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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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残り6日 昼(時計塔にて)

何?


私とレオヴァンの出会いか?


知ってどうする。


……と言いたいところだが、特別に教えてやろう。


奴は獣人の里から街へ出てきたばかりでな。探窟家として右も左も分からなかったところを、私が拾ってやったのだ。


それ以来の腐れ縁だ。


何だ、その顔は。


疑っているのか?


――セレスティアの回想録より抜粋



旧時計塔の内部は、外から見た時よりも荒れていた。


扉を押し開けた瞬間、乾いた埃がローレンの顔へ吹きつける。


かつて鐘の音で街に時を知らせていた塔は、今では役目を終えた獣の骨に近かった。


床には砕けた石材が転がり、崩れた手すりは壁際に折り重なっている。


雨漏りの跡が黒い筋になって石壁を汚し、天井のどこかから水滴が落ちていた。


――ポタリ。


――ポタリ。


その音だけが、やけに耳につく。


ローレンは足を止めた。


鼻を動かす。


湿気。カビ。腐った木材。


その奥に、わずかな鉄臭さが混じっていた。


血だ。


新しくはない。だが、残っている。


ローレンは腰の剣に手を添えたまま、ゆっくりと周囲を見回した。


正面には螺旋階段がある。上階へ続いていた。


だが、そちらではない。


失踪者を隠すなら上ではない。逃げ場がない。見つかった時に詰む。


人を隠すなら地下。


そしてローレンは知っていた。この旧時計塔は、ただ時を告げるためだけの建物ではない。


モンスターの襲撃時、周辺住民を収容するための避難所としても設計されている。


地下には、人を収容できる大小の部屋がいくつかある。


門の守備隊を率いる者として、古い都市図面には一通り目を通していた。


無駄な知識だと思っていたが、今ばかりは役に立つ。


ローレンは螺旋階段を無視した。


一階の円形広間をゆっくり歩く。


割れた長椅子。朽ちた棚。壁際に積まれた古い木箱。


一見、何もない。


だが、妙に綺麗だった。


人が出入りしていない廃墟にしては、埃が均されすぎている。


ローレンはしゃがみ込み、床を指でなぞった。


埃が薄い。


誰かが歩いている。


それも最近だ。


視線を落とす。靴跡があった。一つではない。複数。


さらに、その横。


引きずった跡。


何か重い物を運んだ痕跡だった。


「……なるほど」


ローレンは低く呟いた。


数字は正しかった。


旧時計塔。


偶然ではない。


何かある。


その時だった。


ガタン。


奥で音がした。


ローレンは反射的に振り返る。


誰もいない。


だが、聞き間違いではない。


建物の奥。床下。


ローレンは音のした方向へ歩いた。


崩れた棚。積み上げられた木箱。その先で、石畳の一枚に目が止まる。


その石畳のエリアだけ周囲より新しい。


修復ではない。地下への階段を隠すため、後から塞いだのだ。


「ちょうど、この辺りだったな」


昔見た旧時計塔の図面を思い出しながら、ローレンは剣の柄で石を叩いた。


コン。


軽い。


下が空洞になっている。


周囲を探ると、すぐ近くに鉄の輪があった。


埃に隠されていたが、自然に埋もれたものではない。誰かが見えないようにしていた。


ローレンは輪を掴む。


力を込める。


重い。


だが、持ち上がる。


石畳が軋みながら開いた。


地下へ続く階段。


冷たい空気が吹き上がる。


その臭いを嗅いだ瞬間、ローレンの表情が変わった。


腐臭ではない。


汗。糞尿。洗っていない身体。湿った布。古い食べ物。


人間が閉じ込められ、そこで生活させられた時に出る臭いだった。


一人や二人ではない。


鼻の奥に張り付くほど濃い。


ローレンは息を浅くし、階段を下りた。


暗い。


湿っている。


壁には古いランタンが掛けられていた。火は消えているが、煤が新しい。


誰かが最近使った。


地下通路は予想以上に広かった。


時計塔の地下というより、別の施設だ。古い石造りの回廊が奥へ伸びている。


避難所として造られたにしては、通路が長い。


ローレンは足音を殺して進んだ。


十歩。


二十歩。


その先で足が止まる。


壁に文字が刻まれていた。


黒い塗料。


いや、違う。


乾いた血だ。


《黒山羊を讃えよ》


その下にも、乱れた文字がある。


《毒ヘビの血を捧げよ》


ローレンの眉が動いた。


教団。


やはり繋がっている。


その時、奥から声が聞こえた。


微かだった。


男。女。老人。


複数の声が混ざり、何かを唱えている。


ローレンは壁際へ身を寄せた。


呼吸を殺し、さらに奥へ進む。


声が近づく。


讃歌ではない。


祈りだ。


「黒山羊よ……我らの罪を、喰らえ」


「毒ヘビよ……我らの偽善を、噛み砕け」


「腐りし世界に……毒を満たし」


「死者の声をもって……真実を語らせ給え」


ローレンは足を止めた。


奥に大部屋がある。


曲がり角の陰から覗く。


一、二、三。


十人以上。


黒い外套をまとった者たちが、部屋の中央へ向かって膝をついていた。


その視線の先に、一人の男が立っている。


虚ろな顔。


スラムで追った、あの外套の男だ。


「祭司……か?」


ローレンは目を細めた。


だとすれば重要人物だ。少なくとも末端ではない。


もう少し声を拾うため、ローレンは身体を低くしたまま近づく。


部屋の奥を確認するため、曲がり角からさらに顔を出した。


二人。


黒い外套。


武装している。


腰には短剣。


外見だけなら一般市民にも見える。だが頬は痩せこけ、目だけが妙にぎらついていた。まともな食事を取っていない者の顔だ。


二人は部屋の奥の扉へ消えていった。


ローレンはさらに観察しようとして――止まった。


背後。


殺気。


考えるより先に身体が動いた。


ローレンは横へ飛ぶ。


直後。


ガァン!!


鉄の杭が壁に突き刺さった。


先ほどまで、ローレンの胸があった位置に。


機械弓。(ボーガン)


矢の飛んできた方向へ視線を走らせる。


ローレンが歩いてきた通路。そこに、いつの間にか黒い外套の男が立っていた。


外套の下は裸に近い。肋骨が浮き、腹は落ちくぼんでいる。だが両腕だけは異様に太く、次の矢を機械弓へ番えていた。


罠だ。


一歩遅ければ串刺しだった。


「ちっ」


ローレンは舌打ちした。


だが、それで終わりではない。


カン。


カン。


カン。


警鐘が鳴った。


地下全体に金属音が響き渡る。


侵入を知らせる音。


完全に誘われていた。


通路の奥から、うめき声が押し寄せてくる。


「ぁ゙ぁ゙……」


「ヴヴ……ヴ……」


「げぇぇ……ぇが……」


言葉ではない。


ただ喉から漏れているだけの声。


先ほど大部屋にいた集団が、こちらへ向かってきていた。十人近い。


ローレンは剣を抜いた。


鋼が地下の闇で鈍く光る。


敵地。


包囲。


援軍なし。


状況は最悪だ。


だが、ローレンの口元にわずかな笑みが浮かんだ。


ここまで反応した。


つまり当たりだ。


失踪事件の核心は、この先にある。


「さて」


迫る足音を聞きながら、ローレンは剣を構えた。


「少し、話を聞かせてもらおうか」


次の瞬間。


黒い外套の男たちが、地下通路の闇から一斉に姿を現した。


面白かった思う方が作者の精神安定のために、ブックマーク、評価をお願いします。


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