8月11日 オークの国 アイスバイン陛下と会食 竜宮巫女の到着
おそらく平成26年8月11日
剣暦××年7月11日
オークの国オーバーラブ
王都グレーテルオーバーラブ
王城内『朝食の間』
結論から言おう。なんとかなった。
オーク王アイスバイン・オーバーラブは、草原の国との貿易に関する条約に対して検討してくれることになった。
ぶっちゃけ、中身はまったくない。正直、関税が何割とか、どういうものに流通規制がかかるのかなんて、部外者の僕にはさっぱりわからない。
それは、お互いの国の専門官同士が決めればいいことだし、その橋渡しは正規に雇われるだろう別の『案内人』がすることだ。
僕とジンさんは、とかく二つの国が交渉のテーブルにつくということを確約してもらえれば、それでいい。これを、草原の国の王様に報告すれば、僕がスパイでないと言い張れるし、姫様の命令で動いていたと言えば、なんとか言い訳が立つ。
いや、潔白を証明する証拠にはならないだろ、世の中そんなに甘くないとジンさんも言うが、僕はこの世界について、一つ学んだことがある。
大きな声でごり押しして周りの空気を味方につければ、大抵のことはなんとかなる!
僕はそれで小人贋作事件も、大鬼裁判も、竜山脈戦争も魔王復活騒動も、三姫一魔会談も、すべて乗り切った!
後は他の仲間と合流し、草原の国を目指すだけだと思ったら、なんと彼女たちが来てくれた。
喋る竜の王グーガガ・メルディナン・ショートケーキと双子の巫女。
これは僕の日ごろの行いのよかった証だろうか? まあ、冗談はおいといて、助かった。
これで、空路でレスナー山脈未踏破地域を目指す。
つもりだったのだが……。
※※
会ってみてわかるのだが、王様とかお姫様とか人よりも上の身分に立つ人は、なんというか、あはり普通の人とは違うオーラを放っている。
教育の成果なのか、血筋がもたらすものなのか、物腰や動作の一つ一つが、気品ダダ漏れである。
2.5m程度のオークにしては低い身長
伸びた背筋。老齢なのだろうか、しかしたくましい筋肉と灰色がかった肌を赤いマントで包む。
豚か牛か、何か数種類の草食獣を混ぜたような風貌の顔にある、人間のそれと同じ眼と、下あごから頭のてっぺんくらいまで伸びている牙が印象的。
でも一番目立つのは、その腰につるされた、硬い岩から刳り出したであろう、太く大きな棍棒。
もはやアイデンティティなのだろう。
国王アイスバイン・オーバーラブは、朝餐会に招くという形で、僕を城に招いてくれた。
やはり、草原の国とは違いジンさんの同席は許されなかったが、そこは王族。
アイスバイン王は、日本語ばっちりな人だった。
見た目から年齢はわからないけれど、2人の王子がいるのだから、それなりに年かさだろうに、ずっと若造で異世界人という胡散臭い僕にも、礼を失することなく、アイスバイン王は僕に穏やかで丁寧な言葉遣いだった。
「分断主義とは言いつつも、やはり陸続きの他国を無視することはできませんから、文化としての鎖国は続けても、もちろん、異国のことを学ぶことは忘れません」
朝食の間、給仕の他は、王様と僕の二人だけ。オークサイズの食卓で、お子様用の椅子と皿を出してもらって、僕も朝食をとる(身長190cmはここでは子供の身長なのだ)。王様は器用に茶碗と箸を器用に使い、米を平らげていく。
ああ、白米。
この世界に来てから、食べることはないと思っていた、僕の文化の源。
大鬼の国オーバーラブ。
渓流の国と呼ばれる通り、水源が多く、国内をいくつもの渓流が流れ、湖畔がいくつもあり、暑い夏も快適に過ごせるキャンプに最適な自然あふれる国。そして何より、剣祖文明圏で唯一、稲作をする国。
素晴らしい。
……いけないいけない。本題からそれる。
「陛下、実は」
「ラタトゥイユ(キログラムさんの本名)から、聞いています。グラスフィールドとの関税条約の件ですね。よろしいですよ」
話早いな。
「私はもともと、草原の国との国交を回復させる時期がきていたと思っていましたから、渡りに船の話だと思っていたのです。ただ、前回の使者殿は、その、『経典』に反する行為が多すぎましたせいで、周りから誤解を受けてしまったようです」
ぶっちゃけ想像できる。
天パリ過ぎて、連れてきた『案内人』の忠告も耳に入らず神経逆なでまくるフレイムロード卿の姿が。あの人、悪い人じゃないんだよなあ。気のいいお坊ちゃん気質って言うか、多分、自分は名誉ある特使として選ばれたから、ちゃんと周りから偉い人に見られるように、頑張って偉ぶってみせたんだと思う。悪気はない分、タチが悪いの典型だと、よく姫様も言ってた。
しかし、よその国の王様に気を遣わせてしまって、なんというか、非常に、申し訳ない。
「返す言葉もございません」
思わずぱくぱく食べてた茶碗を食卓に戻す。
「いえ、いいのです。我々が『経典』などと言う自分たちのルールを優先するばかりに、失った友好は、多い」
いえ、今回は完全にこっちの失態ですし。
「親書は用意しました。食事の後、家臣が渡しますので、どうぞ存分にお使いください」
至れり尽くせりで逆に申し訳ない。
「私の妹を救ってくださった礼、これで返したとは思いませんが」
あなたの妹を交渉の出汁に使いましたごめんなさい!
「……リーヨンが私達と会うことを拒むのは、やはり憎んでいるから、なのでしょうか」
「それは違います」
それは、違います。
今まで口ごもっていた僕が突然はっきり喋ったから、すこし驚いていた。けれど、ここだけははっきり言わなければならない。
「あの子は、家族とわかった相手を憎んだりできない子です。今も、まだ戸惑いが大きくて、心の整理が追いついてないってだけです」
「……あなたが言うのなら、そうなのでしょうか」
「これまで仲間もなくて外国でひっそりと暮らして、自分の家族がいるかもしれないと思ってここまで来て、実はこの国のお姫様でしたって言われたらびっくりしますよ」
「血はつながっているとは言え、あの子は見た目は人間です。私たちを、私たちの国を受け入れてくれるでしょうか」
リーヨンちゃんも、まったく同じことを悩んでいるんだと説明するべきか悩んだけれど、それは、彼女とこの人が会って話すべき問題だと思い、省略。僕の一番言いたいことだけ言う。
「大丈夫。リーヨンちゃんは、半分オークだけれど、一番いいところを受け継いでいますから」
「カンテラ様、あなたにとって、オークの美点とは何なのでしょうか」
う……。なんだろう、感覚的な部分だから、うまく言語かできない。え、えーと。
「正直なところ。おいしいご飯を食べたら、おいしいってちゃんと言えるところ。綺麗なものを見て綺麗って言えるところ。悲しい時に、悲しいって言えること。そんな、心の在り方、かなぁ」
しまった、疑問形で終わってしまった。
しかも、王様滅茶苦茶下向いてる。
……? 祈ってる?
「カンテラ様、ありがとうございます」
あ、やばい。この人もカンテラ様モードになってる。
なぜか、この国の人は僕と神話の『剣祖カンテラ』を混同する時があるらしい。
やばい。
何がやばいって、こうなると元に戻るまで時間がかかるってところがまずい。
今すぐにでも旅立ちたいのに。
困って無言でいると、なんか部屋の外が騒がしくなる。
大きな足音がして、大きな音で扉が開かれ、大きな体の鎧を来た衛兵大鬼が、大きな声を出した。
「陛下、一大事です。り、りゅ、竜が、王都上空を飛来しているとのことです!」
流石にその報には王様も眼を覚ます。世界に後4体生存していない竜の1体が飛んできたらね。
中庭に降り立った竜は翼長50mの、世界最大の竜メルディナン種。そして、メルディナン種最後の1体である彼の名もメルディナン。
『ashtasiurgsk』
「グーさん、だから僕ドラゴン言語喋れないって」
『sdzu? a--「あー、あー、お前は確か日本語だったな、これでよいか?」』
「ばっちりばっちり」
喋る竜、その最後の4が1。グーガガ・メルディナン・ショートケーキ。
「お久しぶりです、グーさん。ところで、あの二人は?」
『「おー、来とる来とる。ほれ、シズ&トモ、挨拶せんか」』
そして、彼の首の後ろに隠れている影二つが、ひょっこりと顔を出し、僕を視認するや、巨竜の背中から飛び降りた。
それは、二つの人型。
まあ、二人の少女。
なぜか、巫女服来た、女の子二人。
「カンテラ様!」
「カンテラ様!」
グーさんに仕える、竜巫女というらしいが、黒髪の双子の少女が、僕の上に着地した。
「ぐえっ」
「お久しぶりですわ! 爺を急かして飛んで来ましたわー!」
「お久しぶりですわ! 爺を急かして飛んで来ましたわー!」
いくら少女とは言え、位置エネルギーを持った物体二つを受け止める力は僕にはなかった。倒れる。
「ぐえっ! 重い!」
「ひどいですわ! それは淑女に向かって言うセリフですの?」
「ひどいですわ! それは淑女に向かって言うセリフですの?」
淑女は、人に飛び乗らない。
「しゅ、淑女は人に飛び乗らない」
「まあ、いいですわ。お久しぶりですわ、また会えるなんて、とっても嬉しい!」
「まあ、いいですわ。お久しぶりですわ、また会えるなんて、とっても嬉しい!」
シズカちゃん、トモエちゃん、それは抱きつくのではなく首を絞めているのだ。
双子にじゃれつかれている僕を見てゲタゲタ笑ってるグーさんに、王様が何か話しかけていた。
さすが国王様は、ドラゴン言語も堪能だったらしい。
話が終わり、現状を理解したらしいグーさんは、僕を見下ろす。
『「なるほどのう、ここでも姫を誑し込んでおったか」』
ねーよ。
「そんなことありませんわ! カンテラ様は私の夫となる方」
「そんなことありませんわ! カンテラ様は私の夫となる方」
とりあえず、首絞めるのやめて。
「二人とも、手紙読んでくれた?」
「モチノロン、ですわ! さあ、そこの爺ぃに乗って、草原の国へ向かいましょう!」
「モチノロン、ですわ! さあ、そこの爺ぃに乗って、草原の国へ向かいましょう!」
「いや行くのはドワーフの国。そこで、他の仲間と落ち合うから」
とりあえず、二人を引き剥がして、朝飯を食べなおすことにした。
食後、王様に礼を言って、そして、僕は双子と一緒にグーさんの背中に乗せてもらい、空路、集合の場所レスナー山脈未踏破地域へと飛翔……
「止めて止めて止めて止めて! グーさん、シズカちゃん! トモエちゃん! 降ろして! 降ろして! 降ろして! 恐い! 高い! 恐い!」
自分が高所恐怖症なのを忘れていた。
「『気分殺がれるのー」とか言うドラゴンの戯言は無視して、中庭に再着地。
あー、朝飯戻すところだった。
降りたところで、見送ってくれていた王様と
僕たちが乗ってきたダチョウの手綱を握って連れてきたジンさんに見られる。
「カンテラ、お前何をしているんだ? ……ていうか、俺のこと忘れてなかったか?」
そんなことないし、うっぷ。
巫女の双子は、ジンさんを見ると急に眼を見開く。
「カンテラ様、まさかこの腐れ犬と二人旅?! わ、私も一緒に陸路で行きますわ!」
「カンテラ様、まさかこの腐れ犬と二人旅?! わ、私も一緒に陸路で行きますわ!」
なんか獣頭人のいらっとした顔、久しぶりに見た。
「カンテラこいつらぶん殴っていいか?」
「駄目だって、一応竜宮巫女なんだから……二人とも、グーさんはどうすんの?」
「イイ年して迷子になることもないでしょうし、勝手に飛ばしてやりますわ!」
「イイ年して迷子になることもないでしょうし、勝手に飛ばしてやりますわ!」
おいおい。
すると、ないアゴヒゲをなぞるような動作をして、竜王様は一言。
『「こいつら、ワシのことあんまり敬ってないよのー」』
あんたの教育の成果でしょうが、というのはやめといた。
生贄に放り出された赤子二人、ここまで育てるとは竜だって難しいだろうに。
なんだろう 反抗期? 反抗期なのか?
とりあえず、双子には先に空を言ってもらい、僕とジンさんは、陸路、来た道を戻る。
国王陛下の親書は手に入れた。
すべてが終わったら、もう一度リーヨンちゃんに会いに来なければ。