピコちゃんを見て……」
「思わす追いかけてしまった、というのが真相ではないかと、僕は睨んでいるのです。だから、なんでも良いから手紙を送っておけば、必ず向こうから働きかけがあるはずなのです」
そこまで説明して、また表情の読めない顔で押し黙るユキくん。
レンちゃんは、驚き過ぎて、口元を覆っている。デミトリは何やら思案げに顎をなでている。
日本語で会話をしたために、一人、話に追いつけていない当事者のピコちゃんが、頭に?マークを掲げていた。




