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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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金色の獅子VS漆黒の悪魔

まぁ、不運が続いたとはいえ、正直に言えば、失敗したと思える点が一つある。


ロバート・デーンの母親に賠償したことだ。


あれがなければ、勇者は俺を疑いはしても、確信までは持たなかっただろう。


む?


なぜロバート・デーンの母親に賠償したのか、だと?


大事な一人息子を、娘のせいで亡くしたんだぞ?


当たり前のことだ。


貴様は人の心とかないんか?


――アウグストゥスの回想録より抜粋。



不吉をたたえた三日月が、焼け跡の街に薄い光を落としていた。


ザレイド西区。


ついこの前まで人の暮らしが積み重なっていたはずの通りは、今では黒い骨組みと瓦礫ばかりを夜に晒している。焼け落ちた家の梁が、風に軋んだ。崩れた壁の隙間から、灰の匂いがまだ立ちのぼっている。


その闇を、二つの影が風を裂いて駆けていた。


アウグストゥス・ヴァーミリオン。


そして、アエーシュモー・ダエーワ。


ギルエルは、ルーシュが賊に攫われたと言っていた。


だが、このタイミングでルーシュを攫い、身代金も要求せず、西区の廃教会まで来いという伝言だけを残す者など、そう多くない。


十中八九、勇者の仕業だ。


アウグストゥスは走りながら、頭の中で盤面を組み直していた。


勇者がルーシュを攫った。


まさか、真犯人が露見したのか。


いや、そこまでは早すぎる。


影の茨はセレスティアに見られた。だが、そこからルーシュがデトロン川怪事件の実行犯だと結びつけるには、まだ線が足りない。普通なら、茨の力を持つ少女、というところで止まる。


ならば、狙いは自分だ。


ルーシュを押さえれば、アウグストゥスは逃げにくくなる。屋敷から出る。隠れていた地下から出る。加えて、少女から事件に関する何かが引き出せれば儲けもの。


勇者らしい、実直で、そして厄介な手だ。


(いずれにせよ、ルーシュが余計なことを喋る前に取り戻す)


西区の焼け跡が近づいてくる。


イフリートの炎が燃やし尽くした街並みは、月明かりの下で黒く沈んでいた。焼け焦げた柱、潰れた屋台、崩れた石壁。火災の痕跡は隠しようがない。自分が切った札の跡だ。


廃墟と化した教会へ向かおうとした、その時だった。


二人の足が止まった。


「よう、お二人さん」


焼け落ちた建物の壁に、男が背を預けていた。


獣人の勇者、レオヴァン。


獅子の鬣が夜風に揺れる。声は軽い。だが、構えも重心も、ただの立ち話をする者のそれではない。


「こんな夜中に、そんなに急いでどちらへ向かうおつもりで?」


アウグストゥスは、すぐに表情を老紳士のものへ戻した。


「失礼、レオヴァン殿。少し急いでおりましてな。話があるなら、後にしていただきたい」


礼を崩さない声。柔らかい口調。毒を銀杯に沈めた声音だった。


レオヴァンは肩をすくめる。


「そうかい? だが俺としちゃあ、もう少し俺とのおしゃべりに付き合ってもらわないと困るんだよ」


「なぜです?」


アウグストゥスの目が細くなる。


レオヴァンは、笑みだけを残して言った。


「今、アンタの娘をセレスが尋問してるからだ」


空気が変わった。


瓦礫の隙間を吹いていた風が、急に冷えた気がした。


アウグストゥスは即座に判断する。


「アエーシュモー」


「はい」


「奴は任せる。だが殺すな。勇者ギルドが面倒になる」


「かしこまりました――と言いたいところですが、旦那様」


アエーシュモーは静かに一歩前へ出た。


黒髪のメイドは、いつもの通り涼しい顔をしている。だが、その黒い瞳の奥で、何かがこちらを値踏みしていた。


「さすがに英雄級と戦うのでしたら、対価を頂かなければなりません」


「未来に出逢うという、あれか?」


「いいえ。それは未来を聞いた時の対価です」


アエーシュモーの唇が、薄く動いた。


「今回の対価は、味覚になります」


「……味覚?」


「はい。生涯、美食とは縁遠い人生になりますが、構いませんか?」


アウグストゥスは一瞬だけ息を止めた。


嬉しい記憶も、寿命も、今この時点では影響がない。だが、味覚は違う。五感だ。身体に直結する。これまで積み上げてきたツケが、ついに肉体の根へ食い込み始めている。


今後、アエーシュモーを安易には使えない。


そこまで計算し、次の瞬間には切り捨てた。


今は、他に手がない。


「持っていけ、悪魔よ」


アウグストゥスは迷わず言った。


「あの勇者を捕まえろ」


「かしこまりました、旦那様」


アエーシュモーの口元に、礼儀正しい笑みが乗った。


人間の笑顔を真似ているだけの、温度のない笑みだった。


レオヴァンは戦斧を肩から下ろす。


獅子穿つ戦斧レヴァーンハウ。


月光を受けた刃が鈍く光った。


(予定通り、アエーシュモーとヴァーミリオンは引き離した)


レオヴァンは笑みを消さない。


(だが、長くは持たねえ。さっさと蹴りをつけろよ、セレス)


アウグストゥスの姿が、夜の中でふっと歪んだ。


空間そのものが折れ、老人の姿が焼け跡から消える。


それと同時に、レオヴァンが踏み込んだ。


アエーシュモーも同時に動く。


戦斧の刃がアエーシュモーの漆黒の手袋と噛み合い、火花が散った。


金属音がザレイドの夜を裂く。


その音は、廃教会へ向かうアウグストゥスの背中を追いかける鐘のように響いた。


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