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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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しらけた午餐会

夏の日の街は、石畳まで白く焼けていた。


同じ歳くらいの女の子たちが、日傘の下で楽しそうに喋っていたの。笑い声が跳ねて、髪飾りが揺れて、ただそれだけのことなのに、私は少し離れた場所からずっと眺めていた。


あの頃のことを、思い出したわ。


義父様に拾われる前も、私は貴族だったのよ。


とても田舎で、華やかなものなんて何もない村だったけれど、お父さまもお母さまも、私が村の子たちと遊ぶのを怒らなかった。だから私は、みんなとたくさんお喋りをして、森に入って、野苺を摘んで、指先を赤くして笑っていた。


楽しかったぁ……。


それなのに。


あの日、あの茨のせいで、私の人生は全部台無しになった。


血溜まりの上に倒れているお父さま。


それを見て悲鳴を上げるお母さま。


私の足首に絡みついた、あの茨。


全部、こいつのせいで。


全部、全部、全部――!


ルーシュの呼吸が荒くなった。爪が机の縁を掻き、薄桃色の髪が頬に張りつく。瞳の焦点が記録者ではなく、もっと遠く、血の匂いが残るどこかへ落ちていったため、ここで記録を一時中断する。


――ルーシュの回想録より抜粋。



午餐会が開かれているヴァーミリオン邸の前で、群衆と治安官たちが起こしていた乱闘騒ぎは、ようやく小康状態に入った。


怒号の残り香が通りにこびりつき、踏み荒らされた土と割れた木片が門前に散っている。治安官の一人は乱れた襟を直すと、苛立ちを隠そうともせず、ヴァーミリオン邸の門をくぐった。


この騒ぎの原因を作ったのは、治安局の許可もなく人を集めた屋敷の主、アウグストゥス・ヴァーミリオンである。


ひと言、言ってやらなければ収まりがつかなかった。


治安官は屋敷の扉を叩いた。


「ヴァーミリオン男爵! 少しよろしいでしょうか!」


返事はなかった。


もう一度、叩く。


「ヴァーミリオン男爵!」


扉の向こうは静まり返っていた。アウグストゥスはもちろん、使用人が出てくる気配すらない。午餐会の最中で、屋敷の中には貴族たちが残っている。それなのに主の家の扉が、まるで空き家のそれのように沈黙している。


治安官は眉をひそめた。


たまたま近くを通りかかった貴族に、アウグストゥスを呼んでほしいと頼んだ。しかし返ってきたのは、「どちらにいらっしゃるのか、私には分かりません」という曖昧な返事だけだった。


仕方なく治安官は庭園へ回った。


芝生の上にはまだ杯や皿が残され、招待客たちは不安げに顔を見合わせている。治安官はアウグストゥスの名を何度も呼んだが、返ってくる答えはどれも頼りなかった。


「見ておりません」


「先ほど、あちらでお見かけしたような……いや、別の方だったかもしれません」


「メイドに聞けばよろしいのでは?」


そのメイドも見当たらなかった。


治安官が屋敷中でアウグストゥスの名を呼んだせいで、貴族たちも異変に気づき始めた。最初は不作法な治安官を遠巻きに眺めていただけだった者たちが、やがて自分たちの周囲を見回し、声を落とす。


屋敷の主がいない。


それだけではない。


ルーシュの姿もない。


メイドの姿もない。


午餐会を開いた家の者が、一人残らず消えている。


「ヴァーミリオン卿はどこへ?」


「さあ。私は見ておりませんが」


「どなたか、ご存じで?」


「先ほどまで、こちらにいらしたはずでは……?」


口々に知らないと言い出した貴族たちが、事態の奇妙さに気づくまで、そう時間はかからなかった。


主のいない午餐会は、料理の冷める速度より早く白けていく。


「ヴァーミリオン卿がいないらしい」


「出かけているのでは?」


「自分で開いた午餐会を放り出してか?」


「仮に出かけるにしても、メイドの一人くらい残すだろう」


「では、我々はどうすればいいのだ」


「このままここに居座るわけにもいくまい」


「しかし、主人に挨拶もせず帰るのは……」


「主人がいないのだから、挨拶のしようがない」


誰かがそう言うと、場の空気が決まった。


一人、また一人と会場を後にする者が出始める。貴族たちは表向きこそ平静を装っていたが、馬車へ向かう足取りは普段より速かった。誰もが不吉なものを見たくなかった。貴族の屋敷で、主と家族と使用人が丸ごと姿を消すなど、笑い話にするにはあまりにも薄気味悪い。


日が暮れる前には、誰が言い出したわけでもなく、午餐会は解散となった。


残された会場で、治安官たちは困り果てていた。


招待客の整理や門前の騒ぎだけでも厄介だというのに、屋敷の主が一家ごと失踪したとなれば、現場の治安官だけで判断できる話ではない。下手に踏み込めば貴族権限に触れる。だが放置すれば治安局の怠慢になる。


誰かが、ぽつりと呟いた。


「まさか、教団とは関係ないよな?」


「不吉なことを言うな」


「たまたま、何かの事情で屋敷にいないだけだろ」


「男爵は魔法も相当な腕だと聞くぜ。教団だろうと返り討ちにできるだろ」


「だといいがな。ともかく一旦、局へ戻ろう。上に報告だ」


「ああ。俺たちだけで抱える話じゃない」


治安官たちは門を出ていった。


ヴァーミリオン邸には、誰もいなくなった。


少なくとも、地上には。

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