Act:01《電脳世界の戦士達》Ⅰ
ゴーグル型ディスプレイを額まで持ち上げ、視界を確保する。
ゲームパッド型デバイスを持っていた右腕を、開いたり閉じたりして現実の感触を確かめる。
帰ってきた、と表現するのはいささか重傷(ゲーム中毒的な意味で)だろうか。
とはいえ、ゲームに集中しすぎると、どうにも現実世界から乖離してしまったような感覚がある。
別にゲームの中に意識を投影しているわけでもなく、どこかのSF小説みたいにゲームの中にダイブしているわけでもない。
どこにでもあるような携帯デバイスを使って対戦ゲームをしていただけなのだ。
まぁ、クラウド技術の発展のお陰で、デバイス自体のスペックはそこまで要求されなくなったのはありがたい。
ハイスペックなゲームでもクラウド上で(要は外部のサーバー上で)起動させているからな。
デバイスはあくまでそこまでのアクセスツールでしかない。
ディスプレイはデバイスの処理に頼らないよう(過負荷を掛ければ多少なりとも動作に支障が出るため)高性能なものを用意してあるし、デバイスそのものもゲームパッド型なので操作はかなり快適だ。今となっては身体の一部のように馴染んでいる。
俺は休憩がてら身体の筋を伸ばしていると、向かいの席から情けない声が聞こえてきた。
「うぅ~~、また負けたぁ~~」
四人掛けのテーブルに突っ伏しているのは燐緒……、おっと、それは違った。
【燐緒】は電脳ゲーム内での彼女のハンドルネームであり、本名は煉堂獅月という。
ちなみに仲間内での愛称はシズ。シヅでないのは、大抵の人間がシヅと聞いてシズと勘違いしてしまうからだったりする。何を隠そう、シズ本人が間違えていた。いや、お前の名前だからな、それ。
とにかく、今ここにいるのは本人なのだし、別にオフ会というわけでもないのだから、ゲーム内の呼び方を引き摺る必要性は特にないだろう。
「くっそぉ~! なぁ、カエデ。もう一回やろーぜ! 次はゼッタイあたしが勝つから!」
シズはテーブルにしなだれかかる片側ポニーテイルを振り乱して、いきり立つ。
ちなみにシズの髪型は、ゲーム世界と一緒の右ポニー。色はさすがに赤毛ではないが、鮮やかな茶髪に染めている。
服装は学校帰りということもあって、制服だ。
ブレザー型の制服だが、ネクタイはズルズルに緩めてあるし、ボタンもいくつか外している。
にもかかわらず、だらしないというよりは、快活な印象を受けるのはゲーム内と同じく彼女の外見が綺麗だからだろうか。
ゲーム内と現実世界とで外見を変更しておくのはごく一般的なことだ。プライバシー的な兼ね合いもあるのでむしろ推奨されているくらいなのだが、中には例外もいる。
シズは自分とそっくりなアバターを使用しているのだ。違うのは服装と髪色くらいだろう。
それは外見に自信があるからか。あるいは新しい自分を創造するだけの想像力がないからか。……たぶん後者のほうだろうな。
そんな彼女を、俺は心底残念に思う。楚々としていれば可愛いだろうに、全く。
俺はそんな想いを溜息として吐き出して、シズに向き合ってやる。
すると俺の心境を代弁したかのように、横合いから声が飛んでくる。
「あははは。カエデに勝つのは、いくらシズでもちょっと無理じゃないかなぁ」
俺の隣で少し遠慮気味に微笑んでいるのは玖崎鋼一郎。通称コウイチ。こいつも対戦ゲーム、『電脳ヴァーサス』のプレイヤーの一人だ。
制服のボタンを第一ボタンまで留めるというちょっと生真面目な草食系男子で、基本は優しい好青年なのだが、気の知れた相手にはちょっとだけ意地が悪い一面がある。
まぁ、牙を剥いてこの程度なら可愛いものだろう、と俺は思う。
何を隠そう、自分で言うのもなんなんだが、俺の性格はもっと悪い。もっとずっと悪いほうだ。
まぁとにかく、今回の対戦では、一対一というルールの制限上、彼には観戦をしてもらっていたのだ。
「なんだよー! コロ助のくせに!」
「ちょ……! コロ助じゃないって言ってるだろ!」
頬を膨らませたシズと顔を真っ赤にしたコロ助……もといコウイチがじゃれ合い始めた。まぁ当人たちにとってみれば、じゃれ合いではないのだろうが。
俺はというと、揺れるテーブルの上でメロンソーダが倒れそうになったのを慌てて支えていた。
やれやれと溜息を吐きつつ、俺はシズのコーラとコウイチのジンジャエールも一緒にテーブルの端へ寄せた。
ここまでくれば安全圏だろう、と肩の力を抜いていたら、コウイチが背中からテーブルへ落っこちてきて、何もかもひっくり返しやがった。
どうやら、俺の気遣いは全て徒労に終わったらしい。
っていうか、なんで背中から落っこちてくるの? ホントびっくりだよ。飛空石でも持ってるんじゃなかろうな。
結局、店員さんにこってり叱られたのち、俺たちはすっかり消沈したまま別れる。
出入り禁止にならなかっただけ幸運だろう。あの店は絶好のバトルスポットなのだから、出禁になるのは正直惜しい。
薄暗い路地を通って、自宅へと帰還する。
家には家族と、愛しいPCがある。
俺は制服を脱ぐのも億劫に感じながら、愛機のスイッチに手を触れる。
さっそく起動させたソフトは『電脳ヴァーサス』プログラムだ。
携帯デバイスだけでも大抵のことはできるが、操作性やマシンスペックは較べるべくもない。
今日得たデータから、スキルや装備を見直し、あらゆる戦局に対応できるベストな環境を構築する。
俺にとって、それは至福の時間だった。
三度目の「ご飯よー!」の声で俺は作業を一時中断し、リビングへ降りる。
暖かい食事と朗らかな家族(もちろん母だけは朗らかとは言いがたい形相で睨めつけてくる)が迎えてくれる。
これが俺、【エデ】こと断原楓のいつもの風景なのだった。
◆紹介回です。
世界観というか、雰囲気というか。そんなものを漂わせるだけのお話です。
◆某作品との相似点
主人公と幼馴染による三人組。
この点がまず一つ目の被りでございます。
違うところは、恋愛要素の配置と、おとなしめの彼がメガネキャラでないというくらいか。
あと、女の子も可愛らしさよりは砕けた感じを目指しているのも独自要素です。




