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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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残り6日 昼(時計塔地下にて)

ああん?


俺が獣人の里から出て初めて人の街に行った時、探窟家ギルドで困ってたって?


誰に聞いた……。


ああ、セレスか。


ちげぇよ。


それ逆だ。


あいつは、もともと水の精霊に使える修道女だったんだが、修道院生活が肌に合わなくてだな。


修道院から旅費かっぱらって、探窟家になろうとしてカモにされかけてたのを、俺が助けたんだよ。


あの女、たまにヤベェこと言い出すから話半分に聞いとけよ。


——レオヴァンの回想録より抜粋



地下通路の奥で、蝋燭の火が揺れていた。


壁にこびりついた黒い煤が、炎の明滅に合わせて蠢く。


湿った石壁。


腐った藁。


積み重なった木箱。


そして、空気に混じる獣臭。


人間の臭いではない。


もっと濃く、もっと生々しい。


長い時間をかけて染み付いた狂気の臭いだった。


天井の隙間から滴る水音が響く。


ポタリ。


ポタリ。


ポタリ。


まるで誰かが秒を刻んでいるようだった。


その静寂を破ったのは、血だった。


――ザシュッ!!


鋼が肉を裂く。


黒い外套の男が一人、首筋から血を噴き上げながら崩れ落ちた。


ローレンの剣だった。


先頭の一人を斬り伏せ、その勢いのまま横薙ぎへ移る。


二人目。


三人目。


狭い通路では人数差は活きない。


むしろ邪魔になる。


前列が倒れれば後列は詰まる。


「ヴォオオオオッ!」


狂信者の一人が叫びながら飛び込んできた。


剣術ではない。


ただ殺意だけで振るう短剣。


ローレンは半歩だけ身体をずらした。


空振る。


そのまま肘を顎へ叩き込む。


骨が砕ける音。


男が吹き飛ぶ。


だが異常だった。


普通なら怯む。


普通なら逃げる。


普通なら死体を見て足が止まる。


だが彼らは違った。


倒れた仲間を踏み越え。


血を浴びながら。


笑っていた。


「黒ヤギを讃エよ!」


「クロ山羊ヲ讃えよ!」


「クロ山羊を讃エヨ!」


祈りのように。


呪いのように。


何十回も繰り返している。


ローレンの眉がわずかに動いた。


(洗脳か)


狂信者では説明がつかない。


目が死んでいる。


意志がない。


まるで誰かに操られているようだった。


その時。


背後。


風を切る音。


ローレンは振り返らない。


剣を後ろへ流した。


キィィン!!


機械弓の鉄杭が弾かれる。


火花。


同時に前へ踏み込む。


射手との距離を詰める。


機械弓は強力だ。


だが再装填が遅い。


次を撃つ前に間に合う。


男が慌てて後退する。


遅い。


ローレンの剣が腹を裂いた。


内臓が零れる。


男は膝をついた。


だが。


そこで終わらなかった。


「……?」


男が笑っていた。


口の端を裂くような笑み。


そして次の瞬間。


男の首筋が膨らんだ。


血管が浮く。


皮膚の下で何かが動いている。


ローレンは反射的に飛び退いた。


直後。


男の口から黒い何かが飛び出した。


蛇。


いや。


蛇に似た影だった。


煙のような身体。


虫のような牙。


生き物と魔法の中間。


それが一直線にローレンへ襲いかかる。


「ちっ!」


剣が閃く。


影は真っ二つになった。


だが切断面から黒い煙が噴き出す。


床へ落ちた瞬間、溶けるように消滅した。


ローレンは初めて表情を険しくした。


魔物ではない。


召喚獣でもない。


見たことがない。


「なんだ今のは……?」


そう呟いた時だった。


奥の大部屋から歓声が上がった。


「始マった」


「始まっタ」


「ハジまった」


狂信者たちが笑う。


気味が悪いほど揃っていた。


まるで同じ夢を見ているように。


そして。


部屋の中央に立っていた祭司らしき男が、ゆっくりと両手を広げた。


「兄ダイ姉マイよ」


掠れた声だった。


だが地下全体によく響く。


「冒トクの時カンだ」


空気が変わった。


温度が下がる。


蝋燭の火が一斉に青く染まった。


ローレンは直感した。


まずい。


これはただの教団ではない。


何かを始める気だ。


そして、その何かは。


四十二人の首無し死体よりも。


西区の大火災よりも。


さらに深い場所へ繋がっている。


祭司の男は、ゆっくりと笑った。


「死者ニ証言シテいただコう」


その言葉と共に。


大部屋の奥から。


重い扉が開く音が響いた。


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