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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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勇者の最後

ルーシュをどう思うかだと?


哀れな娘だと、素直に思う。


考えてもみろ。


どれだけ信用した相手でも、何かの拍子に怒りを抱くなど、人間なら当たり前のことだ。


だが、ルーシュの怒りに茨が反応するせいで、あの娘は他者と喧嘩をすることができない。


ルーシュが怒れば、茨が怒らせた人間を殺してしまうからな。


お陰でルーシュは、人と深く繋がることができない。


恋人と喧嘩をして、友人に不満を抱き、両親の心配にうんざりする。


そんな、ありふれた日常すら彼女には許されないのだ。


同情でルーシュの側にいるのか、だと?


理由は俺にもよく分からん。


それは、俺も疑問に思う。


――アウグストゥスの回想録より抜粋。



廃教会の床に、砕けた氷が転がっていた。


月光を受けた氷片は、宝石よりも冷たく、死体の歯よりも白い。凍りついた祭壇、霜を被った長椅子、白く曇った石柱。その銀世界の中央で、ただ一人だけ、何事もなかったように立っている老人がいた。


アウグストゥス・ヴァーミリオン。


対するセレスティアは、氷刻の円剣フロストグレイスを杖代わりにして、ようやく膝を折らずにいる。


誰が見ても、決着はついていた。


渾身の一撃を破られた勇者。


無傷の老貴族。


魔力を使い果たし、息を荒げる女剣士。


大して呼吸すら乱していない連続殺人犯の庇護者。


「命乞いをするなら、生かしてやらんでもないぞ、勇者よ」


アウグストゥスはゆっくりと刀を下げた。


だが、間合いは外さない。


刀の先は遊んでいるようでいて、セレスティアの喉、胸、利き腕、どこへでも届く位置にある。話しながら殺せる距離。殺すかどうかを、まだ決めていない者の立ち位置だった。


「我々を追うな」


低い声が、廃礼拝堂に落ちる。


「我々のことを誰にも喋るな」


「我々のことを、すべて忘れろ」


「約束するなら、それで殺すのをやめてやる」


「くっ……はははは……」


セレスティアが笑った。


喉が掠れている。笑い声の途中で息が詰まり、唇の端から血が滲んだ。それでも目だけは折れていない。


「何が命乞いだ」


セレスティアは剣を握り直す。


指先が震えていた。疲労ではない。疲労だけなら、とうに倒れている。


「貴様が、私を殺したくない……いや、殺せないのは明白だ」


アウグストゥスの片眉が、わずかに動く。


「私を殺せば、勇者ギルドがお前たちを疑う。レオヴァンも私も、この街に来たことは記録されている。ここで消えれば、誰の屋敷を調べるべきか、馬鹿でも分かる」


セレスティアは言葉を吐きながら、頭の裏で別の計算をしていた。


会話を長引かせろ。


治安局が来る。


西区でこれだけ派手な戦闘音が響けば、遅かれ早かれ人が集まる。治安局か、野次馬か、あるいは火事場泥棒か。誰でもいい。第三者の目が入れば、状況は動く。


そこに一つでも隙が生まれれば。


何とかなるかもしれない。


何とかしなければならない。


アウグストゥスは、その考えを読んだように笑い出した。


「ふっ……ははははは」


乾いた笑いだった。


愉快だから笑っているのではない。相手の計算が、手のひらに乗っていると知らせるための笑いだ。


「確かにな。お前たちを今ここで殺せば、勇者ギルドは俺へ疑いを向ける可能性が高い」


老人は刀を持ち上げる。


「だが、一つ忘れていないか?」


セレスティアの目が細くなる。


「俺の他にも、お前たちを殺せる可能性のある者がいることを」


はったりだ。


セレスティアは一瞬、そう判断しかけた。


確かに、アエーシュモーなら自分とレオヴァンを殺せるかもしれない。だが、アエーシュモーはヴァーミリオン家のメイドだ。主従関係は明白。アエーシュモーを犯人に仕立てたところで、辿ればアウグストゥスに行き着く。


そのはずだ。


そのはずだった。


だが、喉の奥に引っかかっていた別の名前が、氷の欠片のように浮かび上がる。


「……エディンムか」


アウグストゥスが、にやりと笑った。


「そういうことだ」


セレスティアの背筋に、冷たいものが落ちる。


「あのリッチーは書類上、教団が召喚したことになっている。終わったコープスパーティーの話を、あまり蒸し返したくはなかったがな」


アウグストゥスは、まるで面倒な書類仕事の話でもするように言う。


「むやみに掘り返せば、余計な証拠が残る可能性がある。俺にとっても都合が悪い」


「だが、背に腹は代えられない」


刀が、月光を拾った。


「ここは、あのリッチーの仕業ということにして、勇者セレスティアには死んでもらうとしよう」


刀が振り上げられる。


セレスティアは歯を食いしばった。


躱せない。


受けられない。


魔力は底をついている。足は言うことを聞かない。叫んでも、間に合う者はいない。


せめて最後まで目を開けていろ、と頭のどこかで命じた。


だが、まぶたが落ちた。


——その時だった。


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