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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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嵐の前の静かな夜

春の城壁の外には、黄色い花が海みたいに広がっていたの。


風が吹くたび、ミモザの小さな花が揺れて、光の粒がこぼれるみたいだった。


私はその中で笑って、義父様も、私を見て笑ってくださった。


この街に来て、最初の春のことよ。


義父様が、城壁の外にミモザのお花畑があるからと、私を連れて行ってくださったの。


知ってる?


ミモザは、稀人まれびとが異世界から持ってきた花なんだって。


どうして城壁の外で野生化したのかは知らないわ。


でも、すごく綺麗だった。


私が楽しそうに笑うと、義父様も嬉しそうに笑われた。


私ね。


義父様の笑顔を見るのが好きなの。


私が笑うと嬉しい人がいるって思うと、安心する。


貴方はどう?


私が笑うと、嬉しい?


――ルーシュの回想録より抜粋



ザレイドの夜は、まだ焦げ臭かった。


コープスパーティーは終わった。


死者は倒れ、黒い心臓は砕かれ、街を覆っていた靄も消えた。


だが、石壁に染みついた煙の臭いまでは消えない。


貴族街の灯りも、今夜ばかりは薄かった。


その地下で、アウグストゥス・ヴァーミリオンは一人、研究室にいた。


棚には薬瓶。


机には試験管。


床には複雑な錬金術式。


壁際には、もう使われることのない器具が静かに並んでいる。


この研究室も、じきに捨てることになる。


アウグストゥスは試験管の中で揺れる薄紫の液体を見つめながら、勇者たちの動向を整理していた。


しばらく様子を見たが、セレスティアとレオヴァンは目立った動きを見せていない。


せいぜい、調査士に屋敷を監視させている程度だ。


時折、買い物に出るアエーシュモーやギルエルを尾行させてもいるが、それ以上は踏み込んでこない。


(何もしてこないのなら、こちらとしては都合が良い)


(あと二日)


(あと二日もあれば、アエーシュモーがこの街から脱出する準備を整える)


(そうすれば、勇者ともお別れだ)


(ルーシュのことも、知られずに済む)


アウグストゥスは、必要なら犯罪も選ぶ男だった。


だが、嗜虐家ではない。


人の苦痛を見て笑う類いの男ではなかった。


愉快犯とは程遠い。


だからこそ、暴力が有効だと判断すれば、規模の大小を問わず実行する。


逆に、目的に対して必要以上の暴力は好まない。


その本質を知らなければ、人によっては高潔な騎士にすら見えるだろう。


今回のコープスパーティーの大規模化は、別行動をさせていたアエーシュモーの独断だった。


アウグストゥスの望んだ規模ではない。


だが、起きてしまったものは仕方ない。


その一言で処理できるところに、彼の異常性があった。


人が死んで、街が壊れて、家族が焼けた。


それでも、盤面がまだ動かせるなら、まだ使う。


使える死は、死後も駒にする。


そんな男が、ルーシュにだけは異様な関心を示す。


なぜか。


それは、アウグストゥス自身にも分からなかった。


分からないからこそ、彼はあの少女を手放せない。


(……思えば、なぜ私があの娘にここまでしてやるのか、我ながら不思議ではある)


(だが、まあいい)


(家族ごっこを続けていけば、そのうち分かる日も来るだろう)


思考が逸れていることに気づいたアウグストゥスは、試験管を置き、頭の中で逃亡計画を再確認する。


まず、このまま二日、何も変わらぬ日常生活を送る。


勇者たちは知らない事だが、エンバーミングに必要な薬品は、最初から表の流通では仕入れていない。


ロゼが掴んだ薬品の流通記録は、アエーシュモーが商人ギルドとラーベラ薬品商会の職員を悪魔化させて作らせた偽記録だ。


表の記録は、最初から囮。


実際には、記録が残らない裏業者を使って薬品を手に入れていた。


今回の脱出では、その裏業者の荷に紛れて街を出る。


予定はこうだ。


二日後の昼、ヴァーミリオン邸で午餐会を開く。


規模は百人を超える。


呼べる知り合いを、呼べるだけ呼んだ。


コープスパーティー後の慰労。


復興支援。


被害を受けた貴族や商人たちの顔合わせ。


名目はいくらでもある。


この規模になれば、食事だけで大量の食材が運び込まれる。


しかも、この屋敷の常駐使用人は、アエーシュモーとギルエルの二人だけだった。


必然的に人手が足りない。


当然、外から臨時の料理人や配膳係を呼ばねばならない。


さらに呼ぶのは料理人だけではない。


余興に芸人も呼ぶ。


庭の仕切り越しに、屋敷前の通りから平民にも芸が見えるようにする。


当然、通りは開放する。


すでに周辺の市民にも告知してある。


暇があれば見に来るように、と。


集まった市民には、簡単な食事を提供する。


この開放について、政庁の許可は取らない。


つまり、人が集まり、通りを塞げば、治安局が来る。


午餐会に招かれた貴族。


芸人。


食事目当てに集まった市民。


それを取り締まりに来る治安局。


臨時の料理人。


配膳係。


荷運び。


そこにさらに、料理が足りないという口実で、裏業者が追加の食材を運んでくる。


食材を運んでくる馬車は五台。


午餐会の混乱に乗じて、裏業者が食材を下ろした馬車が屋敷から出る。


そうなれば、勇者の目は必然的にその馬車へ向くだろう。


だが、屋敷から離れる五台の馬車は、それぞれ別の道を進む。


食材を運んで来た時は、列をなして同じ道を走って来たと言うのにだ。


明らかに動きの怪しい馬車を、勇者がどれかを追う羽目になるその隙に、自分たちは――。


そこまでシミュレーションしたところで、扉が叩かれた。


ノックの音は軽かった。



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