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サイコパス皇帝とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
ロバート少年の悲劇、あるいは幸運

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狂姫乱舞

 アウグストゥスが晩餐会へ出掛けている頃。


 ギルエルはルーシュを寝かしつけるのに苦労していた。


 ルーシュはどうしてもアウグストゥスの帰りを待ちたいらしい。


 だが、ギルエルにも事情があった。


 出発前、アウグストゥスから念を押されていたのだ。


 ――今夜はルーシュとロバートを会わせないように。


 ならば話は簡単である。


 ルーシュに先に寝てもらえばいい。


 そう考えて彼女をベッドへ座らせるまでは良かった。


 しかし流石に寝るにはまだ早かったらしい。


「やだ、義父さまが帰ってくるまで起きてる」


 そう言って聞かなかった。


(いやぁ、困りましたね)


 ギルエルは内心で頭を抱える。


(あの男に頼まれたのは良いのですが、こうも元気だと寝かしつけるのも大変なのです)


 そもそもギルエルは難しいことを考えるのが得意ではない。


 問題が起きた時は勢いで解決するタイプである。


 そのため今も、ルーシュが話し疲れて眠ることを期待し、延々と世間話を続けていた。


 だが、そろそろ話題が尽きそうだった。


 次は何を話そうか。


 必死に頭の中を探っていた時だった。

 

「あ、そうだ」


急になにか、思いつくルーシュ。


「ねぇ、ギルエル」


「なんでしょうか? お嬢さま」


「話してたら、お腹が空いてきたかも」


 ギルエルは目を丸くした。


「私、何か食べたい」


 拒食症を患うルーシュが、自分から食べたいと言い出すことは珍しい。


 普段から少しでも栄養を摂らせたいと思っていたギルエルにとって、それは願ってもない申し出だった。


 しかも今は話題にも困っている。


 まさに渡りに船だった。


「では、あの悪魔女が作ったにクッキーが台所にありました!」


「あ!いいね!」


「お嬢様が食べたいと言うのでしたら持ってきましょう!」


「うん、それを食べたら寝る」


 ルーシュは小さく微笑んだ。


「だからお願い、持ってきて」


 その言葉を聞いた瞬間、ギルエルの顔が輝く。


「はいなのです!すぐに持ってまいります!」


 元気よく返事をすると、そのまま部屋を飛び出していった。


 足音が廊下の向こうへ消えていく。


 しばらくして完全に気配が遠ざかったのを確認すると、ルーシュは静かに立ち上がった。


「ごめんね」


 誰に向けた謝罪かも分からないまま呟き、部屋を出る。


 向かった先は使用人棟だった。


 最近になって使われ始めた一室。


 ロバート・デーンの部屋である。



 一方その頃。


 ロバートは部屋のベッドに腰掛け、本と格闘していた。


 アエーシュモーから渡された読み書きの教材だ。


 しかし内容の半分以上が理解できない。


「うーん……難しいな……」


 諦めて本を閉じる。


 少し休憩しようと立ち上がったその時。


 コンコン。


 ドアがノックされた。


「はい。鍵は開いてますよ」


 ギルエルだろう。


 そう思いながら扉を開ける。


 だが、そこに立っていたのはルーシュだった。


「おっ、お嬢さま?」


 驚くロバートをよそに、ルーシュは部屋へ入り込む。


 そのまま彼の手を掴み、ベッドまで引っ張ると押し倒した。


「えっ?」


 ロバートが混乱している間に、ルーシュは彼の上へ身を乗り出した。


 赤く染まった頬。


 不安そうに揺れる瞳。


 まるで何かを確かめるような顔だった。


「ねぇ」


 小さな声で囁く。


「昼間、私のこと綺麗だって言ってくれたよね」


「は、はい……」


「もう一回言って」


 ロバートは戸惑いながらも答えた。


「お嬢さまは綺麗です」


「すごく」


 その瞬間。


 ルーシュの口元が緩む。


 心の奥に温かいものが流れ込むようだった。


 だからこそ。


 次の言葉を口にしてしまった。


「私のこと……好き……?」


 ロバートは息を呑む。


 返事に詰まった。


 誘惑に乗ってついルーシュの腰にロバートは手を回す。


 その一瞬が、オバーとには永遠にも感じられた。


 病弱な母親。


 恩義のある主人。


 越えてはいけない一線。


 様々なものが頭を過ぎる。


 おかげで正気に戻ったロバートは、とっさにルーシュを押し返してしまう。


「やめてください、お嬢さま!」


 ルーシュの身体はあまりにも軽かった。


 簡単に床へ倒れる。


「しまった……」


 ロバートは慌てて手を差し出した。


「すみません。やりすぎました」


 だが。


 その時見たルーシュの表情に背筋が凍る。


 先程までの少女の顔ではなかった。


 頬が急速にこけ、死んだ魚の目のように虚ろな瞳はどこまでも闇を映していた。


 まるで世界の終わりを見た老人のような。


 そんな絶望の顔だった。


「ひっ……」


 思わずロバートは手を引っ込める。


 それが決定打だった。


「なんで?」


 ルーシュが呟く。


 そこからさらにルーシュの感情が一気にあふれ出した。


「なに?今の悲鳴?なんで私を拒絶するの?」


「私の事、綺麗だって言ってくれたよね?」


「アレは嘘だったの?」


「じゃあ、その差し出した手は何?なんで私に今、優しくしようとしたの?」


「分からない!分からないれ!分からない!分からない!」


「私が何したって言うの!何で私は1人で居なきゃ行けないの!」


「誰でも良いから側に居てよ!」


「義父さま!どこにいるの!私を1人にしないで!」


「ずっと、側に居てくれるって言ったよね!」


「命に変えても守るって言っくれたよね!早く帰って来てよ!」


「義父さまあぁぁぁぁぁぁあ!」


「ルーシュはここよぉぉぉぉぉぉ!ここに居るの!もう一人は嫌なの!」


「1人にするなら、いっそ殺して!」


「殺さないならペットになってもいい!」


「何でもするから、私の側に居てよおおおおおおお!」


 ルーシュの豹変にロバートは恐怖を覚えた。


「お、お嬢さま」


 助けを呼ばなければ。


 そう考えた。


 「こっ、ここに居て下さい」


 「いいですね?」


  「すぐにギルエルを呼んできます」


 ルーシュの返事も待たず、部屋を飛び出そうとするロバート。


 その背中を見た瞬間。


 ルーシュの絶望は憎悪へ変わった。


 (私が悲しんでいるのに、君も私を見捨てて逃げるんだね)


  (私を悲しませたのは誰?貴方でしょ?)


  (綺麗だって言ってくれたよね?)


  (褒めてくれてとっても嬉しかったんだよ……私)


 頭のなかで何かが切れる。


 その瞬間。


 彼女の影から黒い靄が噴き出した。


 無数の蔦のような形となり、獲物を探すように蠢く。


 ルーシュの顔から血の気が引いた。


「駄目!」


 彼女は叫ぶ。


 そして太腿に隠していた護身用のナイフを抜いた。


 ロバートを守らなければ。


 そう思った。


 ルーシュの足元の魔法陣が青く輝く。


 身体強化の魔法。


 一瞬でロバートとの距離を詰める。


 襟を掴み、床へ押し倒す。


 馬乗りになる。


 ロバートが振り返る。


 その目に映ったのは、泣きそうな顔をした少女だった。


「貴方は私が守るから」


 ルーシュは悲しそうに微笑んだ。


「だから――死んで」


「まっ!」


 ロバートが何かを言い終わる前に、ナイフが振り下ろされた。



 月明かりだけが差し込む薄暗い室内。


 床には赤黒い液体が広がっていた。


 鉄の匂いが部屋を満たしている。


 そして、その中心で。


「ふふっ……」


 ルーシュが笑っていた。


 桃色の髪。


 白い肌。


 細い身体。


 その全身は血に染まっている。


 彼女は倒れたロバートへ馬乗りになっていた。


 まるで恋人を抱き締めるように。


 慈しむように。


 愛おしむように。


「ふふふっ……」


 口元が歪む。


 頬に付いた血を指でなぞる。


 そして恍惚とした笑みを浮かべた。


 窓の外では静かな夜風が吹いている。


 誰も知らない。


 街の有力者たちが未来の世界情勢を語り合っているその頃。


 ヴァーミリオン男爵邸では、惨劇が幕を開けていたことを。


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