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かんてらOverWorld  作者: 伊藤大二郎
草原の国へ帰ろう!ドワーフの国旅行編
23/363

7月31日 星の奇麗な夜と、ジンさんのご先祖様が占い師だったという話

 おそらく平成26年7月31日

 剣暦××年6月31日


 ドワーフの国 無風の荒野

 星詠み石場



 僕の実家も、どちらかと言うと田舎で、夜になると明かりもまばら。

 晴れた夜には星がよく見えた。特に夏の夜天は、それはもう星が輝いていた。

 しかし、異世界の夜は、そんな次元ではない。

 満点の星空。

 電気の光もなく、焚火が消えてしまえば、影が輪郭をなくすほどの闇。

 闇の中、目が慣れてくると、うっすらと星の光に照らされて、じっとこらえる草木、わずかに揺らめく動物、隣に座るジンさんがそこにあるのがわかる。

  ビルも民家もない荒野。遮るものがない天頂に目を焼いてしまいそうな程輝く一等星。

 地平線、天と地のぎりまで敷き詰められた七等星。

 星の海の下に一人。

 澄んだ空気を、肺に取り込むのを実感して、

 この世のすべてがここにあるような気さえしてくる。

 昔から、星の動きを見て吉兆を占う人というのはいたらしいが、なるほど。

 星の動きと人の運命にどう関係性があるのかと僕なんかは思っていたが、なるほど。

 この風景には、そう納得させるものがある。

 久しぶりに見上げた空に感銘を受けた。 






 久しぶりの野宿の旅。

 夕暮れ、どこか適当な寝泊まりできる場所をとあたりを探っていると、偶然見つけた、石の建造物。

 大きくて平らな石が、環状に並んで直径50メートル程の円を作っている。ジンさんの話では、古代人が作った祈祷所の名残だとか。

 写真で見たことのある、ストーンサークルにそっくりだ(僕は日本から出たことがないからストーンサークルの実物なんて見たことないけれど)


 不気味というか、畏敬というか、なんだか神聖な場所なのはわかったから、拝遠目に拝んでさっさと離れようと思ったら、ジンさんが「中に入ろう」とか言い出した。

 彼がそういうことを言い出すのは珍しいので、中に入ってみることにした。





 ※※


「ここで、野宿するのはいいけれど、でもいいの? こんな明らかに神殿で焚火なんてしちゃって?」

「いいんだよ、この石場はもともとムーゲン・メロディア族が使っていたものなんだから」


 火に薪をくべながら、ジンさんは答えた。


「ムーゲン・メロディアってジンさんのファミリーネームだよね。何? もともとここの生まれだったの?」

「獣頭人は定住する土地を持たない。母は俺を草原の国の漁村で産んでくれたが、生まれた俺を抱いて、すぐに旅に出たから、生まれ故郷というのではないな。説明するといろいろ長くなるんだが……」


 どうやら、あまり触れられたくない部分のようである。なら、無理に訊く必要もないな。


「そっか。茶うまいね」

「……俺の先祖は、占い師をしていたらしい」


 言いたいことがあるなら、自分から言うだろうから。それだけ聞けば、それでいい。


「星を詠んで吉兆を占うってやつ?」

「そういうやつだ。で、ここはその祭壇だな。流れるように旅をして、ふらりと石場に訪れては祈り、その地に住む民に言葉を託し、代わりに貢物を受け取る。そうやってその日を暮らしていた」


「すると、こういう祈祷所が、世界中にあるってこと? 全部、ジンさんの一族が使ってたの?」

「獣人族は、いくつもあったからな。共同利用だった」


 社会を円滑に運営していくには、社会の体制に組み込まれない、特殊な位置に立つ人間が必要になってくる。

 この世界では獣の顔をした人が、それに当たるのだろう。


「ご先祖様もすごい人たちだったんだね」

「この顔で人の世と交わるためには、そういう立ち位置しかなかったという話さ」


 けれど、少しだけ声が優しくなってる。ジンさんは、ご先祖様や自分の一族のことを話す時、少し和らぐ。

 そういうものを心のよりどころとして、一人生きてきたのだろう。

 強い人だと、思う。



「けれど、ある時を境に、獣頭人は剣祖文明人の下に取り込まれた。不可侵の託宣の民から、怪しげな案内人になってしまった」


 ジンさんは夜の酸素を吸って、赤く光る火を見つめながら、少しだけ説明してくれた。

 七つの国がお互いに不可侵を保つために取った政策の一つ、枠外巡礼者不可侵協定。

 案内人に対する危害を加えることの禁止と、彼らに対する優遇措置。

 当初、各国の均衡を守る役目を負った案内人を助ける素晴らしい案だと思われた。けれどそれが、暗黙の了解の中で守られてきた占い師の神聖性を奪ってしまったことに気付いたのは、それから10数年して、獣人差別が露骨に問題になった後だった。



「俺たちは自力で石場を巡礼し、祈りをささげなくても各国の依頼を受けて旅をするだけで、生活できるようになった。代わりに、保護されているという立場に甘んじなければならなくなる。人々は優遇されすぎる我々に大して、敬意を持たなくなったし、我々自身も命がけの旅をしていた物語を伝承しなくなった。別にそれはそれでいいんだ。おかげで、収入は安定して、俺の部族の平均寿命も伸びたし、若い未熟なものを無理やり外に送り出すこともなくなったから。今の旅だって、命がけの場面は多い。劇的な悲劇に見舞われたんでもない。けれど、こうしてかつての名残を見ると、想う時がある」


 何を想うのかは、口にはしない。けどしなくていいのだ。言いたくないことは、言わなくていい。


「僕は、ジンさんが案内人してくれてて、助かったよ。おかげでこの世界に放り出されても生きていられる。もし、最初に紹介されたのがジンさんでなかったら、僕の旅はこんなに充実していないと思うもの」


 ジンさんは、火を前に、天を見詰めた後、瞑想の姿勢に入る。


 今から何十年前も。この星の下、この石場で、こうして祈る誰かと、その言葉を待つ誰かがいたのだろうか。

 夜になると、なんだか恥ずかしいことばかり言ってしまう。


 ジンさんは、そうか、と一言口にした後その話題については一言も触れなかった。

 それから五分もしないうちに、僕が大きなあくびをして、寝ることにした。


 明日は、ドワーフの国西部で一番大きい町に着く予定


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