良いのか悪いのか!!?
隠れ家の森を抜け出たところで俺たちの前に現れたのは、流れるような長い黒髪に小さな角を持つ妖艶な鬼女──
「…… 綺紗ちゃん」
警戒感を滲ませる彼方に、笑みでのみ応える。
と、その時
「何の用だ?」
綺紗と俺らを遮るように立ち、天音が鉄扇を綺紗に向ける。
それは牽制…ではなく敵意。
友好的とは程遠い態度の天狗二人に、
「紅牙に会いたかった、と言えば……納得してくれるかしら?」
「……できるわけねぇだろ」
ピリリと張り詰める空気。
「用がねぇなら消えろ」
天音の言葉に綺紗は笑みのまま、怯むどころか挑発的な眼差しで見つめ返す。
「少なくとも鴉天狗には用はないわね」
「あぁ?」
バチッと火花が散りそうな緊迫感。
「ちょっ……天音!?」
一触即発な雰囲気に慌てる俺。
その横から
「天音」
彼方が天音を制止する。
その珍しく真面目な声音に、舌打ちしつつも鉄扇を下げる天音。
だが綺紗は気にするそぶりもなく、天音の横をすり抜けると
「……で、その後…どうなの? 紅牙」
「!」
俺の顔を覗き込む綺紗。
何度顔を合わせても、この香りに頭がくらっとする──
「まだ思い出してくれないの? ……私のこと」
そう言って俺の頬に触れようとする手を彼方が遮った。
「綺紗ちゃん、なんでここに?」
その言葉に綺紗は小さく笑う。
いくら妖艶な視線を向けようと、彼方は真っ直ぐにその琥珀色の瞳を向けるだけ。
一瞬の攻防のような、ぶつかり合う視線。
「ふっ……ほんと、相変わらずね」
根負けしたのは綺紗だった。
「──まさか、彼方が十六夜の相手をしたとは……予想外だったわ」
「……」
彼方は表情を変えることなく、まっすぐ見つめ返すだけ。
いや、待て。
その事実を綺紗が知っているということは……
「なるほどな、確かにお前ならここに隠れ家があることを知ってるもんな?」
天音が挑発的な視線を向けると、綺紗は笑みで肯定した。
そうか。
……やはり、蘭丸ではなかった。
「十六夜を手引きしたのは……綺紗、か」
俺の言葉に小さく笑う。
「あの篝が殺るとばかり思ってたけどね。……まぁ、誰が相手でも結果は同じでしょうけど」
その言い方からすると、十六夜が返り討ちに遭うのは分かっていたのだろう。
「ちなみに、上層部は十六夜含め今までの刺客が消されたことはすでに把握済み。それより問題は、鬼哭の手がかり」
綺紗は俺をじっと見つめる。
「紅牙、アンタが今何か知っているなら聞いてもいいけど……何もなさそうね?」
「……あいにくな」
俺は舌打ちしそうになりながら答えた。
少なくとも今回の目的は紅牙から宝について聞き出すこと──なのだろうが、何も進展はない。
「でしょうね。せっかく大好きな戦闘を提供しているのに」
そんなきっかけ、正直ありがた迷惑なだけだ。
ただ、全く意味がない……とも言えないが。悔しいことに。
綺紗は小さく溜め息をつくと
「──流れが変わりつつあるわ。紅牙の処刑より秘宝の方を早くしないと大変なことになる、てね。でも……」
俺に視線をまっすぐ向ける。
「……私も待ってるのよ。紅牙が戻ってくるのを」
「え……?」
俺が聞き返す隙を与えることなく、綺紗は踵を返す。
「じゃあ、またね」
そう言い残し、相変わらず言いたいことを言うだけ言って去って行った。
綺紗と紅牙の間に何があったのか、どんな関係だったのかは全く分からない。
誰もいなくなった空間を見つめたまま茫然としていると
「時間が……なさそうだね」
ポツリと呟いた彼方。
「それって……」
聞き返そうとした俺に、天音が溜め息混じりに続けた。
「紅牙が手を出した“鬼哭”は妖…特に鬼にとって重要な秘宝。それが見つからず、一番困るのは鬼だ」
流れが変わった──鬼が焦り出した。
つまり、鬼哭が失われたことの影響が出始めている、ということか。
そして、その機会を他勢力が見過ごすわけがない。
今までのようにはいかなくなる。
それは、敵対種族が仲間でいるのが今まで以上に難しくなる──ということ。
「とりあえず、先を急ごうか」
彼方がそう言って苦笑をうかべた。
◇◆◇
綺紗の登場で明らかに重くなった空気のまま、俺たちは刀匠の元へ山道を進んでいた。
会話のないままも気まずいが、正直山道がつらくて余裕もなかったからちょうど良かったかもしれない。
肉体的にも紅牙に近づいてきているとしても、今は頑張って歩くしかない俺。
どのくらい歩いただろう。
山道の先、目の前に広がった少しだけ開けた場所。
彼方がにこやかに振り変えると
「ここで休憩しようか」
休むのにちょうど良さそうな石や岩があり、いわゆる源流であろう小川も流れている。
「だな。もう少しかかるし、宗一郎も休んどけ」
「あぁ、うん」
これは貴重な休憩チャンス!
ほっと一息つく俺に、彼方が山道から外れた先を指さすと
「この先に湧き水があるけど、宗一郎も行く?」
「……俺はここでいい」
そんな道なき道、今は無理!
力なくその場の大きな石に腰を下ろした俺。
「そう? じゃあオレは白叡にお水飲ませてくるね」
そう言うと、彼方の左手先からシュッと白叡が出てきた。
白叡を肩に乗せ木々の奥へ向かう彼方。
その後ろ姿を見送りながら、天音が風下の岩に腰を下ろし煙管に火を着ける。
一息を吐き出すと、俺に向かいニヤリと笑いながら
「そういやぁ宗一郎、お前…星酔の件、幻夜に詰めたんだって?」
「あ……そんなつもりは…」
本当に雑談のノリで話し始めた天音。
彼方からか…いや、幻夜本人から聞いたのか?
“星酔を殺す必要はあったのか”
幻夜はもちろん、彼方もそのつもりだった。
直接の理由は違ったとしても……どちらも根底にあるのは同じ
“仲間を守るため”
それは分かる。
なら、俺が求めた答えは……なんだったのか。
「星酔に同情したか?」
「!」
思わず天音を見上げる。
なんて答えていいか言葉を探す俺に、天音は苦笑しながら煙管に口をつけると
「いや、責めてはねぇよ。ただ……意外だっただけ」
「それは……紅牙だったら言わないから?」
俺の言葉に、溜め息にも似た一息を吐き出しながら
「……あぁ、言わねぇな。少なくとも口には出さねぇだろうな」
どこかしみじみと言う天音。
だが改めて俺を見据えると
「てか、宗一郎はそう思ったから、言っただけだろ?」
戦闘狂として生きていた紅牙と、人間として生きてきた宗一郎は違う。
同じ…はずなのに、違う──それが良いのか、悪いのかは分からない。
「紅牙の本心はともかく、お前が今感じてることを否定はしねぇよ。例えば同一人物だって時と立場が変われば感じ方も変わるだろ」
そう言って天音は笑った。
まぁ、人間より遥かに長い時間を生きる妖なら尚更そう思うのかもな……。
「だが、命の重さはお前が思ってる以上にオレらには重いと思うぜ?」
「え?」
「オレたち妖は死んだら何も残らない。転生もない、死んだら終わり……『無』だからな」
一瞬遠くを見つめたが、改めて俺に向かい
「確かにオレらは命を奪うことはあるが、意味なく殺るワケじゃねぇよ。まぁ、そういう奴らはいるが例外。……幻夜はちょっと極端に見えるかもだが、妖の感覚としては違和感ねぇよ」
そもそも、生き残りがいたら面倒だから最初から皆殺しにするのが妖のセオリー。
──まだ俺がそれに慣れていないだけだ。
「ちなみに、仇討ちとか復讐とかをする意味ってなんだと思う?」
「意味……?」
「どうやっても失ったものは戻らない。それでもやるのはスッキリして前に進むためだろ」
天音は煙管をふかしながらそう言ったが、次の瞬間その口元の笑みが消えた。
「綺麗事を並べたところで結局、復讐ってのは失ったもののためじゃなく生き残ったもののためだ。それ以上でも以下でもねぇ。……ただ、星酔の場合は相手が悪かった、それだけのことだ」
“お前が気にすることはない”
“星酔も分かっていたはず”
天音の灰瞳はそう言っていた。
正直、納得できるかはまだ今の俺には分からないけど、天音の言葉が全てな気はする。
「まぁ、それはそうと。だいぶ戻ってきてるんじゃねえか?」
戻ってきている── 紅牙に。
確かにこの移動を含め、少しずつ疲れにくくなってきていたり、動きやすくなってきている……と思うけど。
「でも……まだ、それが良いことなのか分からない」
「なんで?」
「だって、記憶が戻ったわけではないし……戦えるわけでもない」
「ちょいちょい反応しているだろ。いかにも紅牙らしいけどな」
結局現時点で分かっているのは、ほぼ確実に戦闘に反応するということ。
「まぁ…紅牙のことだし、実戦で思い出すかもしれねぇよ? 試しに、オレが……」
「戦闘わないからな?」
ジトッと見ながら遮る俺に、天音が笑う。
「ははっ! そうか? 楽しいのに」
流石にこの流れ三人目だし、好戦的な申し出をされる前にお断りだ!
ついうっかりで殺されたら堪らない……!
「お前ら、どうしてそう戦いたがるんだよ……!?」
いや、好戦的な連中なのは分かっているのだが。
「オレはいつでも相手になるぜ?」
やんちゃな笑みでそう言われ、思わず溜め息をつく俺。
そして天音はひとしきり笑うと
「一応言っとくが、お前が…紅牙がどう思うか、どう思っていたかはともかく……オレたちは仲間意識強いと思うぞ?」
──ああ、知っているよ。
これは“確信”だ。
「オレらは一緒に行動し命を懸けた…自分が認めた仲間だ。大切に思っていないわけがない。お前が思うほど薄情じゃねぇよ」
薄情なんて、思ってないよ。
仲間…と白叡の顔がうかぶ──そこには切れない絆が、今もある。
カサ……
葉の掠れる音。
彼方が白叡を肩に乗せたまま戻ってきたことに気づくと、天音は岩から降り
「まぁ、そういうことだから──安心しろ」
そう言ってやんちゃな笑みを向けたのだった。




