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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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消えた犯人

この街に来て、一年が過ぎた冬のことよ。


私、風邪を引いてしまったの。


熱が出て、喉が痛くて、身体が重くて、何も考えられなかった。


そしたら義父様が、とても心配してくださった。


一日中、私のそばにいて、額の汗を拭いて、薬湯を飲ませて、眠るまで手を握ってくださったの。


いつも優しい義父様だけど。


その日は、普段よりもっと優しかった。


私、小さな子供に戻ったみたいに安心して眠ったわ。


その日だけは、不眠症もどこかへ行ってしまったみたいだった。


もう一度、風邪を引きたいな。


……なんてね。


――ルーシュの回顧録より抜粋



セレスティアは不可視化(インビジブル)を解いた。


透明な膜が剥がれるように、彼女の姿が昼の光の中へ戻る。


ヴァーミリオン邸の二階窓から滑り込んだ瞬間、むせ返るほど濃い香水と酒と焼き菓子の匂いが鼻を刺した。


屋敷の中は、人で溢れていた。


貴族。


従者。


臨時の給仕。


芸人。


楽士。


招待されたのか、紛れ込んだのか分からない顔までいる。


廊下には異国の衣装を着せられたマネキンが並び、踊り場には稀人の世界の絵画が掛けられ、客間には遺跡から掘り出されたという青銅器が置かれていた。


誰もが何かを見ている。


誰もが何かを喋っている。


そして、誰もが邪魔だった。


「失礼」


セレスティアは近くにいた貴族の男を捕まえた。


「ヴァーミリオン男爵を見なかったか」


男は突然現れた金髪の勇者に目を丸くした。


「せ、セレスティア殿? 男爵なら、先ほどまで庭園に――」


「今はいない」


「で、では、書斎か応接室では?」


「案内しろ」


「え、いや、私はこの屋敷の者では――」


「なら知っている者を呼べ」


セレスティアは言い捨て、次の貴族へ向かう。


「ヴァーミリオン男爵はどこだ」


「さ、さあ。先ほど階段の方へ――」


「何階だ」


「いや、その、見間違いかも――」


「見たなら答えろ」


声は荒げていない。


だが、相手は喉を鳴らして後ずさった。


彼女の目が、社交用の笑顔を許さなかったからだ。


セレスティアは片っ端から聞いて回った。


庭園。


書斎。


応接室。


地下へ続く扉。


裏口。


誰も確かなことを知らない。


見たという証言はある。


しかし、方向が噛み合わない。


庭で見た者。


階段で見た者。


回廊で見た者。


玄関ホールで見た者。


多すぎる。


多すぎる証言は、証言ではなく最早、煙幕だった。


(やはり、狙いは攪乱か)


セレスティアは奥歯を噛んだ。


その時、腕の通信具が鳴る。


レオヴァンからだった。


『セレス』


『馬車に追いついた』


「止められるか」


『止めるだけならな』


『どうする? 中を確認するか?』


『違っても、今ならあと一台くらいは追えるぜ』


セレスティアは一瞬、返答に詰まった。


止める。


中を見る。


外れなら次へ行く。


言葉にすれば簡単だ。


だが、そこにアウグストゥスが乗っていた場合、レオヴァン一人で対応することになる。


戦闘にはならない可能性が高い。


アウグストゥスが今ここで勇者を殺す利点は薄いからだ。


だが、それはセレスティアの希望的観測にすぎない。


確信があるわけではない。


一方で、慎重に考える時間はなかった。


馬車は街の道へ散っていく。


屋敷の中は人で詰まり、アウグストゥスは姿を消している。


一秒迷えば、一秒分だけ逃げ道が増える。


セレスティアは迷いを飲み込んだ。


「馬車を止めろ」


「違ったら次だ」


『了解だ、ボス』


通信が切れる。


セレスティアは再び歩き出した。


廊下の奥、給仕たちが忙しなく皿を運んでいる。


その先に裏口がある。


彼女がそちらへ向かおうとした、その直後。


再び通信具が鳴った。


『おい、やべぇぞ』


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