Act:00《その世界、電脳ヴァーサス》
風に、落ち葉が流されてゆく。
辺りには枯れかけた古木がポツポツと立っている。
天候は薄雲。日の光は透過しているものの、どこか薄暗い印象を残している。
足下にはほとんど草が生えていない。石もほとんどが取り除かれており、馬車の通行が多いのであろうことは容易に予測がつく。
俺はそこで立ち尽くしている。
こんなところですることなど何もない。だから周りには人っ子ひとりいやしないし、それどころか獣の気配すらない。
ならば何故こんな所に俺はいるのかというと、それは約束があるからだった。
そうでなければ、こんな何もない寂れた場所で待ちぼうけなどするものか。人恋しければ賑やかな場所などいくらでもある。
……などと考えていると、前方からわずかな物音が聞こえる。
数回鳴るうちにそれが足音なのだとはすぐに分かった。
前方に人がいる。となればその相手は約束の相手に他ならないだろう。
丘の下方からようやく人影が顔を出した。
特徴的な赤い髪。それを右側頭部でまとめた目立つ髪型は、もはや疑いようがない。
【燐緒】。
それがあの少女の名前だ。
顔だけ見れば年若い町娘のようだが、服装は忍者と修行僧を足して二で割ったような独特な戦装束。
そして、拳には籠手を装備している。
とても世に忍べそうにない、赤と黒の配色がなされた目立つ色合いの服装だ。
それもそのはず、あの女は密偵でも暗殺者でもない。格闘家だ。用心棒みたいな働きもしょっちゅうしている。
気性は荒く、男勝り。そのうえ、負けず嫌いとなんとも残念な女だ。
顔だけは綺麗なのだから、しっかりと着飾れば相当な人気者になれるだろうに、と思わなくもない。
だが、あの竹を割ったような性格は、それはそれで需要はあるらしく、周囲に人の輪は絶えないらしい。
結局得をしているのか、損をしているのか、どうなんだろうか。まぁどうでもいいことか。
俺がしばらく思考に耽っていると、燐緒は俺からある程度の距離を取ったところで立ち止まった。
――面白い。
俺はそんなふうに、口元を緩める。
丁度、俺の間合いの一歩外だったからだ。
狙ってやっているのかどうかは知らないが、不用意に近づかないところを見ると、随分と腕を上げているように思う。
「今日こそは勝たせてもらうぞ! エデ!!」
そんな口上を述べ、少女は構えを取る。
俺は右手に持っていた【果たし状】を放り捨てる。
場所と時刻が書かれた紙切れが風に煽られて飛んで行く。
「せっかちなヤツだな。……まぁいい。俺も退屈していたところだ。……少しは愉しませてくれよ?」
「なにぃ!?」
俺が刀を構えながら言うと、予想通り、燐緒は挑発に乗り掛かっている。
――もう少しだな。
あと少しだけ押してやれば、こいつは簡単に引っ掛かるだろう。俺は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「何度負ければ、気が済むんだろうなぁ……。この男女は」
「ぐ、ぐむぅ……」
唸り始めた。犬か? 犬なのか?
どうやら、まだ押しが足りないらしい。仕方がない、もう一押しだ。
「……二十秒。お前ごとき、それだけあれば充分だな」
「ぬぎぎぃ……!」
怒りを我慢しすぎてか、なんだか酷い顔になっている。さっきちょっとでも褒めたのは間違いだったか。
そんな、悪鬼羅刹の仲間入りを果たしそうな顔つきになった燐緒が、猛烈な勢いで突っ込んでくる。
「――ォォォオオオオオオオッ!!」
猛々しい吠え声と共に、始めに繰り出されたのは右の豪腕だ。
掠めることもなく、余裕を持ってこれを躱した。
燐緒の持つ籠手は見た目以上に重量がある。もろに食らえば骨折は免れない。
それゆえにその対応は慎重にならざるを得ない。
次に繰り出されたのは、左拳だ。
俺が躱した右方向へ狙いを定めた一撃。
――これは少し危ないか……!
俺は今度は左方向に回避した。燐緒の右拳は既に引っ込められていたため、躱すだけの空間は充分にあった。
だが。
燐緒は突き出した左腕を、今度は引っ込めずに旋回させた。裏拳だ。
後頭部に籠手がぶつかり、俺は苦痛に顔を歪めた。
思っていた以上に燐緒は冷静だった。
あるいは、俺が油断をしすぎていたということか。
確かに傷は負った。だが、勝敗が決したわけではない。
燐緒は俺が姿勢を崩したのを機と見たのか、そこから猛攻撃を仕掛けてくる。
俺はそれを躱しきれないと悟り、ときには膝で、ときには肘で、ときには鞘にしまったままの刀の柄で受け、辛くも受けきることに成功した。
そして、十数回の連撃ののち、燐緒は飛び上がった。
連続攻撃からの、トドメの一撃ということだろう。
確かに今の俺には、もうそれだけの威力の攻撃を受けきる体力は残っていない。
食らえばもちろん、たとえ受け止めたとしても敗北あるのみだ。
だが、燐緒。お前は勘違いをしていないか?
連続攻撃というものは、的確に着弾させてからでないと連ねる意味がないということを。
本来なら防御された時点で、攻守は入れ替わっているものだということを。
そして。
そのトドメの一撃には、大きな隙があるということを。
俺は右腕を腰だめに回した。だが、刀は掴まない。
抜刀は、まだしない。
俺は視線を上へ向けた。
そこでは飛び上がった燐緒が、今まさにその必殺の一撃を振り下ろそうと、裂帛の気合いを放っている。
そこに。呼吸を、合わせる。
相手が息を吸い、それに合わせるように、自分も息を吸う。
その瞬間、相手は自分になり、自分は相手になる。
時が止まる。そう、錯覚する。
そして、次の瞬間にはもう、勝敗はほぼ決していた。
跳び上がった俺は腰に回していた右腕を、振り払う。
燐緒の放とうとしていた必殺の一撃が、寸前で妨害された形だ。
地に落ち、慌てて立ち上がろうとする燐緒の背後から、蹴りの一撃を浴びせる。
続けてよろめき、なんとか立ち上がった燐緒へもう一撃、掌打を加える。
一撃食らう度に、燐緒はふらふらと千鳥足になっている。
それも当然だ。もっとも隙が生まれたところへ大振りの一撃を直撃させたのだから。
さっきの燐緒とは立場が正反対となった形だ。
だが、明確な違いがあることには気づいているか?
攻撃は、きちんと直撃させれば、その後の連続攻撃も全て直撃させられる。連ねるっていうのはこういうことなんだよ、燐緒。
あと、勘違いしている連中も多いが、そもそも【必殺技】というものは、相手を一撃で沈める技のことを指すのではない。
その一撃をもらえば、その後の巻き返しができないからこその【必殺技】なのだ。
しかしまぁ、強いて『一撃で相手を沈める技』として挙げるのなら、【必殺技】とはこういう技のことを言うのだろう。
俺は今まで抜刀していなかった刀の、鍔を親指で持ち上げる。
そこには、まるで刀が身体の一部であるかのような一体感があった。
再び、時が止まったかのような錯覚が押し寄せる。
呼吸は、――もはや合わせるまでもない。
すでに一体と化しているのだから。
だからこれは予定調和だ。
斬るのではない。意識の淵をなぞるだけだ。
そして、一閃。
俺の【居合抜き】が、燐緒の残り少ない体力を根こそぎ奪い去ったのだ。
音もなく、影もなく、呻き声すら上げることもなく、戦いは終結した。
祝砲のごとき爆音が耳に響き、視界の中央には
【K.Ο.!!!】
の文字が表示される。
俺はそれを目の端で捉えながら、振り抜いた刀を鞘へ収める。
それを合図にしたように、俺の意識は電脳の世界から、現実世界への帰還を果たしたのだった。
[act:00]
◆タイトルからモロバレだとは思うのですが、一応、act:00を最後まで読むとゲームものだと分かる仕組みになっております。
◆そんなわけで新作です。もともとは新人賞用に進めてた原稿だったのですが、僕の大好きなラノベとの共通点が複数見つかったため、オリジナル作品としての体裁を保てない可能性があるとの判断から、ネット公開に切り替えることにしました。
現段階ではさっぱり分からないかもしれませんが、第一巻分の内容を書き終わる頃にはお分かりいただけるかと思われます。
全ては亘里の不徳の致すところであり、不快感を覚えた方には申し訳ないばかりでございます。
◆とはいえ、個人的にはパクリではなく、あくまで相似程度の段階だとは思うのですが、もちろん判断は読んだ皆様に委ねます。
う~ん、どうしてこうなった……。
◆ともあれ、ゲームを題材にしたバトルものです。ギャグやバトルが好きな方に楽しんでもらえるようがんばります。よろしくお願いします。




