第65話 どこでもマイペース!!?
「ただいまー。2人とも休憩できた?」
湧水に休憩に行っていた彼方と白叡が戻ってきた。
彼方の肩の上に白叡がちょこんと乗っている様子を見るに…… 人界では中に入っていることが多かった白叡だが、彼方の肩が普段からの定位置なのだろうな。たぶん。
というか、肩に乗せてる姿がしっくりくる。
……もしかしたら、見慣れているのかもしれない。紅牙なら。
「さ、先を急ご。お腹すいたし」
にっこり微笑む彼方……を肩の上の白叡がジト目で見ていた。
まぁ、もうだいぶ歩いてるしな。ある意味予想通り。
そのまま再び山道を歩き出した俺たち。
見た感じ、ただただ続く山道……
「まだかかるんだよな?」
思わず聞いた俺に、後ろから天音が軽く笑いながら
「ここからしばらく行くと、分かれ道がある。その片方が目的の刀匠の家、もう一方を更に行くと天狗領に入る」
「天狗…領……?」
聞き返した俺に、
「うん。天狗が統治してる領地だよ」
彼方が軽く振り返りそう言うと、白叡と天音が続けて
『壁みたいな境界や関所があるわけではないが、天狗とその傘下が住んでいる』
「軍営…オレらが普段住んでるとこも領地内にある。ちなみに、その境を守るのも天狗軍の仕事の一つな」
──三妖の一つである“天狗”の統べる土地、か。
天狗軍がその境を守ってるなんて、まるで小さな国みたいだ。
「ちなみに……鬼とかにも領地ってあるのか?」
「領地自体はなんとなくだが……一応、都はあるぞ」
俺の言葉に天音は苦笑まじりに答えると、白叡が付け足す。
『妖狐も同じようなものだ。領地だなんだと……細かいのは、天狗くらいだ』
「正確には…いろいろ気にしてる上層部が、ね」
白叡は溜め息、彼方も苦笑……なんだかうんざりしてる?
確か軍があるのも天狗だけって言っていたな。
なんとなくだが、本来“天狗”って他の種族に比べたらきっちりしてるんだろうな。目の前の天狗は一旦置いといて。
あと、鬼の都はちょっと気になる……かも。
そんな話をしながら更に山道を進むうち、俺の耳に微かに届いたのは
「…………水? 川……いや、滝…か?」
「うん、聞こえてきた?」
嬉しそうに振り返った彼方に、頷く俺。
「もう少しで着くよ♡」
『聴覚も戻ってきたんじゃないか?』
「そうだな」
白叡の言葉に、良い傾向だと頷く天音。
──喜んで良いのか、正直まだちょっと微妙な気持ちもある。
だが、もう認めるしかないし、戻らないわけにもいかない。
まだ滝は見えないが、さっき天音が言っていた分かれ道に出た。
このまま行った道の先が天狗領、そして俺たちの目的地である刀匠の家はこっちの細い脇道の先──らしい。
「ほら、滝が見えるだろ?」
そう言って天音の指さす先、鬱蒼とした木々の間からちらっと見える滝。
……うん、確かにある。ただ、思ったよりまだ距離があるぞ?
「大丈夫、すぐだよ」
笑顔で言う彼方。
もうその笑顔に誤魔化されそうになるけど、少なくとも俺的にはすぐではないと思う。
小さく溜め息をついた俺に、天音が苦笑をうかべると
「宗一郎、お前には一応渡しとく」
差し出されたのは一本の黒い羽根。
「羽根?」
確か浅葱戦でも使ってた羽根……いや、ちょっと小さいかな。
「とりあえず、それ持ってれば居場所が大体わかる。オレには、だけど」
GPS機能まであるってことか?
……正確には、妖気で追えるってことらしいが。
「あくまでも、はぐれた時用だと思ってくれればいい」
なるほど、確かに。
保険はいくらあってもいい…かもしれない。
ただ、白叡といれば彼方に、妖力制御腕輪をしていれば幻夜に、そしてこの羽根で天音に居場所が把握される……てことだよな?
複雑な気持ちはあるが、仕方がない。こんなところで死にたくないし。
自分にそう言い聞かせると、受け取った羽根をズボンのポケットに入れた。
「てか……彼方にも持たせておけばいいのに」
思わずと呟いた俺に、彼方は何言ってるんだと言わんばかりに
「居場所がバレるようなのをわざわざ持ち歩くわけないでしょ」
『サボり癖のあるヤツには邪魔なだけだろう』
白叡が彼方をじろりと見ながら溜め息混じりに言う。
確かにそうだな……愚問だった。
そして、天音もがっくりと肩を落としながら
「こっそり付けようとしても絶対気付かれるから、もう諦めた」
「あはは」
当の彼方は全然悪びれる様子はなかった。
天音は溜め息を一つつくと、気を取り直すように
「じゃあ、オレは一旦帰るぞ」
「うん、よろしくね」
笑顔で言う彼方に、天音は真面目な表情を作る。
「……一応善処するが、マジで期待するな。大した時間稼ぎにはならねぇぞ」
重いその言葉に、彼方は柔らかい笑みのまま真っ直ぐ天音を見つけると
「天音だからお願いするんだよ──頼りにしてる、天音」
「ッ…………本当にずるいぞ、それ」
俺もそう思う。たぶん、彼方は無自覚なのだろうが。
天音の後ろ姿を見送りながら……正直、俺は天音に同情した。
◇◆◇
分かれ道から更に歩いた先。
俺たちの目の前には、落差30メートルくらいの大きな滝。
「あの滝の裏側にあるんだよ」
「裏?」
「うん、滝をくぐったところ。あの滝の横に隧道があって、そこからから行くんだよ」
足元が滑るから気をつけてね、と微笑む彼方。
「出口の先にある竹林辺りからアイツの結界内に入るよ」
彼方の言う通り──滝をくぐり、竹林を抜けると開けた場所に出た。
そこには民家みたいなのが三つ…こじんまりした日本家屋と、少し大きめな建物と小屋……?
『そこが母屋、そっちが道場…稽古場、奥が鍛冶場だ』
白叡の説明を聞きつつ、辺りを確認していると向こうから近づいてくる……若い男?
その口元には笑み。
こいつが妖刀の刀匠で、彼方たちの師匠か?
「賑やかだと思ったら……久しぶりだね、彼方、白叡」
彼方も笑顔で応える。
「元気だった?」
「それなりに。で…この子は……」
「あ、うん。紅牙…だけど、今は宗一郎ね」
「……なるほど。まぁ良い」
改めて男が俺に向く。
「こんにちは、宗一郎。僕は覚の東雲だよ」
髪は青紫。前髪が長く目元が隠れているから顔はよく分からないが、本当に普通の……人間の青年に見える。
体格も中肉中背といった感じだし、服装だって今まで見てきたアレンジ和服な感じでもない、普通の甚平……
「あぁ、作務衣ね、甚平じゃなくて」
「!」
本当に考えを読まれた…のか?
その上で訂正された!?
「覚だからね。自己紹介がてらやったけど、普段は読まないよ」
そう言って軽く笑った東雲。
長い前髪の隙間からちらりと見えた切長の瞳は吸い込まれそうな深い青紫。
「ほら、中入りなよ。お茶くらいなら出せるから」
母屋に入るよう勧められ、入る。
そこは紅牙の隠れ家とはまた違う質素な民家といったところか。
土間に板の間、囲炉裏は同じだがもう少しこじんまりしてる気がする。
俺がなんとなく囲炉裏のそばに座り、その横に彼方が腰を下ろすと東雲がお茶を出してくれた。
「ほんとにお茶だけ?」
「あるだけマシだろ?」
「お腹すいた」
「お茶だけ」
「えぇ……何かあるでしょ?」
「家中の食料を全部食った上に足りないと言うだろ? 自分で採って来い」
「…………お茶で我慢する」
相変わらずマイペースな様子の彼方だが、東雲の受け答えがその付き合いの長さを物語っていた。
そして東雲は立ち上がると、諦めてお茶を飲んでいる彼方に
「それより彼方、白銀出して」
「あぁ、うん。……“白銀”」
彼方の言葉と同時にその手に現れた妖刀をそのまま東雲へと渡す。
東雲は鞘から白銀を抜くと、長い前髪越しにじいっと刀を観察しながら小さく溜め息混じりに、
「……あんまり使ってないみたいだけど、相変わらず扱いが雑なんじゃないか?」
「そんなつもりはないけど」
釘を刺すように言ったところで、彼方はどこ吹く風。
だがそれもいつものことなのか、東雲は特に気にする様子ない。
改めて刀をチャキッと真っ直ぐに立てて持つと、東雲の雰囲気……気配が一瞬にして変わる。
「え……!?」
刀が青白い妖気…まるで青い炎に包まれている!?
上手く言えないが、東雲の手元から切先に向かい炎が収まっていき、元の刀に戻った……が先ほどに比べると心なしか輝きが違う?
「メンテナンス、てやつだよ。可愛い妖刀だからね」
東雲はそう俺に向かいにっこりと微笑んでから、軽く一振りし鞘に収めた。
そして刀を彼方へと返し、
「ほら、もう少し丁寧に扱ってくれよ?」
「んー…だから、別に雑に扱ってるつもりはないってば……」
言葉を濁しつつ受け取ると、そのまま手元から刀が消える。どうやら召喚を解いたようだ。
……そういえば
「彼方は妖の姿の時は帯刀してるのか?」
確か、以前一度元の姿を見せてくれた時は丸腰だったけど。
「え? だって…普段は使わないし、邪魔じゃない?」
ということは、帯刀どころか滅多に召喚しない可能性すらあるな。
十六夜戦での皆の反応的にもあり得る。
「…………」
刀の生みの親が複雑そうな表情をうかべる中
『一応、仕事の時は帯刀している……こともある、ぞ』
と、白叡が仕方なさそうに言っていた。
おそらくそれも稀なんだろうな…と思う。
──逆に、彼方が常に帯刀しているような状態の方が非常事態なのでは?
そして、彼方が刀を抜く時……その意味の方が怖い。
東雲は気持ちを切り替えるような溜め息の後、俺に向かい
「一応事情は把握してるけど……宗一郎は羅刹を取りに来たのかい?」
俺は慌てて頷くと、彼方が代わりに
「うん。まだここにあるでしょ?」
「あるよ。……でもまず、確認させて欲しい」
そう言って東雲は俺に前髪越しに視線を向けた。




