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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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残り6日 昼(地下避難所にて)

え?


アエーシュモーのことを、どう思うか?


どうだろう。


あまり考えたことがないわ。


だって、あの人、私にあまり興味がなさそうだもの。


でも、義父様の言うことはよく聞くから、嫌いではないよ。


好きかって聞かれたら、それは違うけど。


……ねえ。


何でそんなこと聞くの?


――ルーシュの回想録より抜粋



重い扉が、闇の中で軋んだ。


――ギギギギギ。


錆びた蝶番が悲鳴を上げる。


だが、そこにあったのは部屋ではなかった。


扉の向こうに広がっていたのは、魔力によって空間そのものをこじ開けた穴だった。


おそらく扉も本物ではない。


魔力で作られた境界。


空間に亀裂を入れ、割れ目の奥へ、どこに繋がっているかも分からない漆黒の大穴を作り上げている。


その全貌を見た瞬間、ローレンは息を呑んだ。


でかい。


でかすぎる。


個人の魔力で作れる規模ではない。


扉は天井にまで届き、人間が使うには明らかに大きすぎた。


巨人でも通すつもりなのか。


あるいは、人ではない何かを迎えるための門か。


その禍々しさは、地獄の入口という安い言葉すら押し潰すほどだった。


「な……」


声が漏れた。


漆黒の穴の奥から、音が聞こえる。


鎖。


枷。


じゃらじゃらと金属が擦れる音。


引きちぎられた衣服。


爪で刻まれた無数の傷。


そして、声。


《たすけて》


《おかあさん》


《いやだ》


《ころして》


《みず》


穴の奥から、亡者たちの声が滲み出していた。


死を前にして最後に残した言葉なのだろう。


それが何十、何百と重なり、耳の奥にまとわりつく。


ローレンの顔から血の気が引いた。


ここで何をしている。


あれはここで殺された犠牲者なのか?


ハーネストが薬品を買い出したのは四カ月前。


少なくともその期間で、ここまで死霊化した亡者を呼び集める準備をしていたことになる。


百や二百では足りない。


もっとだ。


祭司の男が、両腕を広げた。


「美シいだろう」


狂信者たちが、恍惚とした声を漏らす。


「讃エよ」


「讃エよ」


「讃エよ」


ローレンの握る剣に力が入った。


「貴様ら……何人を犠牲にした」


祭司は笑った。


歯がなかった。


歯茎だけが、薄暗い光の中でぬらりと見える。


「数エたことハない」


「家畜ノ数を数エる農夫がいるカ?」


地下の空気が、一瞬で冷えた。


ローレンの殺気が膨れ上がる。


その圧力を浴びても、祭司は笑っていた。


「怒るナ」


「彼ラは救済サれた」


「苦シミから」


「飢エから」


「未来カら」


「そして命カら」


ローレンが踏み込んだ。


床が砕ける。


一直線。


狙うのは祭司の首。


だが、祭司は避けなかった。


その代わり、背後の巨大な扉が完全に開く。


瞬間。


腐臭が噴き出した。


堰き止められていた死の海が、いきなり解放されたようだった。


胃がひっくり返るほど濃い死臭。


血。


腐肉。


薬品。


土。


死。


あらゆる臭いが混ざり合い、喉の奥を焼いた。


漆黒の大穴に、薄暗い光が差す。


月明かりにも似た、頼りない光。


それが奥の景色を、少しずつ浮かび上がらせていく。


ローレンの剣が止まった。


目が、勝手に扉の向こうを見てしまう。


そして理解した。


なぜ教団が表に出てきたのか。


なぜ、ここまで派手に動いたのか。


扉の向こうには、積み上げられていた。


人間が。


壁のように。


山のように。


何百。


いや、千体近い人間に見えた亡者。


すでに儀式の準備は終わっている。


少なくとも、最終段階には入っている。


狂信者たちが歓声を上げた。


「冒涜だ」


「冒涜だ」


「冒涜だ」


祭司は両手を掲げる。


「見ロ」


「コレが真実だ」


「四十二人など、前菜に過ぎぬ」


ローレンの背筋を、冷たい汗が流れた。


四十二人。


デトロン川怪事件。


あの首無し死体の群れ。


祭司は今、自分から繋がりを認めた。


デトロン川怪事件は、この儀式と繋がっている。


少なくとも、そう聞こえる。


そう聞こえるように、言っている。


ローレンは歯を食いしばった。


(落ち着け)


(今の言葉を、気にしている場合ではない)


目の前の死体の山は本物だ。


腐臭も本物。


亡者の声も本物。


ならば、嘘の中に本物を混ぜている。


一番厄介な手口だった。


祭司は、恍惚とした顔で死体の山を見上げていた。


「彼ラは証言する」


「ザレイドの罪を」


「貴族の罪を」


「神の罪を」


「人間の罪を」


狂信者たちが泣きながら祈り始める。


その時だった。


死体の山の奥で、何かが動いた。


――ゴリ。


ローレンの視線が止まる。


山が崩れたのではない。


内側から押し上げられている。


――ゴリ。


――ゴリ。


――ゴリ。


巨大な何かが。


死体の中から。


ゆっくりと。


確実に這い出してくる。


祭司は涙を流しながら叫んだ。


「見ヨ!」


「死者の王が目覚メる!」


「コレこそ黒山羊の奇跡!」


ローレンは直感した。


違う。


奇跡ではない。


これは災厄だ。


西区のイフリートなど比較にならない。


都市そのものを、内側から腐らせて飲み込む類の災厄。


ローレンは剣を構え直した。


勝てるとは思わない。


だが、背を向けた瞬間に終わる。


それだけは分かった。


「……上等せすよ」


口の中が乾いていた。


それでも声は出た。


「生贄が欲しかったんでしょう」


「できるものならやってみろ!」


祭司の笑みが、さらに裂けた。


「良イだろウ」


「見届けヨウ」


「そして(エサ)のサイゴをナ」


死体の山が、また動いた。



同時刻。


旧時計塔へ向かう街道を、ダンデ・クロイスは全力で駆けていた。


嫌な予感がしていた。


人生で何度も味わった感覚だ。


背中の皮がざらつき、胃の底が冷える。


そして、その予感は一度たりとも外れたことがない。


遠く。


旧時計塔の地下から、地鳴りのような振動が響いた。


ダンデの顔色が変わる。


「……冗談だろ」


呟いた瞬間だった。


時計塔の窓から、黒い靄が噴き上がった。


狼煙のように。


いや、もっと悪い。


空へ向かって、死そのものが吹き上がっている。


黒い靄はザレイド全域から見えるほど高く、真っ直ぐ天へ伸びていった。


街の人々が足を止める。


市場のざわめきが消える。


荷馬車の馬が怯えて嘶く。


ダンデは舌打ちし、速度を上げた。


「ローレン」


「生きてろよ、馬鹿野郎」



その光景を、パーラメント邸の窓から見上げる男がいた。


アウグストゥス・ヴァーミリオン。


黒い靄は、遠くの空に巨大な柱を作っている。


ザレイド中の者が見るだろう。


治安局も。


執政官も。


勇者も。


そして民衆も。


黒山羊と毒ヘビの教団が、街の地下で何かをしていた。


そう理解するには、十分すぎる光景だった。


アウグストゥスは静かに目を細めた。


「……証人になってもらうぞ」


声は穏やかだった。


「ローレン・ゲイデン」


ローレンは有能だ。


だからこそ、価値がある。


彼が見たものは信じられる。


彼が持ち帰った言葉は、治安局を動かす。


彼が生きて帰れば、教団犯行説は一気に補強される。


死んでも構わない。


その場合は、教団の危険性を示す殉職者になる。


どちらでも、盤面は進む。


アウグストゥスは窓硝子に映る自分の顔を見た。


老紳士の顔。


穏やかな表情。


その口元だけが、わずかに歪んでいた。


「さあ」


「これで世間が、俺を疑えない理由がまた一つ増えるな」


黒い靄は、なおも天へ昇り続けていた。


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