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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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すべての線が交わる場所で

 政庁前の広場に、セレスティアたちが到着したのは、その数分後だった。


 夕闇はもう街の屋根へ降り始めている。


 黒い靄は地を這い、死者の足元へまとわりつき、広場全体を腐った沼のように染めていた。


 政庁の正面には炎の壁。


 その前で、アエーシュモーが一人、死者の群れを焼いている。


 その光景を見た瞬間、セレスティアの足が止まった。


「アエーシュモー……」


 あれだけの数のアンデッドを、まるで庭の枯葉でも払うように処理している。


 火力も制御も異常だった。


 助かっている。


 間違いなく、助かっている。


 だからこそ、怖い。


 レオヴァンも同じものを見ていた。


「なあ、セレス」


「何だ」


「あの女、本当に執事か?」


「私に聞くな」


 アウグストゥスが横から静かに言う。


「彼女は優秀な使用人です」


「優秀って言葉で済むかよ」


「世の中には、便利な言葉が多いものです」


 レオヴァンは舌打ちした。


 その時、政庁の上階から爆発音がした。


 窓硝子が砕け、黒い靄が噴き出す。


 アエーシュモーが初めて顔を上げた。


「……中ですね」


 アウグストゥスの表情がわずかに動く。


「またか」


 小さな呟きだった。


 だが、セレスティアは聞き逃さなかった。


「今、何と言った」


 アウグストゥスはすぐに笑みを戻した。


「なんの話でしょうか?」


()()()とはどう言う意味かと聞いているのです」


「集積場で一度爆発音を聞いているところに、今の爆発音をまたかと言うのは、それほどおかしなことですか?」


「男爵は初対面の時からずっとおかしい」


 セレスティアの声が鋭くなる。


 だが、上階から再び悲鳴が響いた。


 議論は終わった。


 セレスティアは剣を握る。


 ふらつく足を、意地だけで踏み止めた。


「中へ入る」


「立てるのかよ」


 レオヴァンが支えようとする。


「支えろ」


「はいはい」


 セレスティアはレオヴァンの肩を借りた。


 アウグストゥスはアエーシュモーへ目を向ける。


「外は任せる」


「畏まりました」


 アエーシュモーは一礼した。


 そして死者の群れへ振り返る。


 炎が、また広がった。


 赤黒い火の海の中で、彼女だけが静かに立っている。


 若い兵士が、その背中を呆然と見つめていた。


 憧れに近い目で。


 それを見たローレン配下のベテラン兵が、低く吐き捨てる。


「見るな」


「え?」


「あれは見るものじゃない」


 若い兵士は意味が分からない顔をした。


 だが、ベテラン兵の額には汗が浮かんでいた。


 戦場で長く生きた者ほど、分かる。


 あの女は、強いのではない。


 違う場所にいる。



 政庁内部では、ローレンが三体目の死体を斬り伏せていた。


 元は職員だったものだ。


 さきほどまで書類を運び、市民を避難させていた人間。


 だが今は、黒い靄に操られ、ローレンの喉を狙ってくる。


 斬るしかない。


 迷えば死ぬ。


「マリス!」


 ローレンは叫んだ。


 エドワードは廊下の奥に立ったまま、微笑んでいる。


「はい」


「お前の目的は何だ!」


「混乱です」


「ともかくこのザレイドの被害を、大きくするのが私の仕事です」


「それだけか!」


「それだけで十分でしょう」


 エドワードは両手を広げた。


「外には死者」


「地下には感染者」


「上には無能な執政官」


「治安局は頭を失い、政庁は最初から腐ってる」


「この街は、実に美しい形で壊れていく」


 ローレンは踏み込む。


 距離を詰める。


 だがエドワードの背後から、さらに死体が起き上がる。


 局員。


 職員。


 喉を裂かれた者。


 胸を刺された者。


 全員が、エドワードの盾になった。


「どけ!」


 ローレンの剣が走る。


 一体を斬る。


 二体目を蹴る。


 三体目の腕を落とす。


 その間に、エドワードは廊下の角を曲がった。


 逃げる気だ。


「待て!」


 ローレンが追おうとした瞬間、背後から声が飛んだ。


「ローレン!」


 ダンデだった。


 血まみれのまま廊下へ駆け込んでくる。


「上階が破られた!」


「何?」


「窓から入り込まれた。外の連中が壁をよじ登ってやがる」


 最悪は、いつだって重なる。


 ローレンは逃げるエドワードの背中を見た。


 追えば、内通者を捕まえられるかもしれない。


 だが、その間に上階の職員が死ぬ。


 地下の避難民も危ない。


 政庁の指揮機能も終わる。


 歯を食いしばる。


「……ダンデ」


「何だ」


「マリスを追ってください」


「あいつか」


「はい。悪魔に身体を乗っ取られています」


 ダンデの顔が引きつる。


「今日一番聞きたくねぇ報告だな」


「私は上階を押さえます」


「死ぬなよ」


「そちらこそ」


 二人は同時に走り出した。


 別方向へ。


 同じ地獄の中へ。



 政庁の階段を、セレスティアたちは駆け上がっていた。


 レオヴァンがセレスティアを半ば抱えるように支えている。


 アウグストゥスは、その後ろを平然とついてくる。


 足音は軽い。


 老紳士のものではない。


 戦闘者の足音だった。


「男爵」


 レオヴァンが前を向いたまま言う。


「爺さんの足じゃねぇな」


「健康には気を遣っておりますので」


「そりゃ結構」


 階段の上から、死者が転がり落ちてきた。


 首が折れ、腕がねじれ、それでも口を開けて噛みつこうとする。


 レオヴァンが戦斧を振るう。


 死者の身体が壁へ叩きつけられ、肉片になった。


 セレスティアが息を呑む。


「中まで入り込まれているのか」


「だから急げって話だ」


 踊り場へ出た瞬間、黒い靄が廊下を覆っていた。


 その奥で、人影が動く。


 ローレンだった。


 一人で、窓から侵入した死者を食い止めている。


「ローレン殿!」


 セレスティアが叫ぶ。


 ローレンは一瞬だけ振り返った。


「生きていましたか」


「そちらこそ!」


「生憎、死ぬ暇がありません」


 ローレンの肩には噛み傷ではない切り傷がある。


 血が止まっていない。


 それでも剣は鈍っていない。


 セレスティアは彼の横に立つ。


「援護する」


「助かります」


 レオヴァンも戦斧を構えた。


「爺さん、後ろ頼む」


「ええ」


 アウグストゥスが杖を構える。


 その瞬間、廊下の奥から黒い靄が渦を巻いた。


 ただのアンデッドではない。


 何かがいる。


 ローレンの表情が変わる。


「マリスがいる」


「マリスが誰だか知らないが、敵だな」


 セレスティアの目が鋭くなる。


「はい。身体はもう本人ではありません」


 黒い靄の奥から、足音がした。


 ゆっくり。


 穏やかに。


 血の匂いをまとって。


 エドワード・マリスが姿を現した。


 手には短剣。


 口元には微笑。


 その瞳は、人間のものではなかった。


「おや」


 マリスは四人を見て、嬉しそうに目を細めた。


「役者が揃いましたね」


 レオヴァンが低く唸る。


「こいつが原因か」


「原因の一つです」


 アウグストゥスが静かに言った。


 その声に、マリスの視線が動いた。


 一瞬。


 主従でも、敵同士でもない。


 もっと奇妙な緊張が、二人の間に走った。


 セレスティアはそれを見た。


 レオヴァンも見た。


 ローレンも見た。


 アウグストゥスは、何事もなかったように微笑む。


「マリス殿」


「職務中に短剣とは、穏やかではありませんな」


 マリスはゆっくり頭を下げた。


「ご心配なく」


「これは、記録を正すための刃です」


 黒い靄が、彼の背後で膨れ上がる。


 死んだ職員たちが起き上がる。


 さらに、廊下の窓から死者が這い込んでくる。


 政庁内部に、死が満ちていく。


 マリスは微笑んだ。


「さあ」


「誰の死から記録しましょうか」


 その瞬間、政庁の床が大きく揺れた。


 外から、何か巨大なものが扉を叩いた音だった。


 ダンデの怒号が下階から響く。


「持ちこたえろォォォッ!!」


 上には悪魔。


 下には死者の群れ。


 地下には感染者。


 政庁は、ついに内と外から同時に崩れ始めていた。


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