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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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哀れな五匹のチンピラさん

スラム街――。


昼間だというのに薄暗い。


頭上では洗濯物が風もないのに揺れ、足元には濁った水が流れている。


腐った野菜。


安酒。


排泄物。


鼻を刺す臭気が路地にこびりついていた。


その路地の奥で。


五人の男が、一人の女を囲んでいた。


全員が刃物持ちだ。


まともな仕事をしている顔ではない。


恐喝。


用心棒。


時には人攫い。


そういう種類の人間だった。


「仕事ぉ?」


一番大柄な男が笑う。


「まず顔を見せろよ」


「そうだそうだ」


「金がねぇなら身体でもいいぜ」


下卑た笑い声。


だが。


黒いローブの女は微動だにしない。


まるで虫の羽音でも聞いているようだった。


「別に、この身体は私のものではありませんので」


「お好きになさって構いません」


男たちが顔を見合わせる。


予想外の返答だった。


女は続けた。


「ですが旦那様はお忙しい」


「手早く済ませたいので、仕事の話を聞いていただけますか」


「何だよ」


「本当にやらせてくれんのか?」


男がローブへ手を伸ばす。


女はため息を吐いた。


深く。


心底面倒そうに。


「人目のない場所へ連れて行こうと思っていたのですが」


「まあ、いいでしょう」


男たちは眉をひそめる。


何を言っているのか分からなかった。


女は小さく呟いた。


「どうせ、記憶も人格も失うのですから」


次の瞬間。


髪を逆立てた男が胸倉を掴んだ。


「さっきからゴチャゴチャ――」


言葉は最後まで続かなかった。


黒い手袋越しの手が男の額へ触れる。


黒い光が走った。


男の目から光が消える。


膝から崩れ落ちた。


「なっ――」


残り四人が後退る。


刃物を構える。


叫ぶ。


罵る。


だが女は見向きもしない。


黒い光が放たれた。


一本。


二本。


三本。


四本。


悲鳴は短かった。


男たちは順番に倒れていく。


静寂。


女は倒れた男たちを見下ろした。


「これから貴方たちには、とある人を襲っていただきます」


返事はない。


いや。


必要なかった。


「立ちなさい」


男たちが起き上がる。


糸で吊られた人形のように。


「配置につきなさい」


男たちは無言で歩き出した。


瞳には何も映っていない。


恐怖も。


怒りも。


欲望も。


もう残っていなかった。



その頃。


アウグストゥスとレオヴァンは、スラムの奥へ進んでいた。


「うぇ……」


レオヴァンが顔をしかめる。


「ひでぇ臭いだな」


獣人の鼻には地獄だった。


吐瀉物。


腐敗臭。


下水。


血。


古い煙草。


何十種類もの臭いが混ざっている。


しかも逃げ場がない。


違法建築が路地を塞ぎ、風の通り道を殺していた。


臭気が腐っている。


そんな表現が一番近かった。


「何の臭いだ、これ」


「さて」


アウグストゥスは平然としている。


「私も何度か来ておりますが、結局分かりませんでした」


「分からねぇ方が幸せかもな」


レオヴァンが鼻を摘まむ。


アウグストゥスは小さく笑った。


「知り合いの家はまだ先ですか?」


「いえ」


「もうすぐです」


「この角を三つ曲がれば――」


そこで言葉が止まる。


レオヴァンの耳が動いた。


ぴくり、と。


「……男爵」


声が低くなる。


「ええ」


アウグストゥスも気付いていた。


「つけられておりますな」


「五人」


レオヴァンが即答する。


「素人だ」


「足音を隠せてねぇ」


アウグストゥスは肩を竦める。


「どうします?」


「合わせますよ」


「必要ねぇ」


レオヴァンが振り向いた。


次の瞬間。


姿が消える。


そう見えた。


一歩。


二歩。


五つの悲鳴。


それだけだった。


男たちが地面へ転がる。


腕を捻られ。


脚を払われ。


喉元へ短剣を突き付けられていた。


全て一瞬だった。


アウグストゥスが拍手する。


「お見事」


「流石は勇者ですな」


「まあな」


レオヴァンは男の胸倉を掴み上げた。


「誰の差し金だ」


返事はない。


「吐け」


男の顔を殴る。


「誰に頼まれた」


男の首が揺れる。


だが様子がおかしい。


焦点が合っていない。


涎が垂れている。


「……山羊」


男が呟いた。


「黒……山羊……」


レオヴァンの眉が動く。


「何だ?」


「ヘビ……」


「毒ヘビの……加護……」


ぶつぶつ。


ぶつぶつ。


壊れた人形のように繰り返す。


レオヴァンの顔から笑みが消えた。


「おい」


男の頬を叩く。


反応はない。


同じ言葉を繰り返すだけだ。


アウグストゥスが膝をつく。


男の瞳を覗き込む。


脈を測る。


そして静かに言った。


「これは尋問になりませんな」


「何かされています」


「洗脳か?」


「それに近い」


アウグストゥスは立ち上がった。


「知り合いの家が近い」


「そこで調べましょう」


レオヴァンは残り四人を見る。


全員同じ顔だった。


焦点が合わない。


生気がない。


まるで中身だけ抜き取られたようだ。


「気味が悪ぃな」


そう言いながら。


二人。


また二人。


両肩へ担ぎ上げる。


そして残った一人を見た。


「男爵」


「はい」


「一人はあんたが運べ」


アウグストゥスは穏やかに頷いた。


「承知しました」


倒れた男を担ぎ上げる。


その顔に変化はない。


だが心の中では。


静かに一手先を確認していた。


(まぁ、こんなものだろう)


勇者の目の前に餌を撒いた。


だが、食いつくかどうかは話が別だ。


ここからがアウグストゥスたちの本番であり、すでにアエーシュモーは次なる一手のために動き出していた。


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