イザーク告書 その3
【第一日午後 暫定整理会議抜粋】
委員会は、以下の暫定見解を整理した。
一。
デトロン川怪事件、西区大火災、旧時計塔地下儀式、大聖堂悪魔憑き事件、物資集積場エディンム召喚、政庁襲撃、コープスパーティー発生は、相互に関連している蓋然性が高い。
二。
現時点で最も有力な主体は、黒山羊と毒ヘビの教団である。
三。
教団は悪魔召喚、死霊術、上位精霊召喚、記録改竄を組み合わせた複合的都市テロを実施した可能性がある。
四。
執政官パーク・バーガーの初動及び防災体制には重大な不備が認められる。
五。
ただし、コープスパーティー発生後の臨時指揮権譲渡は有効に機能しており、パークの責任範囲については追加審議を要する。
六。
勇者セレスティア及び勇者レオヴァンより、教団犯行説とは別に、個人犯または別系統の共犯者存在の可能性が提示された。
七。
当該主張は、デトロン川四十二遺体の処理差異、エンバーミング薬品購入時期、失踪者集計の不自然さ等を根拠とする。
八。
しかし現時点では、特定個人を名指しする証拠、物証、直接証言を欠く。
九。
よって、個人犯説は参考意見として記録するに留め、第一次報告における主軸とはしない。
その読み上げを聞いた瞬間、セレスティアは立ち上がった。
「参考意見?」
声が静かだった。
静かだからこそ、広間の空気が冷えた。
「四十二人が殺され、首を落とされ、保存処理をされ、川へ流された」
「それが、たまたま巨大な都市テロの前菜だったと?」
「違和感を参考意見で済ませるのか」
委員長グレイヴスは、疲れたように目元を押さえた。
「勇者殿。あなたの苛立ちは理解します」
「理解していない」
セレスティアは言い切った。
「理解しているなら、笑えないはずだ」
広間の端で、また誰かが息を漏らした。
笑いに近い音だった。
セレスティアは、その方向を見た。
議員たちは目を逸らす。
だが、顔には残っていた。
無理だ。
そんな犯人がいるはずがない。
四十二人を隠すために、街を壊す者などいるはずがない。
その常識が、笑いになっていた。
セレスティアの声は、震えていなかった。
「その笑い方を覚えておけ」
「いずれ、間違っていたと分かった時、自分が何を笑ったのか思い出せ」
委員長の表情が消えた。
「記録から削除しろ」
記録官が筆を止める。
だが、ミリアム専門弁護官が低く言った。
「削除には反対します」
委員長が睨む。
「なぜだ」
「勇者の発言は、事件の未解明部分に関する重要な異議申し立てです」
「委員会に都合が悪いから削るなら、報告書ではなく広告です」
数秒の沈黙。
委員長は、苦々しく顎を引いた。
「残せ」
記録官の筆が再び動く。
セレスティアは座らなかった。
広間の反対側。
アウグストゥス・ヴァーミリオンが、静かにこちらを見ていた。
穏やかな顔。
哀悼を知る紳士の顔。
疑惑など知らぬ救援者の顔。
セレスティアは、その顔を見ながら思った。
今は届かない。
真実は、委員会の机の上では小さすぎる。
死者の数が多すぎた。
街の穴が大きすぎた。
教団という名が、便利すぎた。
アウグストゥスの計画通りに。
◇
【第一次査問委員会 暫定結論】
本委員会は、ザレイドにおいて発生した一連の災害及び死霊都市テロについて、黒山羊と毒ヘビの教団による組織的犯行を最有力仮説として扱う。
ただし、以下については未解明事項として継続審議とする。
一、デトロン川四十二遺体の個別処理理由。
二、エンバーミング用薬品購入時期と遺体推定死亡時期の齟齬。
三、治安局記録改竄の全容。
四、悪魔化したエドワード・マリスの供述信憑性。
五、勇者セレスティアが主張する個人犯または別系統共犯者の可能性。
六、執政官パーク・バーガーの行政責任範囲。
七、都市防衛規定の不備及び再編案。
なお、最終判断は、追加証拠、王都議会治安部会、勇者ギルド、魔法ギルド、商人ギルド、星十字教会からの追補意見書を待って決定する。
よって、本件は決定保留。
委員会は閉会した。
◇
議事堂の外には、夕暮れが落ちていた。
灰色の雲の切れ間から差す光が、政庁前の掲示板を照らしている。
そこには、死者の名が貼り出されていた。
分かっている者だけ。
分からない者には、特徴が書かれている。
赤い靴の女。
右手の指が二本ない老人。
青い布を握っていた少年。
名前を失った死者たちが、紙の上でかろうじて人間に戻されていた。
セレスティアは、その前で足を止めた。
レオヴァンが隣に立つ。
「負けたな」
「まだだ」
「委員会は教団でまとめる気だぜ」
「なら、委員会の外で証拠を探す」
レオヴァンは、短く笑った。
「そう言うと思った」
背後で、杖の音がした。
コツン。
コツン。
アウグストゥス・ヴァーミリオンが、ゆっくり近づいてくる。
「勇者殿」
彼は丁寧に頭を下げた。
「本日は、お疲れ様でした」
セレスティアは振り返る。
「男爵」
「はい」
「真実は、多数決では決まらない」
アウグストゥスは、穏やかに微笑んだ。
「もちろんです」
「ですが、多数決で葬られる真実は、世にいくらでもございます」
風が吹いた。
掲示板の紙が揺れる。
死者の名前が、かさかさと乾いた音を立てた。
アウグストゥスは、その音を聞きながら続ける。
「お気をつけください、セレスティア殿」
「正しいことを言うだけでは、人は救えません」
「証明できなければ、正しさはただの癇癪です」
レオヴァンの目が獣のように細くなった。
「てめぇ……」
セレスティアは彼を手で制した。
「証明してみせる。絶対にだ」
「それは楽しみにしております」
アウグストゥスは、優雅に一礼した。
「この街のためにも」
「死者のためにも」
「そして、あなたご自身の誇りのためにも」
老紳士は去っていく。
その背中は、夕暮れの中へ溶けていった。
委員会の決定は、まだ出ていない。
だが、セレスティアには分かっていた。
紙の上では、事件はすでに終わらされかけている。
黒山羊と毒ヘビの教団。
都市テロ。
行政不備。
復興。
補償。
その言葉の中に、四十二人を殺した誰かの影が沈んでいく。
セレスティアは、掲示板に貼られた名もなき死者の紙へ手を伸ばした。
指先が、震えていた。
怒りではない。
悔しさだった。
「レオヴァン」
「何だ」
「私は、あの男を逃がさない」
レオヴァンは、牙を見せて笑った。
「だろうな」
「俺も、そろそろ我慢の限界だ」
夕暮れのザレイドに、鐘が鳴った。
それは復興開始を告げる鐘だった。
同時に。
真実が、政治に埋葬されるまでの猶予を告げる鐘でもあった。
同日、査問委員会に出席してい勇者ギルド連絡官、シェイラ・モートンの報告を受けた勇者ギルドは、追加の勇者の派遣の指示を取り消した。
アウグストゥスの完全なる勝利であった




