エドワード・マリスVSローレン・ゲイデン
「この事件が起こった時、俺が執政官パーク・バーガーに会いに行ったら、あいつが何て言ったと思う?」
「開口一番、“問題は現場の怠慢にあって、私は悪くない”だとよ」
「誰もアンタの責任を問うために行ったわけじゃねぇ」
「治安局と城衛府に指示を出さなきゃいけねぇ状況だった。だから、どう動かす気か聞きに行っただけだ」
ダンデは、机の上に置かれた水差しへ手を伸ばし、飲まずに戻した。
「そしたら、何故か俺を敵みたいに睨みやがる」
「私は悪くない、予算が足りない、人員が足りない、勇者の到着が遅い、現場が報告を上げない」
「聞いてもいねぇ言い訳を、延々と並べやがった」
「だから言ってやった」
「仕事しねぇなら、指揮権を寄こせ」
「治安局と城衛府を、俺が動かす」
「そしたら、あの野郎、どうしたと思う?」
ダンデは笑った。
怒りを噛み潰したような笑いだった。
「“そんなに欲しければ、くれてやる。責任は全てお前にあるからな”だとよ」
「上等だ」
「責任なら取ってやる」
「だから、さっさと権限を寄こせ」
「指揮官の椅子に座って震えてるだけの豚より、現場で血を浴びてる馬鹿の方が、まだ街を動かせる」
――上級捜査官ダンデ・クロイス査問記録より抜粋
◇
政庁前の広場に、骨の雨が降っていた。
それは空から落ちているのではない。
地面に散らばった死体が、自分の肉を捨てるようにして立ち上がり、骨だけを抜き出され、音を立てて一点へ集まっているのだ。
折れた腕。
割れた肋骨。
剥き出しの脊椎。
潰れた頭蓋。
それらが黒い靄に引きずられ、互いを噛み合わせ、絡み合い、積み上がっていく。
骨が骨を求める。
死が、さらに大きな死を形作る。
そして広場の中央に、巨大な骸骨が生まれた。
政庁の二階窓に届くほどの巨体。
無数の頭蓋を束ねて作られた顔。
肋骨の隙間には、まだ腐肉のついた腕が何十本もぶら下がっている。
空洞の眼窩には青白い炎が灯り、顎が開くたびに、そこから何人もの断末魔が漏れた。
《あつい》
《いたい》
《だして》
《かえりたい》
《おかあさん》
それは一体の怪物ではなかった。
殺された者、焼かれた者、噛まれた者、踏み潰された者。
ザレイドで死んだ無数の屍が寄り集まって生まれた、巨大な怨嗟の骸。
餓者髑髏。
その怪物が、政庁の正面扉へ骨の拳を叩きつけた。
――ドォォォォン!!
建物全体が揺れる。
石壁に亀裂が走り、天井から砂と埃が降り注いだ。
◇
「今のは何だ!」
下階から職員の悲鳴が上がる。
ダンデ・クロイスは吹き飛びかけた机を肩で押さえながら、割れた扉の隙間を覗いた。
そして、初めて言葉を失った。
扉の外に、壁があった。
いや、壁ではない。
骨だ。
巨大な白骨の脛が、政庁の階段を踏み潰している。
見上げれば、青白い眼窩がこちらを覗き込んでいた。
「……はは」
ダンデの喉から、乾いた笑いが漏れる。
「税金の苦情にしちゃ、ずいぶんデカい客だな」
冗談を言っている場合ではない。
分かっている。
分かっているから、笑うしかなかった。
ガシャドクロの拳が、再び振り上げられる。
「全員伏せろォォォッ!!」
叫んだ直後、拳が正面玄関を叩き潰した。
――ドガァァァァン!!
積み上げていた机が粉砕される。
本棚が弾け飛ぶ。
石像の台座が砕け、職員が数人まとめて床へ投げ出された。
死者の群れが、できた隙間から雪崩れ込もうとする。
「槍! 前へ出ろ!」
「でも、あんなの――」
「ドクロは後だ!」
ダンデは怒鳴った。
「目の前の死体を止めろ!」
彼は倒れた職員の襟首を掴んで引き起こす。
「生きてるか!」
「は、はい!」
「なら働け!」
死者の手が伸びる。
ダンデは剣を振るい、最初の一体の頭を割った。
だが外では、巨大な骨の指が、政庁の窓枠へかかっている。
建物そのものを引き剥がす気だ。
「ローレン!」
ダンデは歯を剥いた。
「上で遊んでるなら、さっさと降りてこい!」
◇
上階の廊下にも、衝撃は届いていた。
床が跳ね、壁に掛けられていた肖像画が落ちる。
セレスティアは片膝をつき、レオヴァンは彼女を支えたまま壁へ肩を打ちつけた。
ローレンは剣を構えたまま、揺れの中で踏み止まる。
アウグストゥスだけが、わずかに眉を動かした。
「……外も、随分と賑やかになりましたな」
その声は静かだった。
レオヴァンは横目で睨む。
「おい、男爵」
「今の音、何だと思う?」
「大きなものが扉を叩いたのでしょう」
「そういう話をしてんじゃねぇ」
廊下の奥で、エドワード・マリスが微笑んでいた。
その背後では、喉を裂かれた職員たちが操り人形のように揺れている。
「素晴らしい」
マリスが拍手した。
ぱち。
ぱち。
ぱち。
血のついた指先で、丁寧に。
「ついに形になりましたか」
ローレンの目が細くなる。
「何を知っている」
「黒幕ですから、全てを、と申し上げるべきなのでしょうね」
マリスは笑う。
「死者の数は、だいたい把握しております」
「首無し死体」
「西区大火災」
「集積場の犠牲者」
「噛まれて死んだ避難民」
「斬られた職員」
「すべてが素材です」
セレスティアの表情が冷えた。
「素材、だと」
「ええ」
マリスの口元から黒い靄が漏れる。
「人間は、生きている時より死んでからの方が役に立つ場合もございますので」
レオヴァンの耳が伏せられた。
怒りより先に、嫌悪が出た。
「それで、てめぇは誰なんだ」
「エドワード・マリスです」
「違ぇよ」
レヴァーンハウの柄を握る手に力が入る。
「その皮袋の中身に聞いてんだ」
マリスは微笑んだまま、わずかに首を傾けた。
「名乗るほどの者ではありません」
「ただの残響」
「ただの歯車」
「ただ、王の中の王の命に従う、小さな口に過ぎません」
その言葉に、アウグストゥスの目が一瞬だけ細くなった。
本当に一瞬。
だが、セレスティアは見た。
レオヴァンも見た。
ローレンも見た。
マリスは、わざとそれを言ったのか。
それとも、口を滑らせたのか。
判断する時間はなかった。
外から三度目の衝撃が来る。
政庁が悲鳴を上げた。
石壁の一部が割れ、廊下の窓から巨大な骨の指が突き込まれる。
「っ!」
骨の指は、窓枠ごと壁を抉り取った。
上階の床が傾く。
職員の悲鳴が下から突き上げてくる。
セレスティアは歯を食いしばった。
「レオヴァンは外を!」
「お前はどうすんだよ!」
「中を片づける」
「馬鹿か! その足でなにができるって言うんだ!」
「馬鹿で結構! 気合が在れば何でもできる!」
言い争いを裂くように、ローレンが前へ出た。
「マリスは私が押さえます」
「ローレン殿」
「外のドクロを止めなければ、政庁ごと潰されます」
ローレンは視線をマリスから外さない。
「ここは私に任せてください」
マリスが嬉しそうに笑った。
「お一人で?」
「ええ」
「勇敢ですね」
「それは違うぞ」
ローレンは剣先を向ける。
「お前程度に、全員でかかる価値がないだけだ」
マリスの笑みが、少しだけ消えた。
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