残り6日 昼(地獄にて)
地下空間が震えていた。
天井から砂がぱらぱらと降り注ぎ、積み上げられた死体の山が不気味な音を立てる。
――ゴリ。
――ゴリ。
――ゴリ。
骨が擦れる。
肉が裂ける。
死体の隙間から無数の腕が飛び出し、互いを掴み合いながら何かを押し上げていた。
腐臭が濃くなる。
吐き気を催すほど濃密な死の臭い。
ローレンは剣を握り直した。
そして。
死体の山が爆ぜた。
――ドゴォォォォン!!
肉片と骨片が宙へ舞う。
その中心から現れたのは、人間ではなかった。
身長は三メートルを超える。
何十体もの死体が絡み合い、一つの巨体を形成している。
胸には無数の顔。
腹には何本もの腕。
背中には折れた脚が蜘蛛のように突き出していた。
そして頭部。
そこには王冠のように人骨が並び、空洞の眼窩に青白い炎が灯っていた。
その蜘蛛の額から漆黒の外套を纏った、ひときわ邪悪なオーラを放つ骸骨が生えていた。
祭司が涙を流しながら叫ぶ。
「リッチー様だ!」
「亡者の王!」
「黒山羊の奇跡!」
狂信者たちが歓喜する。
ローレンは顔をしかめた。
(冗談じゃない)
あれはアンデッドだ。
だが普通のアンデッドではない。
魔力の密度が桁違いだった。
西区の上空てセレスティアと戦っていた上位精霊を見た時と同じ。
いや、それ以上の圧迫感。
リッチーが腕を上げる。
その動作だけで空気が軋んだ。
次の瞬間。
巨大な腕が振り下ろされる。
ローレンは横へ飛んだ。
――ドォォォォォン!!
床が砕ける。
石畳が吹き飛び、衝撃波が地下通路を駆け抜けた。
一撃。
たった一撃で地下室の床が陥没した。
まともに受ければ即死だった。
「ちっ!」
ローレンは距離を取る。
だがリッチーは遅くない。
巨大な身体に似合わぬ速度で踏み込んできた。
死体の腕が一斉に伸びる。
数十本。
いや百本近い。
ローレンは斬る。
斬る。
斬る。
腕が飛ぶ。
だが再生する。
肉が蠢き、骨が繋がり、切断された部分が瞬く間に元へ戻った。
祭司が笑った。
「無駄だ」
「死者は死なない」
ローレンは舌打ちする。
普通の斬撃では足りない。
ならば――。
ローレンは左手を掲げた。
魔力が集まる。
炎の属性契約を発動する。
詠唱が地下へ響いた。
「世界よ!私に資格があるのなら応えよ!」
炎が掌に集まる。
「死を拒む穢れを焼き払い!」
「命なき肉へ終焉を与えよ!」
「紅蓮よ奔れ!」
「炎獄浄華!」
轟音。
巨大な火柱がリッチーを飲み込んだ。
――ゴォォォォォォッ!!
地下室全体が赤く染まる。
アンデッドは炎に弱い。
それは常識だった。
誰もがそう思う。
だが。
炎が消えた時。
ローレンの表情が凍り付いた。
リッチーは立っていた。
焼けている。
確かに焼けている。
だが、それだけだった。
再生している。
焼けた肉が盛り上がり、骨が組み直され、数秒で元に戻る。
祭司が歓喜する。
「見たか!」
「死者の王だ!」
リッチーが咆哮した。
地下空間そのものが震える。
次の瞬間。
死体の山から無数のアンデッドが立ち上がった。
数十。
いや百以上。
ローレンは包囲される。
前方にリッチー。
周囲にアンデッド。
退路なし。
(まずいな……)
剣を構える。
だが勝算は薄い。
その時だった。
地下通路の奥から怒号が響いた。
「治安局だァァァァ!!」
――ドガァァァン!!
壁が吹き飛ぶ。
煙の向こうから飛び込んできたのはダンデだった。
その後ろには治安局員たち。
抜剣したまま突撃してくる。
「ローレン!」
「死んでねぇだろうな!」
「ギリギリです!」
「ならまだ働けるな!」
ダンデは笑った。
直後。
部下たちがアンデッドへ突撃する。
剣が振るわれる。
槍が突き出される。
善戦した。
確かに善戦した。
だが。
圧倒的だった。
リッチーが腕を振るう。
治安官が三人まとめて吹き飛ぶ。
アンデッドが押し寄せる。
隊列が崩れる。
ダンデが一体を斬り伏せても、その後ろから三体現れる。
「くそったれ!」
誰も怯まない。
だが押されていた。
確実に。
少しずつ。
死へ追い詰められていた。
そして。
リッチーが笑った。
無数の顔が一斉に笑う。
「アァァァァァ……」
巨大な魔力が集まる。
地下全体が黒く染まる。
ローレンは悟った。
次で終わる。
その時だった。
天井が砕けた。
――ズガァァァァァン!!
光が差し込む。
瓦礫の中へ一人の男が降り立った。
獅子の鬣のような金髪。
巨大な戦斧。
獣人の英雄。
レオヴァンだった。
「待たせたな」
ダンデが目を見開く。
ローレンも息を呑む。
だが。
リッチーは止まらない。
むしろ歓喜した。
巨体が突撃する。
拳が迫る。
地下空間が揺れる。
レオヴァンは戦斧を肩へ担いだ。
笑った。
「面白ぇ」
そして。
巨大な戦斧を掲げる。
アーティファクト。
獅子穿つ戦斧
膨大な魔力が解放された。
空気が震える。
地面が砕ける。
そしてレオヴァンは吠えた。
「世界よ!俺が正しいと言うなら力を示せ!」
戦斧が黄金に輝く。
雷鳴が轟く。
「轟徠爆斧!!」
――ゴォォォォォォォォォォォォン!!
黄金の雷光が地下空間を埋め尽くした。
一撃だった。
たった一撃。
だがそれは災害だった。
雷光の奔流がリッチーを正面から飲み込む。
死体の王が絶叫する。
肉が吹き飛ぶ。
骨が砕ける。
再生が追いつかない。
無数の死体が蒸発する。
祭司が悲鳴を上げた。
「リッチー様ァァァ!!」
レオヴァンは踏み込む。
さらに一歩。
さらに一歩。
そして最後の一撃を叩き込んだ。
――ドォォォォォォォォォン!!
リッチーの身体が真っ二つになる。
青白い炎が砕ける。
亡者の王は断末魔を響かせながら崩壊した。
無数の肉塊となり。
黒い灰となり。
そして消滅した。
地下に静寂が訪れる。
誰も喋らない。
ただ荒い呼吸だけが響いていた。
やがてレオヴァンが戦斧を肩へ担ぐ。
「さて」
獣人は笑った。
「誰が説明してくれるんだ?」
その視線の先で。
ローレンは、崩れ落ちた祭司を睨みつけていた
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