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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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追うべきか、追わざるべきか



アウグストゥスが若い貴族との会話を終えた直後、屋敷前の群衆が大きく波打った。


警笛が鳴る。


治安官たちが市民を押し返し始める。


「誰の許可を得て、道に集まっている!」


「道を塞ぐな! 速やかに解散しろ!」


治安官の警告に、市民は苛立った。


「うるせぇ!」


「俺たちの勝手だろ!」


「飯を配るって言ったのは男爵様だ!」


「そうだ、そうだ!」


反発の声に、治安官たちも語気を荒げる。


「逮捕されたくなければ、今すぐ立ち去れ!」


「公共の道を占拠するなら許可を取れ!」


「文句があるなら政庁へ申し立てろ!」


「政庁が何をしてくれた!」


その一言が、群衆の中に火を落とした。


コープスパーティー。


焼けた家。


運ばれた死体。


戻らない家族。


治安局に怒鳴っても仕方がない。


そんなことは誰もが分かっている。


だが、分かっていることと、黙っていられることは別だった。


誰かが突き飛ばされた。


治安官だったのか、市民だったのかは分からない。


拳が飛ぶ。


悲鳴が上がる。


屋台が倒れる。


木皿が石畳に散らばる。


次の瞬間、市民と治安官の口論は、大規模な乱闘に変わった。


「下がれ!」


「押すな!」


「捕まえろ!」


「子供がいるんだぞ!」


怒号が重なり、通りが一気に壊れる。


その混乱の中で、少し離れた辻に停められていた五台の馬車が動き出した。


セレスティアは即座に舌打ちした。


「ちっ」


通信具へ声を叩き込む。


『レオヴァン! 停まっていた馬車が動き出した!』


『何かある。気をつけろ!』


『分かってる』


レオヴァンの声が返る。


『それよりヴァーミリオンはどうした』


『こっちからは見えねぇ。教えろ』


人混みの中で丸くなりながら庭園を覗いていたヒューイが答えた。


『男爵様なら屋敷の中に入りました』


『俺からはもう見えないッス』


セレスティアは、屋根の上で身を低くする。


遠隔視の焦点を門から屋敷へ移した。


だが、壁が邪魔で中までは追えない。


「待て」


彼女は息を詰める。


「馬車が裏に回っている」


『レオヴァン! 見えるか!?』


『ああ、何か来たな』


レオヴァンの声が低くなる。


『裏口に停まった』


『荷物を降ろして――』


一拍。


『待て。何か積み込んでるぞ』


『降ろしているのか、積んでいるのか、どっちだ!』


『両方だ』


レオヴァンが答える。


『積荷を降ろして、空いたスペースに別の積荷を載せてる』


『五台全部だ』


『人が隠れて入れるくらいのデカい木箱を積み込んでやがる』


『今、表に回り出した』


『見えるか、セレス』


「ああ」


セレスティアは屋根の縁に手を置く。


「今、門を出るところ――」


そこで、彼女は声を荒げた。


「クソ!」


『どうした』


レオヴァンが即座に尋ねる。


『何があった』


「馬車が二手に分かれた」


「いや、待て」


「さらに交差点で別々に分かれて進んでいる!」


それは、あまりにも露骨な挑発だった。


見るからに怪しい動き。


追わないなら、このまま逃げるぞ。


そう言われている。


馬車は五台。


単純に考えれば、アウグストゥスたちがどこかに乗っているなら、当たりは五分の一。


こちらは三人。


セレスティア、レオヴァン、ヒューイが別々に追えば、五分の三まで上がる。


だが、問題はそこではない。


当たりを引いたとして、どうする。


アウグストゥスとアエーシュモーは、セレスティアとレオヴァンが二人がかりでも厳しい相手だ。


一人で遭遇すれば、捕まえるどころか足止めも難しい。


しかも、馬車そのものが囮という可能性もある。


五台を追わせる。


三人を屋敷から引き離す。


その隙に、アウグストゥスたちがまったく別の経路で逃げる。


それなら、完全に撒かれる。


セレスティアの奥歯が鳴った。


(屋敷が空で馬車にいるなら、追わなければ逃がす)


(見つけたところで一人ではどうしようもないが、少なくとも追跡は続けられる)


(逆に、馬車が囮で屋敷に残っているなら、全員が離れた瞬間に終わる)


(なら、屋敷を捨てるわけにはいかない)


考える時間はない。


馬車は離れていく。


人混みは荒れている。


アウグストゥスは見えない。


だが一つだけ、読めるものがあった。


(ヴァーミリオンが、私たちを今ここで殺す可能性は低い)


コープスパーティー前、勇者ギルドとは連絡を取っている。


セレスティア自身が、本部へ追加派遣の要請もしている。


ギルドはヴァーミリオンの名を知っている。


アエーシュモーの異常性も、報告している。


今、英雄級勇者の自分とレオヴァンが消えれば、最も疑わしいのは誰か。


答えは明白だ。


神話級に届く可能性すらあると報告された男爵と、そのメイド。


だから、今なら多少無茶をしても、殺される可能性は低い。


殺せない。


少なくとも、殺せば大きすぎる追跡を招く。


セレスティアは覚悟を決めた。


『レオヴァン、ヒューイ』


『馬車を追え』


『私は屋敷の中を調べる』


『追えって言っても馬車は五台だぞ』


レオヴァンが低く返す。


『どれを追えばいい』


『そこはお前の野生の勘に任せる』


沈黙。


次に返ってきたレオヴァンの声は、不機嫌そのものだった。


『おい、やめろ』


『獣人は野生児じゃねぇ』


『そういうのを差別って言うんだぞ』


『抗議は後で聞いてやる』


セレスティアは短く切る。


『いいから早く追跡しろ』


『巻かれては手遅れになる』


ヒューイが情けない声で割って入る。


『あっしは追うだけですからね』


『戦いになったら逃げますぜ』


『契約通りだ』


『ただし、目は開けておけ』


通信の向こうで、ヒューイが小さく舌打ちした。


『へいへい、勇者様は人使いが荒い』


次の瞬間、三人は散った。


レオヴァンは屋根から屋根へ。


ヒューイは人混みの中から路地へ。


そしてセレスティアは、不可視の魔法を解いて、ヴァーミリオン邸の屋根へ向かって跳んだ。


眼下では、治安官と市民の乱闘がさらに膨れ上がっている。


五台の馬車は、別々の道へ消えていく。


屋敷の中では、アウグストゥスが見えない。


罠だろう。


分かっている。


それでも踏み込むしかなった。


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