イザーク告書 その2
【第一日午後 勇者セレスティア及び勇者レオヴァン聴取抜粋】
勇者二名の聴取は、当初、教団犯行説を補強するものとして進行した。
旧時計塔地下における黒山羊と毒ヘビの教団拠点。
星十字教大聖堂における悪魔憑き修道士の暴走。
物資集積場におけるエディンム召喚。
政庁内部で悪魔化したエドワード・マリスの証言。
集積場の核を破壊したことによるコープスパーティー終息。
これらの証言は、いずれも黒山羊と毒ヘビの教団による組織的犯行と見るに十分であった。
少なくとも、委員会の大半はそう判断しかけていた。
その流れを断ち切ったのは、セレスティアだった。
「違う、そうではない」
広間の空気が止まった。
委員長グレイヴスが顔を上げる。
「何が違うのですかな、勇者殿」
「教団は関与しているかもしれない」
セレスティアは、まっすぐ委員席を見た。
「だが、この事件を教団の犯行と決めつけるのは危険だ」
「犯人が別にいる可能性を探るべきだ」
「個人犯の可能性を疑った方がいい」
その言葉に、最初に反応したのはリュシアン議員だった。
彼は鼻で笑った。
本当に、短く。
「個人犯?」
議場の端で、誰かが小さく笑った。
それはすぐに咳払いで隠されたが、セレスティアの耳には届いていた。
「勇者殿」
リュシアン議員は、困った子供へ言い聞かせるように言った。
「我々は、おとぎ話の犯人当てをしているのではありません」
「ザレイドの四分の一が吹き飛び、死者が歩き、政庁が襲われ、悪魔と始祖のリッチーが出現した」
「その規模の事件を、個人が起こしたと?」
「起こしたとは言っていない」
セレスティアは言葉を選びながら答えた。
可能な限り現実的な推論に聞こえるように。
「利用したと言っている」
委員長の目が細くなる。
「利用?」
「黒山羊と毒ヘビの教団という名を使い、事件全体を一つの巨大な都市テロに見せかけた者がいる」
「デトロン川怪事件の四十二体だけ、処理が違う」
「首を落とし、エンバーミングを施し、発見される形まで整えられていた」
「一方、コープスパーティーが行われる前の報告に上がっている事件で出た大量の死者には、同じ処理がない」
「これは同じ犯人の癖ではない」
魔法ギルド専門弁護官オルドが、顎髭を撫でた。
「確かに、術式構成としてもそこは奇妙ですな」
「ただし、奇妙であることは別犯の証明にはなりませぬ」
「分かっている」
セレスティアは即答した。
「だから調べるべきだと言っている」
「教団犯行で幕を閉じるな」
「この街には、教団の影に自分の罪を隠そうとした人間がいる」
また、短い笑いが起きた。
今度は隠されなかった。
トマス議員だった。
「つまり、その誰かは四十二人殺した罪を隠すために、イフリートを呼び、リッチーを呼び、悪魔を政庁へ送り込み、街を屍の宴に変えたと?」
「正気とは思えませんな」
セレスティアの手が、膝の上で強く握られた。
レオヴァンが口を開く。
「正気じゃねぇからやったんだろうが」
広間の視線が、今度はレオヴァンに向く。
「俺たちは、その手のイカレ野郎を見たことがある」
「小さい火事を消すために、山ごと燃やす奴だ」
「普通じゃねぇ。だから見落とす」
「常識で考えりゃ、そんな犯人はいない」
「だが、常識で考えていない奴が犯人だったらどうする?」
委員長グレイヴスは、冷ややかに返した。
「証拠は」
レオヴァンの口が止まる。
「誰がその個人犯なのです」
沈黙。
「名は」
沈黙。
「物証は」
沈黙。
委員長は、ゆっくりと椅子へ背を預けた。
「勇者殿」
その声は、丁寧だった。
丁寧すぎるほどに。
「あなた方の武勇には敬意を表します」
「この街が救われたのは、間違いなく勇者二名の尽力によるものです」
「だが、推論は推論です」
「都市査問委員会は、怪物を斬る場所ではない」
「紙で人を裁く場所です」
「紙に残せるものを持ってきてください」
セレスティアは、委員長を睨んだ。
その視線だけなら、人を斬れた。
だが、紙は斬れない。
委員会は、すでに答えを選びかけていた。
黒山羊と毒ヘビの教団。
それは大きすぎる。
便利すぎる。
誰もが納得しやすい。
四十二人の首無し死体も、西区大火災も、旧時計塔も、大聖堂も、集積場も、政庁襲撃も、全部まとめて一つの箱に入れられる。
箱の名は、都市型テロ。
セレスティアの主張は、正しかった。
だが、正しさは時に、小さすぎて聞こえない。
特に、街の四分の一が死んだ後では。
◇
【第一日午後 アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵及びアエーシュモー聴取抜粋】
アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵は、喪服に近い黒の礼装で出席した。
歩みは静かで、背筋は伸び、声は柔らかい。
まるで葬儀に参列した貴族のようだった。
「まず、犠牲になられた方々へ哀悼の意を」
彼は深く頭を下げた。
その所作は完璧だった。
完璧すぎて、レオヴァンは奥歯を噛んだ。
委員長グレイヴスが問う。
「男爵。あなたは勇者二名の戦闘に介入し、始祖のリッチー、エディンムとの交戦に協力した」
「その通りです」
「さらに、政庁防衛及びコープスパーティー終息にも関与している」
「微力ながら」
「微力?」
グレイヴスは資料へ目を落とした。
「複数証言によれば、あなたの魔法は空間を歪曲し、黒い球体により黒靄を吸収、あるいは切断している」
「魔法ギルドの分析では、既存の分類に照合困難とある」
「これを微力と呼ぶには、いささか謙遜が過ぎる」
アウグストゥスは穏やかに笑った。
「古い家には、古い技が残るものです」
「ヴァーミリオン家は、長く表舞台から遠ざかっておりましたので」
魔法ギルド専門弁護官オルドが、静かに口を開いた。
「アエーシュモー殿」
「はい」
黒いメイドは、感情のない声で答えた。
「あなたは大聖堂にて悪魔と思しき召喚体を退け、集積場にてコープスパーティーの核を破壊した」
「はい」
「使用魔法は、いずれも高位の暗黒系統に分類される可能性がある」
「その系統は一般には禁忌に近い」
「どこで学ばれた」
アエーシュモーは、少しだけ首を傾げた。
「必要でしたので」
「質問に答えておられぬ」
「必要なことを、必要な時に、必要なだけ覚えました」
「師は」
「おります」
「名は」
「旦那様の不利益になりますので、差し控えます」
広間に、不穏な空気が流れた。
だがアウグストゥスは、少しも慌てない。
「彼女は、私の家に仕える者です」
「責任があるなら、私が負いましょう」
委員長が笑った。
「美しい主従愛ですな」
「愛などと呼ぶほど、清らかなものではありません」
アウグストゥスは、ゆっくり答えた。
「ただの雇用関係です」
そこで、特命調査官クラウスが割って入った。
「男爵の行動については、多数の救助証言があります」
「勇者セレスティア殿の命を救い、政庁防衛に協力し、集積場の核破壊にも関与した」
「この点は、委員会としても評価すべきでは」
グレイヴス委員長は、気に入らない顔をした。
「君は本当に、都合のいい時だけ評価という言葉を使う」
「事実です」
「ああ、そうだな」
委員長は、アウグストゥスへ向き直った。
「男爵。あなたは執政官パークの対応をどう評価する」
広間の空気が変わった。
これが本題だった。
パークを撃つための弾。
それをアウグストゥスに言わせようとしている。
老紳士は、少しだけ目を伏せた。
「執政官閣下の対応には、不備があったでしょう」
特命調査官クラウスの肩が強張る。
委員長の口元がわずかに上がった。
だが、アウグストゥスは続けた。
「しかし、災害のただ中で行政の首を切ることは、外科手術の最中に医師の手を斬り落とすようなものです」
「執政官パーク・バーガーには、今後、王都への報告、補償命令、復興予算の承認、物資徴発、孤児保護、遺体埋葬許可、感染者隔離施設の設置といった、極めて事務的で、極めて重要な仕事が残されております」
「能力を論じるのは結構」
「責任を問うのも結構」
「ですが、街がまだ血を流している今、椅子だけを蹴り倒せば、床の上で死ぬのは市民です」
その言葉は、パークを庇っているようで、庇っていなかった。
パークが優れているとは、一言も言っていない。
ただ、必要だと言った。
事務処理のために。
印章のために。
街を明日へ動かすために。
グレイヴス委員長は、長い沈黙の後、低く言った。
「男爵は、なかなか政治をご存じだ」
「いえ」
アウグストゥスは微笑んだ。
「人が死んだ後の片付けを、少し知っているだけです」
その言葉に、セレスティアの視線が鋭くなった。
人が死んだ後の片付け。
その言い方が、あまりに馴染みすぎていた。
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