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サイコパス皇帝とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
ロバート少年の悲劇、あるいは幸運

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仕立て屋にて

あの日、森であの人に出会ったの。


この森は暗くて、いつも濃い霧に包まれている。


霧は何もかも隠してしまうから嫌いだった。


でも、あの日だけは違った。


霧は私を隠してくれた。


誰にも見つからないように。


誰にも連れて行かれないように。


だから私は助かった。


そして、一人になった。


一人は寂しかった。


誰かに会いたいと思った。


そうしたら、あの人が来てくれた。


あの人は私を見つけてくれた。


憧れた絵本の中の王子様とは少し違ったけれど。


王子様より優しくて。


王子様より温かくて。


いつも私を大切にしてくれる。


だから、私はあの人が好き。



???の日記より抜粋——




 城門から中央城へ向かって一直線に伸びる大通り。


 ザレイドで最も賑わうその通りには、露店商の呼び声が響き、人々の笑い声が絶えない。


 荷馬車が行き交い。


 子供たちが走り回り。


 貴族の馬車がゆっくりと石畳を進む。


 街の活気そのものを切り取ったような場所だった。


 その大通りの中央付近。


 一際大きなガラス窓を持つ仕立て屋がある。


 ナトー洋装店。


 店内へ一歩足を踏み入れれば、庶民が一年働いても手の届かないような衣装が並んでいた。


 絹で作られたドレス。


 繊細な刺繍。


 宝石を縫い付けた装飾。


 陽光を受けた生地は美しく輝き、まるで芸術品のようだった。


 だが今、その優雅な空間には不穏な空気が漂っていた。


「もう!」


 ルーシュが頬を膨らませる。


 薄桃色のツインテールが大きく揺れた。


「なんで義父さまは私の買い物に付き合ってくれないの!」


 その声には怒りよりも悲しみが混じっていた。


 本当に腹を立てているわけではない。


 置いていかれたことが寂しいのだ。


 店へ到着した直後。


 アウグストゥスは何かを思い出した。


 魔術ギルドへ依頼していた素材。


 研究に必要な触媒。


 貴重な薬草。


 魔物の核。


 それらが今日届く予定だったのである。


 ユーリッヒ男爵との会談。


 研究素材の受け取り。


 ルーシュとの買い物。


 三つ全てをこなす時間はない。


 結果として彼は研究を優先した。


 埋め合わせはするとだけ告げ。


 ルーシュの返事すら待たず。


 馬車へ乗り込み。


 そのまま走り去った。


 そして現在に至る。


「やっぱり私のこと嫌いなんだ……」


 ルーシュは視線を落とした。


 胸の奥がじわりと痛む。


 理屈では分かっている。


 義父は忙しい。


 研究も大切だ。


 それでも感情は納得しない。


 もし本当に大切なら。


 もし本当に必要なら。


 少しくらい研究を後回しにしてくれてもいいではないか。


 そんな考えが頭をよぎる。


 その様子を見ていたナトーは慌てた。


 このままではまずい。


 非常にまずい。


 なぜならルーシュが不機嫌になると、その後ろにいるアエーシュモーまで機嫌が悪くなるからだ。


 そして機嫌の悪いアエーシュモーは大抵ろくなことをしない。


 長年の経験からナトーはそれを知っていた。


「そんなことはありませんよ、ルーシュさま」


 ふくよかな店主は愛想笑いを浮かべた。


「こんなに可愛らしい娘を嫌う父親など、この世におりますまい」


「じゃあ何で置いていったの!」


 ルーシュが即座に反論する。


 涙目になっている。


 まずい。


 非常にまずい。


 ナトーの額を冷や汗が流れた。


(どうする!?)


(何か話題を変えろ!)


(とにかく機嫌を直してもらわないと!)


 必死に頭を回転させる。


 そして思い出した。


 いや、思い出したというより捏造した。


「そ、そういえば!」


 ナトーは声を上げた。


「本当は秘密にするよう言われていたのですが……」


 ルーシュが顔を上げる。


「秘密?」


 食いついた。


 ナトーは内心でガッツポーズした。


「実はアウグストゥスさまから、ルーシュさまへの贈り物として新しいドレスを作る依頼をいただいておりまして」


 言った。


 言ってしまった。


 もう後戻りはできない。


「えっ!?」


 ルーシュの目が輝く。


「本当に!?」


「は、はい」


 ナトーは笑顔を維持する。


 内心では冷や汗が止まらない。


「桜色のドレスだったかと」


「ルーシュさまの髪色に合わせた特別な一着を、と」


 完全な嘘だった。


 だが効果は抜群だった。


「義父さまが……私に?」


 ルーシュの顔から不安が消えていく。


 まるで曇天から雲が晴れるように。


「そうですとも」


 ナトーは必死だった。


「興味のない相手に高価なドレスを贈る親などおりますまい」


「そうよね!」


 ルーシュはぱっと笑顔になった。


 その笑顔を見てナトーは安堵する。


 助かった。


 そう思った。


「ここ数日、旦那さまは地下室から出ておりませんが」


 アエーシュモーが言った。


 ナトーの笑顔が固まる。


「一体いつ注文されたのでしょうか」


 静寂。


 店内の空気が凍った。


 ルーシュがゆっくり振り向く。


「そういえば、そうね」


 嫌な予感しかしない。


「ねえナトー」


 にっこり笑う。


 だが目が笑っていない。


「いつ頼まれたの?」


 ナトーは死を覚悟した。


(おい悪魔!!)


(なんで毎回爆弾を投げ込むんだ!!)


 心の中で絶叫する。


 アエーシュモーは平然としていた。


 むしろ少し楽しそうですらある。


 ナトーは全力で思考した。


 そして。


「さっ……いえ、二ヶ月前です」


 言い切った。


「わたくしがデザインで悩んでしまいまして」


「納品が遅れておりまして」


「大変申し訳ございません」


 言った瞬間。


 新たな問題が生まれた。


(二ヶ月前!?)


(じゃあ本当に作らなきゃ駄目じゃないか!)


 だが今は生き残る方が先だった。


 ルーシュは満面の笑みを浮かべている。


「もう」


「義父さまったら」


 頬を染める。


「私のこと好きなら、ちゃんと言えばいいのに」


 その姿を見てナトーは必死に頷いた。


「その通りです」


「アウグストゥスさまは照れ屋なのですよ」


 絶対違う。


 だが言う。


「わたくしと二人の時など、よくルーシュさまのお話を――」


 もちろん嘘だった。


 だがもう止まれない。


 嘘を重ねるしかない。


「へぇ~」


 ルーシュは嬉しそうだった。


「しょうがないなあ」


「じゃあ今回だけは許してあげようかな」


 ようやく平和が戻る。


 そう思った。


「あのサイコ男爵が」


 戻らなかった。


「果たして本当にそのようなことを考えるでしょうか」


 アエーシュモーだった。


 ナトーは反射的に口を塞いだ。


「モゴッ」


「頼むから黙ってくれ!」


 小声で叫ぶ。


「なんでいつも場をややこしくするんだ!」


「失礼な」


 アエーシュモーは無表情だった。


「私は事実を述べているだけです」


「それが余計なんだよ!」


 ナトーは半泣きだった。


 アエーシュモーは理解できないという顔をしている。


 ルーシュはそんな二人を見ながら笑っていた。


 先ほどまで泣きそうだったとは思えない。


 そしてナトーは知らない。


 今自分がついた嘘が。


 日後。


 本当にアウグストゥスを巻き込み。


 新たな騒動を生むことになるが、それはまた別の話である。


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