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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー姫~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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セレスティア・ヴァレンティア

アウグストゥス達がクルルシュへ向かっていた頃。


窓硝子を雨粒が細かく叩き、安宿の狭い一室を湿った音で満たしていた。


イグナティア小王国から西南へ下った国、ナンザセレナ。その外れにある小さな街クドゥで、セレスティアは椅子へ腰掛けたまま、朝から一言も口を利いていない。


机を挟んだ向かい側で、レオヴァンが深々と息を吐いた。


「……いい加減、あの爺さんのことは諦めろって」


あの爺さん。


アウグストゥス・ヴァーミリオンのことだった。


ザレイドでは謀略でも力でも完敗した。犯行を自白させるところまでは成功したが、それだけだ。拘束する戦力も、正式に裁くための証拠もない。


打つ手を失ってから数日。


セレスティアの機嫌は、雨空よりも悪かった。


「お前は勇者として、それでいいのか」


ようやく開いた口から出てきたのは、責める言葉だった。


レオヴァンは露骨に顔をしかめる。


「いいわけねぇだろ。けど、やれることは全部やった」


「まだ何かあるはずだ」


「ねぇよ」


即答だった。


「俺たちはあの爺さんに、自分がやったと吐かせた。だが、あの時の俺たちには正式な調査権がなかった。無理やり吐かせた自白なんざ、勇者ギルドじゃ証拠として扱ってもらえねぇ」


「本人が認めたんだぞ」


「本人が後から『脅されて嘘を言わされた』って言えば終わりだ。物証も目撃者もねぇ。自白だけじゃギルドは動かせん」


何度繰り返したか分からない会話だった。


それでもセレスティアは納得しない。肘掛けに置いた指が、一定の間隔で木を叩いている。


「ギルドが動かないなら、私たちだけで――」


「無理だ」


レオヴァンの声から、今度は苛立ちが滲んだ。


「戦力が足りねぇ。あの爺さん一人ならまだしも、下僕には化け物が何人もいる。正面から行ったら、次は逃がしてすらもらえねぇぞ」


セレスティアの指が止まる。


事実だった。


だからこそ、腹が立つ。


悪事を暴いた。


本人の口から犯行も認めさせた。


それでも捕まえられない。


法も力も、あの男を追い詰めるには足りなかった。


「そんなに捕まえたいなら、別の事件を暴くしかねぇだろ」


レオヴァンは投げやりに言った。


「別の事件?」


「ああ。勇者ギルドが追加派遣を取りやめたのは、コープスパーティーが教団の仕業ってことで片がついて、あの爺さんの無罪が確定したからだ」


「無罪ではない」


「世間では無罪なんだよ」


レオヴァンは机に頬杖をついた。


「なら、あの爺さんが別の凶悪事件に関わってる証拠を見つけろ。そっちが本物なら、ギルドも動かざるを得なくなる」


「別の事件……」


「どうせ、あの爺さんのことだ。ザレイドだけで満足するような可愛い性格じゃねぇだろ。昔から何かやってるに決まってる」


セレスティアを黙らせるために口にしただけだった。


根拠はない。


少しでも機嫌が直ればいい。その程度の言葉だった。


しかし、セレスティアの指が再び動き出した。


今度は苛立ちからではない。


記憶を探る時の癖だった。


「昔から……」


ザレイドでの戦い。


実力に差がありすぎて、聞こえた言葉を一つ一つ吟味する暇もなかった。


だが、今になって引っかかる。


あの時、ルーシュは何と言った。


――あの日、ビオランテの街で、ラローレが茨に殺されてから、私の前で大切な人がまた茨に殺されるのが怖くて……いえ、違う。怖いだけじゃない。


そして、アウグストゥスがセレスティアへ止めを刺そうとした時。


――駄目! 陛下!


「ビオランテ……ラローレ……陛下……」


セレスティアが、小さく呟いた。


「何だ?」


「黙っていろ」


レオヴァンを一言で退け、記憶へ潜る。


ビオランテ。


確か四年前、植物型の魔物に襲撃された街だ。公表された死傷者は百人前後。突然発生した魔物による災害として記録されている。


植物の魔物。


ルーシュに寄生する、影の茨。


偶然で片づけるには、言葉が繋がりすぎている。


さらにルーシュは、ヴァーミリオン男爵を「陛下」と呼んだ。


男爵に向ける呼称ではない。


戦いの最中の言い間違いにしても、出てくるはずのない言葉だった。


「あの男には、まだ秘密がある」


「急にどうした」


「ルーシュが話していた。四年前、ビオランテでラローレと言う大切な者を茨に殺されたと」


レオヴァンの頬杖が外れた。


「茨?」


「そうだ。あの娘が操る茨だ」


「それがどうしたって? あの嬢ちゃんは殺人鬼なんだから、人ぐらい殺すだろ」


「四年前と言えば、ビオランテで植物型の魔物が出た事件があっただろ……」


先ほどまで椅子に沈んでいたセレスティアが立ち上がった。


目に浮かんでいた濁りが消えている。


代わりに、獲物の傷口を見つけた猛禽の光が宿っていた。


「ラローレという者が誰なのか。植物の魔物が本当に自然発生したものなのか。そして、なぜルーシュがヴァーミリオンを陛下と呼んだのか」


「おい、待て」


セレスティアは外套を掴む。


「さすがだ、レオヴァン。お前のおかげで見落としていたものを思い出した」


「俺は適当に言っただけだぞ」


「私は今からビオランテへ行く」


「今からか?」


レオヴァンは窓を指さした。


外では雨が横殴りに降っている。日も傾き始めていた。


「もうすぐ夜だぞ。せめて明日の朝に――」


返事を待たず、セレスティアは扉を開けた。


「宿代は払っておけ」


「あ、おい!」


扉が閉まる。


廊下を遠ざかっていく靴音を聞きながら、レオヴァンはしばらく口を開けていた。


「……機嫌を直せとは思ったが、誰が本当に掘り返しに行けと言ったんだよ」


雨音の向こうで、街の鐘が鳴った。


ザレイドでアウグストゥスを捕らえ損ねた勇者は、今度は四年前の死者へ手を伸ばした。





———————お知らせ———————


そう言えば、設定変更したの知らせて無いことを思い出したので、お知らせします。


世界観が中世から、19世紀の産業革命ぐらいの発展度に変わりました。


序盤に言及した中世の一文は変えたけど、他に中世と言及した文書が残っている場合、修正抜けですので教えてくれると助かります。


よろしくお願いします。

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