ロバート少年の災難
ルーシュが採寸を終え、ナトーの店を出た瞬間だった。
事件は起きた。
店から急に出てきたルーシュに、走っていた少年がぶつかってきたのである。
ぶつかった瞬間、パリン、と何かが地面に落ちて割れる音がした。
ルーシュと少年は、そろって尻もちをつく。
すぐにアエーシュモーがルーシュのもとへ駆け寄った。
当然、ルーシュのすぐ隣には少年もいる。
だがアエーシュモーは、少年がまるで存在しないかのように振る舞った。
「大丈夫ですか、お嬢さま。お怪我はありませんか?」
「うん、平気」
アエーシュモーはルーシュを起こすため、手を差し出す。
助け起こされたルーシュは、ようやくぶつかった少年を気遣った。
「あの……大丈夫?」
少年は、ぶつかって尻もちをついた瞬間、怒りがこみ上げていた。
――いきなり店から出てきやがって。おかげでぶつかったじゃねえか!
そう怒鳴りつけてやろうと、ぶつかった相手を見た。
その瞬間、少年は思わず息を呑んだ。
薄い桃色の髪。
透き通るような白い肌。
スラム出身の自分の周りには、決していなかったタイプの女の子だった。
心臓が跳ねる。
思考が止まる。
「ねえ? 聞こえてる? 本当に大丈夫?」
ぼんやり見つめていたところに、ルーシュの声が流れ込んできた。
どうやら心配されているらしい。
少年は慌てて返事をした。
「だっ、大丈夫! 大丈夫!」
「オイラ、体だけは丈夫だから!」
そう言って右腕の力こぶを見せようと、袖をめくろうとした。
その時、左手に違和感が走った。
少年はふと、自分の左手を見る。
そして、衝撃を受けた。
左手の甲を貫通するように、割れた酒瓶の破片が刺さっていたのだ。
一瞬にして、少年の顔から血の気が引いた。
それでも、無様な姿を見せたくなかった。
「だ、大丈夫……大丈夫……」
声を震わせながら、少年はもう一度そう言った。
だがルーシュは、少年の左手から流れ落ちる赤い血を見ていた。
命を司る赤い液体。
それを見た瞬間、常人には理解できない情欲が、彼女の内側で静かに燃え上がった。
高まる感情から、あふれた尿が下着に小さな黄色いシミを作る。
だが、その感情を悟られてはならない。
ルーシュはことさら大げさに、心配するふりをした。
「大変だわ、この子。ねえ、アエーシュモー。どうにかして」
「どうにか、と言われましても」
アエーシュモーは冷淡に答える。
「私が誰かの運命に干渉するには、対価が必要です」
「なら、私が対価を払うから、この子の怪我を治して!」
叫び声に近い声で、ルーシュはアエーシュモーに治癒を求めた。
しかし、アエーシュモーの返事は冷たいものだった。
「なりません、お嬢さま」
「お嬢さまから対価を受け取ることは、旦那さまから禁じられております」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
アエーシュモーは一瞬だけ考えた。
思考している間、眼球がカメレオンのように非対称にグルグルと回ったかと思うと、誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「……少々、面白くはなりますか」
それから、いつもの無表情で告げた。
「この者を屋敷へ連れていきましょう」
「ギルエルなら、この者の怪我も治せるでしょう」
このアエーシュモーの提案が後にロバートと名乗る、この少年の運命を歪ませることになるとは、この場にいたほとんどの人間は知る由もなかった。
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