表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/94

勇者の謀略

セレスティアとレオヴァンは、いまだにパーラメント邸のゲストルームに滞在していた。


表向きは、執政官からの依頼捜査が終わったため、屋敷を出るつもりでいた。


だが、パーラメント男爵に引き止められた。


街にいるなら、ここに泊まってほしい。


復興直後で不安なのもある。


貴族街も、まだ完全に安全とは言えない。


そういう理由もあっただろう。


だが、それだけではなかった。


パーラメント男爵の息子、セブン・ヒルが、セレスティアを気に入って離れたがらなくなったのだ。


捜査中は、日常の挨拶を交わす程度だった。


それが、事件が表向き解決したセレスティアが少し時間を持つようになった途端、露骨に甘えだした。


抱きつく。


膝の上に乗る。


剣を見せてほしいと言う。


怪物を倒した話をせがむ。


結婚しようと言ってくるし、風呂を覗く。


そして、眠くなるとセレスティアの袖を掴んだまま離さない。


「……まあ、それはどちらでもいいがな」


ゲストルームの窓際で、セレスティアが思わず呟いた。


「あ? 今なんて?」


獣人の耳が、独り言を拾った。


「いや、何でもない」


セレスティアは咳払いをする。


「それより、ヴァーミリオンは動くと思うか?」


レオヴァンは椅子に浅く腰掛け、窓の外の庭を見ていた。


貴族の庭は、まだ整っている。


だが遠くの空には、焼けた街区の煙が細く残っていた。


「多分な」


「あの男爵は判断が早い」


「俺たちがこの街に居続ければ、必ず何か仕掛けてくる」


「暗殺か」


「懐柔か」


「逃亡か」


「こっちの足を止める別の事件か」


「どれかは分からねぇけど、ぼーっとやり過ごす男じゃねぇよ」


レオヴァンは自信ありげに答えた。


セレスティアは腕を組む。


「ローレン殿とダンデ殿に手伝ってもらえれば、楽だったのだがな」


「やめといてやれよ」


レオヴァンは即座に言った。


「俺たちが今やってることは、かなり黒い」


「捜査権を返した勇者が、個人の判断で貴族を監視してる」


「法の上じゃ、だいぶ悪い事してるんだぜ」


セレスティアは眉を寄せる。


「私は悪い事などしていない」


「俺たちの意見は関係ない」


レオヴァンは鼻を鳴らした。


「真面目な二人を巻き込んでやるな」


「あの二人は、多分この街に必要な人材だ」


「ここで変に汚したら、後々困るのはザレイドだろうよ」


「それは、そうだが……」


セレスティアは言いかけて、口を閉じた。


職務熱心な彼らを、違法すれすれの監視に巻き込むわけにはいかない。


少なくとも、今は。


「話は変わる」


セレスティアは視線を窓の外へ向けたまま言った。


「パーラメント男爵から紹介された、例の男はどうなっている」


「調査士か」


レオヴァンが答える。


調査士。


表向きは、身元調査、商取引の信用確認、婚約前の家柄調べなどを請け負う職業である。


だが貴族社会で使われる時、その意味は少し濁る。


政敵の弱みを探る。


浮気を暴く。


不正な金の流れを嗅ぎ分ける。


場合によっては、尾行も監視もする。


密偵と呼ぶにはあまりに露骨で、公的機関でもない。


だから、調査士。


そう呼べば、貴族も商人も、顔をしかめずに済む。


パーラメント男爵がその手の人物を知っていたことに、セレスティアは少しだけ驚いた。


人の良さそうな男爵も、やはり貴族の端くれなのだ。


政略にまったく無頓着というわけではないらしい。


今、その調査士には、アウグストゥスの屋敷を見張らせている。


セレスティアとレオヴァンでは、顔が割れすぎているからだ。


「今のところ、大きな動きはないらしい」


レオヴァンは言った。


「ただ、向こうも俺たちを警戒してる」


「見張りがいることくらい、とっくに気づいてるだろうな」


「だから、報告を当てにしすぎるのはやめた方がいい」


「ふむ」


セレスティアは短く相槌を打つ。


「では、アウグストゥスは次にどう動くと思う?」


問いながら、彼女自身も考えていた。


あの男は次にどう動くか。


どうとでも動くだろう。


四十二人を殺した罪を誤魔化すために、街を半壊させる男だ。


常人の尺度で読む方が無理だった。


証拠を消す。


証人を作る。


教団を膨らませる。


悪魔を利用する。


死者の宴すら、盤上の煙幕にする。


ここまで狂った男の次など、まともに予想できるはずがない。


レオヴァンも、同じ結論に辿り着いていた。


「分からねぇ」


「街を見てみろ」


「あいつは何だってやる男だ」


「俺たちの予想なんて当てにならねぇよ」


「来た球を打つしかない」


セレスティアは小さく唸った。


「むう……」


望んだ答えではなかった。


しかし、正しい答えではあった。


レオヴァンは、露骨に不機嫌になった相棒を見て、肩を竦める。


「大体、こっちが待つから、相手の動きに合わせなきゃいけなくなるんだよ」


「いっそ、こっちから仕掛けりゃいい」


セレスティアの目が動く。


「例えば?」


レオヴァンは、完全に軽口のつもりで言った。


「ルーシュ嬢ちゃんを誘拐してみるとか」


「案外、交渉に応じて殺人を認めるかもだぞ」


沈黙。


レオヴァンはそこで、自分の失言に気づいた。


セレスティアの顔が、見る見る輝いていく。


「さすがレオヴァン」


「天才だな」


「待て」


レオヴァンは即座に身を起こした。


「今のは冗談だ」


「そうか」


「冗談から真理が出ることもある」


「出ねぇよ」


「いや、出た」


「出してねぇって!」


セレスティアはすでに考え始めていた。


ルーシュを誘拐する。


言葉にすれば乱暴だ。


違法性も高い。


勇者として褒められた手段ではない。


だが、アウグストゥスが最も守りたいものは何か。


それを引きずり出せば、男は必ず動く。


屋敷から出る。


隠している手札を切る。


交渉に応じる。


あるいは、怒る。


怒れば、理性に隙ができる。


「……悪くない」


「いや、悪いだろ」


レオヴァンが頭を抱える。


「犯罪だぞ」


「相手は四十二人殺して街を焼いた男だ」


「それはそうだが、こっちが誘拐犯になる理由にはならねぇ」


「誘拐ではない」


「じゃあ何だ」


セレスティアは真顔で言った。


「保護だ」


「ものは言いようだなおい」


「危険な父親から、娘を一時的に保護する」


「詭弁にすらなってねぇよ、それ」


「レオヴァン」


セレスティアの声がわざとらしく神妙になる。


「私は、あの少女も怪しいと思っている」


レオヴァンの表情から軽さが消えた。


「……ルーシュか」


「ああ」


「アエーシュモーの催眠」


「影の茨」


「異常な防衛反応」


「アウグストゥスの過剰な保護」


「全て、あの少女を中心にしている」


セレスティアは窓の外を見た。


庭では、セブン・ヒルが使用人に連れられて歩いている。


あれくらいの子供でも、誰かに守られている。


守られるべきだからだ。


だが、守るという言葉は、時に牢になる。


「ルーシュを確保できれば、アウグストゥスは必ず動く」


「同時に、彼女自身の状態も調べられる」


「催眠なのか」


「呪いなのか」


「それとも、本人の意思なのか」


煮え切らない相棒を黙らせるために、セレスティアは適当な事を並べる。


レオヴァンは黙った。


冗談だった。


本当に、ただの軽口だった。


だが、セレスティアはもう、その軽口を本気でやる気だった。


「……やる気か」


「検討してるだけだ」


「お前の検討は、大体やる時の言い方だ」


「なら、検討の精度が高いのだろう」


「何で自信満々なんだよ」


レオヴァンは深く息を吐いた。


そして、窓の外へ目を向ける。


ヴァーミリオン邸の方角は、ここからは見えない。


だが、あの屋敷の中にいる薄桃色の髪の少女を思い浮かべることはできた。


殺人鬼か。


被害者か。


あるいは、その両方か。


「セレス」


「何だ」


「やるなら、半端にやるな」


セレスティアが振り返る。


レオヴァンの声は、もう軽くなかった。


「ルーシュ嬢ちゃんを掴むってことは、男爵の心臓を掴むってことだ」


「噛まれるぞ」


「分かっている」


「いや、分かってねぇ」


レオヴァンは牙を剥くように笑った。


「あの男は、自分の心臓を掴まれたら、自分の胸ごとこっちを潰しに来る」


「街を半壊させた男だ」


「娘一人のためなら、俺たち二人を殺すくらい躊躇しねぇ」


セレスティアは静かに頷いた。


「だからこそ、動かせる」


レオヴァンは舌打ちした。


「最悪だな」


「ああ」


セレスティアは、わずかに笑った。


「ようやく、こちらから手を伸ばせる」


その笑みは、勇者のものではなかった。


純粋に未来に希望を見出した少女の笑みだった。


レオヴァンは、もう一度深く後悔した。


軽口で、相棒に最悪の作戦を思いつかせた。


だが、同時に理解もしていた。


これは、使える。


アウグストゥスを追い詰めるには、綺麗な道を歩いている余裕などない。


窓の外で、復興作業の槌音が響いている。


その音の下で、セレスティアは静かに言った。


「まずは、ルーシュ・ヴァーミリオンの生活範囲を調べる」


「屋敷の使用人」


「外出先」


「護衛の配置」


「そして、アエーシュモーが離れる瞬間」


レオヴァンは天井を仰いだ。


「やっぱりやる気満々じゃねぇか」


「まだ検討中だ」


「嘘つけ」


セレスティアは答えなかった。


ただ、机の上に置かれたザレイドの地図へ視線を落とす。


そこには、政庁、パーラメント邸、商人ギルド、焼けた西区、そしてヴァーミリオン邸の位置が記されている。


彼女は指先で、ヴァーミリオン邸を軽く叩いた。


一度。


二度。


三度。


「こちらの番だ」


レオヴァンは、今度こそ黙った。


冗談は終わった。


盤面が、音を立てて裏返り始めていた。


面白かった思う方は、ブックマーク、評価、感想をお願いします。


ログインなしで感想機能を開放しました。

お気軽に感想を書き込んでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ