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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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セレスティアの恋

会議は、そのまま解散となった。


椅子が引かれる音。


書類をまとめる音。


飲み残しの紅茶の香り。


それぞれが次の仕事へ向かうため立ち上がる中、セレスティアだけは席を立たなかった。


(黒髪のメイドが屋敷にいる)


(娘の看病のため)


(それ自体は不自然じゃない)


だが、引っ掛かる。


アウグストゥスという男は合理的だ。


合理的すぎる。


娘の看病に最も有能な人材を置く。


それは理解できる。


理解できるのに、胸の奥に小さな棘が残った。


考え込んでいると、ローレンが声をかけてきた。


「何か気になることでも?」


セレスティアは我に返る。


「いや――」


何でもない、と言いかけて止めた。


このまま黙っていても、何も進まない。


手掛かりが欲しい。


たとえ、藁でも。


「ローレン殿は、ヴァーミリオン男爵とご友人なのですよね?」


「まあ、確かに」


ローレンは頷く。


「私は平民出身ですので、貴族の中には私を嫌う者もおります。ですがアウグストゥス殿は、そういう身分にあまり興味がないらしい」


「対等に接してくださいます」


セレスティアは内心で頷いた。


予想通りだった。


あの男にとって、爵位は便利な肩書きにすぎない。


ローレンはそれを対等と呼んでいる。


だが、おそらく違う。


アウグストゥスはローレンに関心がないのだ。


関心があれば、もっと丁重に扱う。


警戒していれば、もっと慎重に接する。


ローレンとの会話には、そのどちらも見えない。


「聞きたいことは、それだけですか?」


「いや、もう少し――」


「しかし、なぜアウグストゥス殿のことを……」


そこで、ローレンがはっと目を見開いた。


「まさか」


嫌な予感がした。


「セレスティア殿は、アウグストゥス殿のことが好きなのですか!」


「はぁ?」


本当に、それ以外の声が出なかった。


「はっはっは! 照れ隠しなど不要ですよ、セレスティア殿!」


「分かります。分かりますとも」


「失礼ながら、あのご年齢でも社交界の御婦人方の間にファンクラブがあるほど、アウグストゥス殿はおモテになる」


「勇者とて、心を射止められても不思議ではありません」


「いや、違――」


「よろしい!」


遮られた。


ローレンは勝手に立ち上がり、胸に手を当てた。


「このローレン・ゲイデン、その恋のお手伝いをさせていただきましょう!」


「ローレン殿」


「先ほどから何を言っているのですか」


聞いていない。


一人の女性の恋心を知ってしまったと思い込み、完全に舞い上がっている。


「ですが、他の御婦人方には内密に」


「セレスティア殿を手助けしていると知られれば、ファンクラブの方々の不興を買いかねませんのでね」


ローレンは盛大に勘違いしたまま、妙に得意げな顔で片目をつぶった。


セレスティアのこめかみが痛む。


訂正したい。


全力で否定したい。


だが、訂正に時間を使う方が面倒だった。


今必要なのは、ルーシュに会う方法だ。


(後日会わせるとは言った)


(だが、本当に会わせるとは限らない)


(私が疑っていることは、あの男にも知っている)


(娘が何も知らないとしても、何かヒントを零す可能性を警戒するはずだ)


(のらりくらりと躱されて時間を無駄にしたくない)


セレスティアの中には躁焦感があった、下手をするともっと被害者が増えるかもしれないからだ。


セレスティアは深く息を吐いた。


「ヴァーミリオン男爵の娘……ルーシュ殿について聞きたい」


「ん? アウグストゥス殿ではなく?」


ローレンの顔が、再び輝いた。


まずい。


「まさか!」


もう遅い。


「アウグストゥス殿との結婚まで考えておられるのですか!」


セレスティアは沈黙した。


何も言いたくなかった。


「だからルーシュ殿の好みまで!」


「いや、そうか!」


「会議中に突然ルーシュ殿に挨拶したいと言い出したのは、母になるための顔合わせだったのですね!」


馬鹿なのか。


自然に、頭の中にその言葉が浮かんだ。


だが、どうせ否定しても聞かない。


セレスティアは、目を閉じた。


そして、負けた。


「そ、そうなんだ」


語尾が少し死んだ。


「実はヴァーミリオン男爵に一目惚れをしてだな」


「お父上と付き合っていいか、ルーシュ殿の許可が欲しくて……」


自分で言っていて、魂が少し削れた。


「ほら、ヴァーミリオン男爵は父子家庭のようだし」


「父親を取られたと思われたら、結婚も危うくなるかもしれないだろう」


「だから、先に根回しを……な」


言えば言うほど悲しくなってきた。


犯人と睨んでいる男。


少なくとも何かしら犯罪に関わっている男。


その妻になりたい女を演じている。


吐き気がする。


だが、ローレンは感動していた。


「このローレン、一生の不覚!」


「会議中にセレスティア殿の想いに気づいていれば、ルーシュ殿との挨拶をもっと強く押したものを!」


「さすれば、アウグストゥス殿にも伝わったでしょう」


「貴方の娘も、ちゃんと家族として受け入れます、と!」


セレスティアは机の下で拳を握った。


殴らない。


今は殴らない。


「それで」


彼女は無理やり本題へ戻した。


「ルーシュ殿と、できるだけ早く会うにはどうすればいいと思う?」


ローレンは顎に手を当て、真面目な顔になった。


勘違いしていなければ、有能なのが腹立たしい。


「ルーシュ殿は、普段は持病のため人混みを避けておられます」


「ですが本来は社交的な方で、体調が良い時はパーティーにも顔を出されるのですよ」


「近いうちに開かれる催しがあれば、参加される可能性はあります」


「今は体調不良とのことですので、来ない可能性もありますが」


なるほど。


セレスティアは頷いた。


正式な場なら、アウグストゥスも断りにくい。


参加者が多ければ、ルーシュに近づく隙も生まれる。


「分かった。協力に感謝する」


セレスティアは短く礼を言い、会議室を出た。


廊下を数歩進んだところで、背中にローレンの声が飛んでくる。


「恋愛成就を応援しております!」


「喧しい!」


我慢の限界だった。


セレスティアの怒声が、廊下に響いた。



ローレンの助言をもとに、セレスティアはすぐパーラメント・ヒル男爵を訪ねた。


近いうちに、貴族や商人の集まるパーティーがないか。


そう尋ねたが、返答は芳しくなかった。


「残念ながら、しばらく大きな催しは予定されておりませんな」


パーラメントは申し訳なさそうに言った。


西区の大火災があったばかりだ。


社交どころではない。


当然といえば当然だった。


セレスティアは礼を述べ、別の方法を考えようと席を立つ。


その時、パーラメントが声をかけた。


「今のお話、捜査と関係がありますか?」


セレスティアは足を止める。


「そうであれば、こちらも協力いたしますよ」


思わぬ申し出だった。


ありがたい。


だが、なんと言って協力させるか。


(まさか、ヴァーミリオン男爵の娘を尋問したいとは言えない)


(娘は犯人ではない)


(もっと使える名目が要る)


セレスティアの頭が回る。


そして、一つの言い訳に辿り着いた。


「実は、貴族の中に黒山羊と毒ヘビの教団の協力者がいる可能性を疑っています」


「怪しい人物に会いたいのですが、どうにも面会を避けられておりまして」


「近いうちパーティーがあるなら、そこへ出れば接触できるかと思ったのです」


セレスティアは、残念そうな顔を作った。


「催しそのものがないなら、別の手を考えるしかありませんね」


パーラメントは少し考え込んだ。


やがて、穏やかに言う。


「でしたら、私が集まりを開きましょう」


「その人物を招待してみます」


「来るかどうかは分かりませんが、理由は作れます」


「いいかだでしょう?」


セレスティアは表情を抑えた。


「それは……ご迷惑では?」


「捜査のためです」


「それに、教団が貴族社会に入り込んでいる可能性があるなら、放置はできません」


「助かります」


セレスティアは頭を下げた。


内心では、拳を握っていた。


(よし)


(これで、あの男の娘に会える)


(かもしれない)



翌日。


ヴァーミリオン男爵邸に、パーラメント・ヒル男爵から招待状が届いた。


内容は、親しい貴族と有力商人を招いた懇親会。


表向きは、西区大火災後の復興支援について意見を交わす場。


断るってしまっても良かったがアウグストゥスは招待状を読み、しばらく黙った。


そして、添えられていた出席者名簿へ目を通す。


その中に、ひとつの名があった。


ルトベール・ハウスマン子爵。


アウグストゥスの指が、紙の上で止まる。


「……なぜ、ここでその名が出る」


老紳士は静かに呟いた。


「出席するしかなさそうだな……」


窓の外では、庭の薔薇が風に揺れている。


屋敷の奥では、まだ不安定なルーシュが眠っている。


そして街のどこかで、蘇ったリーベル・ハウスマンが父を殴りつけている。


盤面に、新しい駒が置かれた。


しかもそれは、アウグストゥスが用意した駒ではなかった。


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