表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/94

残り3日 夕方(パーラメント邸にて)

夕闇が近づき始めていた。


それでも大聖堂の中には、まだ昼の光が残っている。


色硝子から差し込む陽光が、血で汚れた石床を赤や青に染め上げていた。


倒れた司祭。


悲鳴を上げて逃げ惑う信徒たち。


横倒しになった香炉から、白い香煙が礼拝堂を霞ませている。


その中心で。


「アアアアアァァァッ!」


黒い靄を口から漏らしながら、修道士が咆哮した。


人間とは思えない怪力で長椅子を持ち上げ、聖堂騎士へ叩きつける。


「防げッ!」


――バキィッ!!


盾が砕けた。


吹き飛ばされた聖堂騎士は柱へ激突し、そのまま動かなくなる。


「隊列を組め!」


隊長格の聖堂騎士が叫んだ。


三人が左右へ展開し、一斉に斬りかかる。


しかし、修道士は笑った。


「アハ……アハハハハッ!」


黒い靄が全身を包み、異様な速度で踏み込む。


拳が振るわれた。


――ドゴォッ!!


一人目の胸甲が陥没する。


鎧ごと胸を砕かれた騎士は、血を吐きながら吹き飛んだ。


残る二人が剣を振るう。


刃は修道士の肩へ食い込んだ。


だが止まらない。


修道士は剣を握り潰し、そのまま騎士の首へ噛みついた。


「ぐぁぁぁぁぁっ!」


鮮血が噴き上がる。


もう一人の騎士が背後から斬りつけ、ようやく修道士が距離を取った。


礼拝堂は血と悲鳴で満ちていた。


ロゼは肩の傷を押さえながら立ち上がる。


(このままでは全滅しますわね)


商人である以前に、彼女も魔法の素養を持つ人間だった。


ロゼは静かに右手を掲げる。


「世界よ! 私に資格があるのなら応えよ!」


白い光が指先へ集まっていく。


「邪を照らす聖なる輝きよ」


「迷える魂を戒めよ」


「闇に傾きし心を、その罪ごと照らし出せ」


「――浄光戒律サンクティ・ルーメン!」


ダーク属性の精神へ直接ダメージを与える、神聖系の攻性魔法。


眩い白光が、礼拝堂を包んだ。


――キィィィィィン!!


修道士が絶叫する。


黒い靄が煙を上げ、修道士の身体がわずかに後退した。


その一瞬だった。


「今だッ!」


唯一無傷だった聖堂騎士が床を蹴る。


一直線。


迷いなく。


白銀の剣が、修道士の胸を貫いた。


「が……っ!」


修道士は膝をつく。


だが、その顔は笑っていた。


「黒山羊を……讃えよ……」


「毒ヘビを……讃えよ……」


口が裂けるほど大きく開く。


その奥は真っ黒だった。


喉も、舌も、歯も見えない。


闇だけが詰まっている。


次の瞬間。


大量の黒い靄が、修道士の口から噴き出した。


礼拝堂中へ広がっていく。


「何ですの、これは……!」


ロゼが息を呑む。


黒い靄は天井近くで渦を巻き、一つの輪郭を形作った。


人型。


だが人ではない。


黒い霧で編まれた身体。


異様に長い両腕。


顔のあるべき場所には、底なしの闇だけが揺れていた。


負傷した司祭が青ざめる。


「まさか……悪魔……」


「悪魔を呼び出せる者が、この街に……!」


悪魔はゆっくりと首を傾げた。


そして、礼拝堂中へ響く不気味な笑い声を漏らす。


言葉はない。


それでも理解できた。


殺意だけは。


悪魔が腕を振るう。


黒い刃が礼拝堂を薙ぎ払った。


長椅子が真っ二つに裂ける。


信徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


聖堂騎士が立ちはだかった。


だが、黒い刃に触れた瞬間、鎧ごと吹き飛ばされる。


「逃げろ!」


「子供たちを外へ!」


「司祭様を下げろ!」


誰も止められない。


その時だった。


礼拝堂の大扉が、静かに開く。


一人の女が、ゆっくりと中へ入ってきた。


黒いメイド服。


感情を感じさせない瞳。


アエーシュモーだった。


彼女は礼拝堂を一瞥する。


倒れた騎士。


負傷した司祭。


血を流すロゼ。


そして、悪魔。


「……なるほど」


淡々と呟いた。


「ずいぶん派手に散らかしましたね」


ロゼが目を見開く。


「アエーシュモー……さん?」


「少々、通りがかりまして」


そんな偶然があるものか。


そう言いたかったが、ロゼの喉から声は出なかった。


アエーシュモーが一歩、悪魔へ近づく。


「世界よ。私に資格があるのなら応えよ」


空気が変わった。


礼拝堂全体から、魔力が吸い上げられる。


「闇は闇へ」


「理より外れし存在に、帰る場所を与えよ」


「ここは貴様の座ではない」


「呼ばれし名を剥ぎ、結ばれし契約を断ち、深き淵へ還れ」


「――深淵帰還アンセスター・アビス


ダーク属性の召喚精霊を、強制的に元の世界へ還す魔法。


アエーシュモーが指を鳴らした。


――パチン。


それだけだった。


悪魔の身体が止まる。


闇が崩れる。


霧となり。


砂となり。


最後には、何も残さず消滅した。


静寂。


誰一人、言葉を発せない。


アエーシュモーは何事もなかったように一礼した。


「皆様、お怪我はありませんか」


あまりに平然とした声だった。


さきほどまで悪魔が暴れていた礼拝堂で。


血の上に立ったまま。


彼女だけが、最初から最後まで汚れていなかった。



その日の夕刻。


パーラメント邸の会議室では、ロゼが今日の出来事を簡潔に説明していた。


顔色は悪い。


肩の傷は教会の治療師に塞がれていたが、失った体力までは戻っていない。


「星十字教で司祭から教団について話を聞いている最中、修道士が突然暴走しました」


「黒い靄を吐き、教団を讃えながら星十字教徒を襲撃」


「最後には、悪魔まで出現しました」


ロゼは一度、言葉を切る。


「旧時計塔と同じです」


「黒い靄」


「教団を讃える言葉」


「通常ではあり得ない悪魔の出現」


「偶然とは思えません」


部屋は静まり返る。


ローレンが口を開いた。


「悪魔というと、星十字教が敵対視している、あの悪魔ですか?」


ロゼは静かに頷く。


「ええ」


「この世界の創生とは関わりのない、稀人たちが説く唯一神の敵です」


悪魔は珍しい。


基本的に召喚そのものが難しく、仮に召喚しても、この世界では実体を保ちにくい。


多くは人や物に寄生することでしか活動できない。


稀人たちの宗教が伝えた、神の宿敵。


その名が出た瞬間、レオヴァンとセレスティアの視線は、自然とアウグストゥスの後ろへ向いた。


アエーシュモー。


黒いメイド服の女は、いつも通り静かに控えている。


この女ならできる。


悪魔だろうが、上位精霊だろうが、リッチーだろうが。


そう確信している。


だが、確信は証拠ではない。


戦力が整っていない以上、今は監視に徹するしかなかった。


「アエーシュモーさんが、悪魔を退けてくださったのですね?」


ローレンが確認する。


ロゼは頷いた。


「ええ」


深淵帰還アンセスター・アビスという魔法でしたわ」


「詠唱から考えるに、ダーク属性の召喚体を元の世界へ還す魔法でしょう」


セレスティアの眉が、わずかに動く。


まただ。


また、アエーシュモーが都合よく現れ、都合よく処理した。


疑うなという方が無理だった。


しかし会議室の空気は、別の方向へ流れている。


星十字教の大聖堂にまで、黒山羊と毒ヘビの教団の影が入り込んでいる。


誰もが、その事実に呑まれかけていた。


短い報告を終えると、ロゼは席を立った。


「今日は失礼いたします」


「傷もありますので、屋敷で休ませていただきますわ」


「どうぞ、お大事に」


パーラメントが気遣う。


ロゼが退室した後、簡単な打ち合わせが行われた。


治安局への共有。


星十字教への警備強化要請。


悪魔出現の報告。


黒い靄の情報整理。


ほどなくして、ローレン、セレスティア、レオヴァンも会議室を出た。


アウグストゥスは社交的な笑みを崩さず、丁寧に彼らを見送る。


やがて、アウグストゥスの馬車がパーラメント邸を後にした。


馬車の中で、彼の笑みは静かに消える。


「……順調だ」


誰に聞かせるでもなく、低く呟く。


「もう少しだけ、付き合ってもらいますよ」


「ロゼ夫人」



夜。


雲が月を隠していた。


ロゼ・バレッタ邸の庭園は闇に沈み、噴水の水音だけが静かに響いている。


屋敷の窓には明かりが灯っていた。


負傷したロゼは自室で横になり、失った体力の回復に努めている。


使用人たちは、いつもより慎重に廊下を歩いていた。


奥様が傷を負った。


星十字教で悪魔が出た。


屋敷の中に、その噂が重く沈んでいる。


だが、誰も気づかなかった。


庭園の塀を、一つの影が音もなく越えたことに。


黒い外套。


足音一つ立てず、芝生を横切る。


月明かりすら避けるように、影は壁際を進んだ。


やがて屋敷の裏口へ辿り着く。


影は、ゆっくりと手を伸ばした。


扉に触れる。


鍵穴の奥で、小さな音がした。


――カチリ。


扉が、内側から開いた。


面白かった思う方は、ブックマーク、評価、感想をお願いします。


ログインなしで感想機能を開放しました。

お気軽に感想を書き込んでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ