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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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コープスパーティー

私は、守らねばならないのです。


いえ。


信念などと呼べるほど、大層なものではありません。


ただ、漠然とそう思っているだけでして。


この街に生まれ、この街で育ちました。


ならば、何か一つくらい、この街の役に立ちたい。


常にそう思ってはいるのですよ。


――ローレンの回想録より抜粋



昼の太陽が少し傾きかけた頃、黒く抉られた街並みがところどころ黒煙を上げていた。


崩れた石造りの家屋からは細い煙が立ち昇り、焼け焦げた梁が、時折耐え切れなくなったように崩れ落ちる。


風が吹くたび、灰が舞った。


その灰は雪のように静かだった。


だが、人の肌へ触れた瞬間、生温かい。


さっきまで、そこに誰かがいた証だった。


悲鳴はない。


泣き声もない。


あまりにも多くの命が、一瞬で奪われたせいだ。


静寂だけが、街を支配していた。



「……っ!」


レオヴァンは、瓦礫の山を突き破って飛び起きた。


肺へ焼けるような空気が流れ込む。


全身が痛い。


右肩は外れ、左腕からは血が滴っていた。


レオヴァンは跪き、地面に外れた肩を思いっきり叩きつけて強引に嵌めなおす。


ゴッキン!


体の中で骨がぶつかり合う。


それと同時に、一瞬走った激痛を無視して、姿が見えないパートナーの名を呼んだ・


「セレス!」


怒鳴る。


返事はない。


レオヴァンは鼻を鳴らした。


血。


煙。


死臭。


焼けた石。


そして、わずかに氷の魔力。


「いた!」


瓦礫を蹴散らしながら走る。


十数歩先。


崩れた鐘楼の下敷きになったセレスティアを見つけた。


胸は上下している。


生きている。


「おい!」


レオヴァンは石材に手を掛けた。


筋肉が悲鳴を上げる。


それでも力任せに持ち上げ、投げ飛ばした。


ようやく自由になったセレスティアが、激しく咳き込む。


「……レオ、ヴァン」


「生きてんな」


「当然だ」


言葉とは裏腹に、その顔色は真っ白だった。


額から血が流れ、左足は不自然な方向へ曲がっている。


それでも彼女は、剣だけは離していなかった。


「ロゼ夫人は」


その問いに、レオヴァンは黙った。


答える必要はなかった。


魔法陣の中心にいた。


あの爆発だ。


生きている可能性は、限りなく低い。


セレスティアも理解したのだろう。


ゆっくり目を閉じ、小さく息を吐いた。


「……そうか」


その時だった。


遠くで鐘が鳴る。


いや、鐘ではない。


警鐘だ。


街中の鐘楼が、一斉に危険を知らせ始めていた。


レオヴァンが顔を上げる。


黒い靄は消えていない。


むしろ、街全体へ広がり始めている。


そして、その靄の中を。


人影が、ゆっくりと立ち上がった。


「……おい」


最初は一人。


次に三人。


十人。


二十人。


さらに増える。


倒れていた住民たちが、次々と起き上がっていく。


折れた首をぶら下げたまま。


腹を抉られたまま。


焼け焦げた身体のまま。


死人が歩いていた。


セレスティアが歯を食いしばる。


「まさか……」


レオヴァンは低く唸った。


「始まりやがった」


侶胡王国(りょなんおうこく)で黒山羊と毒ヘビの教団が起こした、死霊の祭典。


コープスパーティー。


亡者たちは、まだ二人に気づいていない。


だが、ゆっくりと同じ方向へ歩き始める。


何者かに呼ばれているように。


街の中心へ。


政庁のある方角へ。


その光景を見たセレスティアの瞳から、迷いが消えた。


「止めなければ」


「街へ行くぞ、レオヴァン」


レオヴァンは苦く笑った。


「足、折れてる奴が言う台詞じゃねぇぞ」


「ぬっ?」


セレスティアは自分の足を見下ろし、忌々しげに眉を寄せた。


「ええい、こんなもの!」


彼女は片手を傷口へかざす。


「世界よ、私に資格があるなら応えよ」


「傷は命の証」


「痛みは生の代償」


「されど今は、その試練を退ける時」


「欠けし肉を繋ぎ、裂けし血脈を結び、乱れし生命を調えたまえ」


「我は癒しを願う」


「世界よ、その願いを認めたまえ」


「――治々癒療(ハイリング・テラピー)


淡い光がセレスティアの左足を包む。


折れた骨が音を立てて戻り、裂けた肉が塞がっていく。


だが、セレスティアは治癒魔法が得意ではない。


形は戻る。


血も止まる。


しかし痛みは残る。


「ぐっ……」


立ち上がろうとして、彼女の顔が歪んだ。


「ほら、乗れ」


レオヴァンが背を向ける。


セレスティアは一瞬だけ躊躇したが、すぐに彼の背へ身体を預けた。


「行くぞ」


「ああ」


二人は瓦礫を踏み越え、亡者が歩く街へ向かって走り出す。


その時。


背後から、邪悪な気配が膨れ上がった。


エディンム。


始祖のリッチー。


「どこへ行くのかえ?」


甘ったるい声が、灰まみれの空気を撫でた。


「まだ妾の相手が終わっておらんじゃろう」


「それとも、退屈しのぎに妾が街の住人を虐殺して回ってもよいと言うのか」


「のう、勇者よ」


レオヴァンは忌々しげに振り向いた。


「二人で速攻で蹴りつける」


「その後、あのアンデッドの群れを薙ぎ払う」


「それでいいな?」


返事を待たず、レオヴァンは背負っていたセレスティアを地面へ下ろした。


セレスティアは痛む足で踏ん張り、氷刻の円剣を構える。


「他に選択肢もなさそうだ」


エディンムが、楽しげに笑う。


「よい」


「妾を楽しませよ」


そして。


始祖のリッチーと、二人の勇者の死闘が始まった。



その頃。


政庁の尖塔では、黒い靄を見上げながら、一人の男が拳を握っていた。


ダンデ・クロイスである。


彼は偶然、執政官へ現状報告をするため政庁を訪れていた。


「……最悪だ」


四十二人の首無し死体事件。


旧時計塔。


黒山羊と毒ヘビの教団。


その全てが、今この瞬間、一つへ繋がった。


そう見えるように、繋がってしまった。


そして彼は、まだ知らない。


これは教団が起こした災厄ではない。


誰かが、教団という舞台装置を使って仕組んだ、最悪の一手に過ぎないことを。


ダンデは腕輪型の通信具へ魔力を通す。


「局長」


「至急、政庁に人を回してくれ」


通信具の向こうから怒鳴り声が返ってくる。


ダンデの眉が動いた。


「はあ?」


「集積場にアンデッドが大量に湧いてる?」


彼は眼下を見下ろした。


政庁前の大通り。


そこには、黒い靄に包まれた死者たちが、ゆっくりと集まりつつあった。


「奇遇だな」


ダンデは乾いた声で言った。


「俺の目の前にも、アンデッドが日頃の政治不満をぶちまけに来てる」


「税金が高ぇってな」


通信具の向こうが一瞬黙る。


「冗談を言ってる場合かって?」


「分かってるよ、クソが」


ダンデは腰の剣を抜いた。


「政庁を落とされたら終わりだ」


「執政官を避難させろ」


「第三課と第五課の記録を地下へ移せ」


「焼くな。捨てるな。持てるだけ持ち出せ」


「それと――」


目の前の亡者の群れが、徐々に速度を上げ始める。


「誰でもいい」


「戦える奴を全部寄越せ」


通信を切る。


ダンデは階段へ向かって走った。


政庁の下では、門衛たちがすでに槍を構えている。


その先に、死者の群れ。


誰もが顔を青ざめさせていた。


ダンデは叫ぶ。


「門を閉めろ!」


「中へ入れるな!」


「噛まれた奴は下がれ! 強がるな、足手まといになる!」


亡者たちが、政庁前の広場へ押し寄せる。


政治へ不満を持つ市民のデモ隊なら、まだ話も通じただろう。


だが、彼らはもう市民ではない。


死体だ。


税を払わず、文句も言わず、ただ生者を引きずり込むだけの群れだった。


ダンデは奥歯を噛み締める。


「ローレン」


「生きてるなら、とっとと来い」



パーラメント邸の会議室では、アウグストゥスとアエーシュモーが資料の整理をしていた。


突然。


雷鳴よりも大きな爆音が響いた。


一拍遅れて、屋敷全体が衝撃波に呑まれる。


窓硝子が震え、棚の書類が床へ散った。


使用人の悲鳴が廊下から聞こえる。


アウグストゥスは窓の外を見た。


集積場の方角。


そこには、巨大な煙が上がっていた。


「始まったようだな」


声は静かだった。


だが、眉間にはわずかな皺が寄っている。


「少し……いや、かなり予想より被害が出ているようだが」


アウグストゥスは、隣に立つアエーシュモーへ視線を向けた。


「あれは、お前の指示か? アエーシュモー」


彼の計画では、イフリートが焼き払った西区の被害者の怨念を媒介に、コープスパーティーを始める予定だった。


それだけで十分だった。


十分すぎるほど、街は教団を恐れる。


十分すぎるほど、執政官は事件解決を急ぐ。


だが窓から見える煙は、それ以上の被害を示していた。


必要のない破壊。


必要のない死。


計算外の犠牲。


アエーシュモーは、悪びれることなく答える。


「はい」


「我々の目的の性質上、事件の規模は大きければ大きいほど効果があると思いまして」


「いけませんでしたか?」


アウグストゥスは数秒、黙った。


「いけないわけではない」


声は低い。


「だが、必要のない犠牲者は出すな」


「無関係の人間を巻き込めば、ルーシュが嫌がる」


「お前も知っているはずだ」


「失念しておりました」


アエーシュモーは軽く頭を下げた。


「次からは気をつけます」


謝罪の言葉。


だが、声に悔いはない。


顔にもない。


いつも通りの無表情。


それなのに。


アウグストゥスには、彼女がどこか楽しんでいるように見えた。


「……お前」


言いかけて、止める。


今ここで責めても、時間の無駄だ。


街はすでに動き出している。


死者も、勇者も、治安局も。


ならば今やるべきは、叱責ではない。


修正だ。


「状況を確認する」


アウグストゥスは散らばった資料の中から、地図を拾い上げた。


「政庁の防衛状況」


「勇者二人の生存」


「ロゼ夫人の安否」


「そしてエディンムの制御」


「全て確認しろ」


「畏まりました」


アエーシュモーが一礼する。


アウグストゥスは窓の外を見た。


黒い靄が、街の中心へ流れていく。


「六日以内に、事件を終わらせる」


老紳士は静かに呟いた。


「その予定は変えん」


その横で、アエーシュモーは無表情のまま目を細めた。


「では、少々急ぎましょう」


「このままでは、街そのものが終わってしまいますので」


皮肉なのか。


忠告なのか。


あるいはただの事実確認なのか。


アウグストゥスには判断できなかった。


ただ一つ、確かなことがある。


盤面は、まだ彼の手の中にある。


だが、駒の一つが楽しみすぎている。


それは、極めて不愉快な誤差だった。


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